1038.最後の戦いⅠ
ゼティアの門に輝く、赤い月。
王都前草原には再び、参戦者たちが集結していた。
『鍵』の青年は集中を深め、新たな『封』を張るための力を溜め始めている。
「メイちゃんたちが、戻ってきたぞ」
向けられる期待の中、メイたちは自然と参戦者たちの前線へ。
「いよいよだな……」
「がんばれメイちゃん!」
聞こえてきた声に、メイは「ありがとうございますっ」と笑顔で返す。
そして、準備時間が終わった。
『鍵』の青年が、ゼティアの門を見上げる。
大きく揺れる水鏡に、ついに走り出した大きなヒビ。
それを契機に、さらに激しくなる激突。
「――――来ます!」
鍵の青年が叫んだ、次の瞬間。
「「「ッ!!」」」
鳴り響く盛大な破砕音。
分厚いガラスを突き破るようにして、『封』が破られた。
バラバラと弾け散り、落ちる水鏡の欠片。
ゼティアの門を通って、ゆっくりとやって来たのは四体の巨人。
各々が違う武器を持つが、見た目は小異だ。
「四天王と、いったところでしょうか……」
シオールの言葉に、トップ勢が自然と陣を組み出す。
そして。
異世界の王の一者らしく、四体の部下を連れて堂々とやってきたのは、四足の一角獣。
その顔つきは狼。
灰色の毛並みには、いく筋かの黒ライン。
バチバチと舞う白い火花は、神々しさすら感じられる。
そして野生のサイを思わせる形状の角に、刻まれた紋様。
それは神話で恐れられた、伝説の魔物のようだ。
『――――まさかゲートが、このような世界に続いているとはな。これは僥倖だ』
「わあ! 声が聞こえるよっ!」
「な、なんだかエコーのような響きがしてますね」
「念話みたいな感じなのかしら」
集まった参戦者たちを見下ろして、異世界の王は威厳ある声を響かせる。
『――――この世界の全てを奪い、我が力をさらなる高みへと昇華させよう』
「そんなこと、させませんっ!」
すぐさま反論するメイに、うなずくまもり。
『――――身の程を知らぬ愚か者どもよ、我が前にひれ伏せ。この世界は、変貌の王・グィンドラが頂く』
その言葉に、四天王たちが動き出す。
「……物語としては最後の戦いね、もちろん勝って終わらせましょう!」
「は、はひっ!」
「がんばりましょうっ!」
すっかり元気になったメイが、拳を突き上げた。
「戦いが、始まるぞ……っ!」
動き出した四つの巨体に、走る緊張。
慌てて構える、プレイヤーたち。
そしてグィンドラがメイたちをターゲットに定め、最後の戦いが始まった。
その瞬間。
「――――【アサシンピアス】」
「「「…………は?」」」
聞こえたまさかの声と、駆けるエフェクト。
【隠密】で姿を消していた、ツバメの一撃がいきなり炸裂。
【致命の葬刃】は、敵のHPを4割消し飛ばした。
この場に集まった大量のプレイヤーと魔物たち、そして最後のボスの目まで全てを欺き、決めた一撃。
「アサシンちゃん、ラスボスにも暗殺スキルを決めるのかよ……っ!?」
まさか過ぎるスタートに、参戦者たちは唖然。
そして、あらためて思い出す。
最後の戦いに挑むのは、これまでいくらでも自分たちを驚愕させ、興奮させてきたメイたちなのだと。
「ツバメちゃん、ないすーっ!」
「綺麗に決まったわね!」
「お、おみごとですっ!」
三人はいつものように武器を掲げ、ツバメもそれに応える。
メイたち以外の全員が、その隠密行動に気づくことができなかった。
そもそも、初めて見るラスボス。
世界を賭けた戦いの終局の緊張の中で、それを試そうという思考がすでに常人離れという他ない。
誰もが圧倒された、最後のボスの初手刺殺。
世界を賭けた最後の戦いは、存在感の薄いアサシンが放った驚愕の一撃で幕をあげた。
「ウォオオオオオオオオ――――ッ!!」
あがる強烈な咆哮は、もちろん反撃の狼煙だ。
紋様入りの角を輝かせ、怒涛の勢いで仕掛ける特攻。
薄く発光したその身体で、一直線に迫ってくる。
その狙いは、前衛組を弾き飛ばそうというもの。
だがメイとツバメが回避で見送った時、背後に控えたレン目がけて突き進む可能性あり。
「【かばう】【不動】【地壁の盾】!」
そのため先頭に出たまもりが、これを受け止める。
続く前足の叩きつけも、連続での防御。
「まもりちゃん、喰らいつきがくるよっ!」
「はひっ!」
首を傾げたことに気づいたメイが、すぐさま指摘。
【喰らいつき】には、盾ごと持ち上げられてしまう可能性がある。
「【シールドバッシュ】!」
そこで先制して衝撃波を放つことで、敵をけん制。
するとグィンドラは急停止。
両後ろ足を、沈み込むように曲げた。
「次は【飛び掛かり】だよっ!」
「はひっ!」
そのモーションにも覚えがあるメイは、すぐさま次撃を伝達。
直後、敵は高く跳躍して【踏みつけ】攻撃を仕掛けてきた。
「【かばう】【不動】【地壁の盾】!」
その狙いが後衛のレンと知り、まもりはすぐさま動く。
そして獣の踏みつけを、盾一つで受け取めてみせた。
「【バンビステップ】!」
「【加速】!」
すぐさま駆け出す、メイとツバメ。
「【フルスイング】!」
強烈な振り降ろしを、敵は慌ててかわして後退。
「【電光石火】!」
しかし続くツバメの斬り抜けを喰らって、わずかにダメージ。
すぐにメイが追撃に駆けてくるが、グィンドラは止まらず攻撃を続ける。
【招雷】によって、輝く角に落ちる雷。
その頂点を経由して、前衛二人を同時に狙い撃つ。
早い横へのステップでこれをかわすと、弾ける電撃。
グィンドラは両足をしっかり地につけて、咆哮をあげた。
【架網】が足元に、白く輝く雷光の網を描いていく。
敵から近いほど狭く、遠いほど広い網の隙間。
「【ラビットジャンプ】!」
「【跳躍】!」
メイとツバメは左右に分かれて跳び、レンとまもりは必死に隙間へ駆け込む。
直後、弾ける白い火花と共に、光の網が盛大な雷光を走らせた。
「また来るよ! これは、飛び掛かりっ!」
そんな状況下でも、メイの目は常に敵の挙動を捉えている。
跳び上がったグィンドラの狙いは、レンへの踏みつけだ。
「【かばう】【地壁の盾】!」
【架網】を回避してからの【かばう】はわずかに遅く、防御には成功したが、まもりは後退して尻もちをついた。
グィンドラは続けて、レンを狙って特攻。
「後衛もかなり狙ってくるわね……っ!」
範囲の大きい体当たり、その回避は難しい。
レンはダメージの軽減を狙って、自前のジャンプからの【浮遊】で対応する。
「っ!」
迫る車の屋根を走って切り抜けるような回避には失敗したが、角や頭への直撃を避けることには成功。
弾き上げられたレンは空中で錐もみ回転して、どうにか片手片ヒザを突く形で着地した。
受けたダメージは、1割程度。
しかしレンは、不敵に笑う。
「ありがとうまもり! 弾かれはしたけど、ただじゃ終わらないわ! さあ、燃えなさい!」
指を鳴らせば、【燃焼のルーン】が発動する。
グィンドラの身体を豪炎が包み込み、こちらも1割弱ほどのダメージを与えることに成功した。
「すごーい!」
「お見事です!」
敵に弾かれた際に、ルーンを刻むという妙技。
歓喜の声をあげながらも駆け出すメイとツバメに、笑って応えるレン。
「二人が一緒に駆けて行くのを、後ろから見送るのが好きなのよね」
そう言ってわずかに、目を細める。
「【ラビットジャンプ】からの【フルスイング】!」
追撃に来たメイの跳躍振り降ろしを、グィンドラは後方跳躍でギリギリかわす。
しかしこれは想定済み。
「【加速】【リブースト】【跳躍】【回天】!」
さらに詰めてきたツバメの【村雨】による回転斬りが決まって、敵HPは早くも5割を切った。
大きくのけ反ったグィンドラは、三度の大きなバックステップで距離を取る。
角に輝く光。
次の瞬間放たれる【雷閃】は、対象に向けて一直線に駆ける雷光。
閃きの直後に迫る、超高速攻撃だ。
放たれる白光の連射は、初見の回避などさせる気のない攻撃。しかし。
「みぎ! ひだりっ! 【アクロバット】!」
メイは右左に首をかしげ、そのままバク転でタイミングを合わせて回避。
「高速【連続魔法】【誘導弾】【ファイアボルト】!」
それを見たレンは、弧を描く軌道で速い魔法攻撃を放つ。
すると、ドン! と揺れる空気。
グィンドラの角が煌々と輝き、その体躯も白く発光。
炎弾を消滅させたグィンドラは、狙いをまたもレンに変える。
そして頭の位置を低くすると、サイのような『角をぶつける』ことを狙った特攻に入る。
「これ、ヤバいかも……」
バリバリと雷鳴を鳴り響かせながらの突撃に、もれるつぶやき。
【轟雷角刺突】の速度は、後衛なら回避の選択など考えもさせないレベルだ。
しかし、レンは慌てない。
「【かばう】【不動】【地壁の盾】!」
自分が危ないと思った瞬間、必ず聞こえるまもりの声。
白熱するほどの雷光をまとった角は盾に直撃し、猛烈な白光が付近を駆けめぐる。
「硬直からの解放は、ほぼ同時ですか……!?」
直撃なら即死かという一撃にも関わらず、あまりに短い硬直。
防御を成功させたまもりと変わらぬ早さで硬直を終えたグィンドラは、続けざまの攻撃を仕掛ける。
これが【喰らいつき】なら、まもりには回避も防御も厳しい状況だ。しかし。
「【フレアストライク】!」
ここで【マジックイーター】が活きる。
吸収しておいた炎砲弾で、先行したのはまもりだった。
だがグィンドラは、身を伏せることでこれを回避した。
「そ、そんなっ!!」
飛び掛かりにも対応できるよう、やや上に向けた角度が裏目に出てしまった。
グィンドラはここで、すぐさま【喰らいつき】に移行。
その巨大なアギトで、盾ごとまもりを飲み込みにいく。
「甘いわ! 発動っ!」
しかしここで、レンがその手を振り払う。
【氷結のルーン】によって盾から飛び出した氷刃の山は、グィンドラをカウンターで斬り飛ばした。
「まもりとのこういう連携も、すっかりサマになったでしょう?」
「裏の裏、さすがです!」
「レンちゃんまもりちゃん、カッコいいーっ!」
レンはまもりの背中を軽くポンと叩いて、笑う。
まもりも、うれしそうにほほ笑んだ。
これで残りHPは4割台。
グィンドラの身にまとった火花が大きくなり、一気に激しくなる。
「「「「ッ!?」」」」
高速移動は誰かを狙うものではなく、ベストの攻撃位置を取るためのもの。
その毛並みが白く輝き、稲光が弾ける。
【極大放電】は、付近一帯を巻き込む盛大な雷による範囲攻撃。
それは、突然放り込まれた窮地。
だがここで最初に行動したのは、やはりまもりだった。
「メイさんツバメさん、こちらへ! ぞ、属性的に怖いですが、システム的には問題ないはずですっ!」
「はいっ! 【裸足の女神】!」
「一蓮托生ですね! 【加速】【リブースト】!」
前衛組は一瞬で、まもりのもとへ。
そのまま全員、ギュッと抱き合う。
「【水球の守り】!」
放たれる白光の一撃は、天災を思わせる猛烈な稲光と、激しい雷鳴を響き渡らせた。
まもりの水バリアは吹き飛んだが、期待通りダメージはなし。
思わず安堵の息をつくまもり。
しかし反撃に入ろうと各自が動き出したところで、再び始まる角の明滅。
「「「「ッ!?」」」」
全員がグィンドラの方を見たからこそ、回避は不可能。
強烈な輝きで視界を焼く【強発光】が、四人の視界を奪い去った。
途端に聞こえてきたのは、バチバチと激しい火花が舞う音。
それは【轟雷角刺突】に、【蓄雷】を乗せる音だ。
「まさかさっきの角突撃、雷光を溜めたバージョンがあるの?」
「おそらく、奥義です……!」
再びの窮地。
放たれる奥義を前に、失われた視界。
「……まもりちゃん」
ここで声をあげたのはメイ。
「三歩だけ、前に出てみて」
「三歩……は、はひっ」
何も見えない上に、奥義が放たれる目前。
異常な緊張感の中でも、変わらぬメイの声に従う。
すると、バチーンと大きな音が鳴り、グィンドラが駆けだした。
「狙いはまもりちゃん。いつもみたいに盾を構えて」
「はひっ!」
「緩く回り込んでくる形だから、身体を2時の方向に」
「はひっ!」
「……今っ!」
まもりは言われるまま盾を構える。そして――。
「【不動】【地壁の盾】っ!」
【聴覚向上】を持つメイの言葉を信じて、スキルを発動。
次の瞬間まもりは、白く輝くグィンドラの角を受け止めていた。
響き渡る、盛大な衝突音。
【不動】の効果でまもりは一歩も動かず、完全な防御を決めた。しかし。
この奥義は二段階。
激突直後に炸裂する強烈な白雷光に、容赦なし。
付近を白く染めるほどの雷撃が駆け抜ける。だが、しかし。
「【天雲の盾】っ!」
まもりは一瞬の『間』に反応。
イチかバチかで発動した防御スキルで、敵の奥義を完全防御してみせた。
「なんであれに、反応できる……!?」
「初撃はまだしも、二発目はおかしいだろ!」
「全員視界を焼かれたまま、ラスボスの奥義を完全防御なんてありえるのか!?」
もはや異常と言えるレベルの防御に、あがる驚愕の声。
メイとまもりの連携による奇跡は、付近を忙しく駆けるプレイヤーを唖然とさせ、グィンドラから大きな隙を奪い取る。
視界が戻ると同時に、始まる反撃。
「【加速】【リブースト】!」
最速で先手を取りに行くのがツバメ。
「【稲妻】!」
【村雨】による斬り抜けを決めると、そこにメイが続く。
「【フルスイング】!」
強烈な払いの一撃は、見事にグィンドラの体勢を崩した。
そして二人は、同時に振り返る。
準備はすでに、済んでいた。
半身の体勢で、敵に向けた杖。
【常闇の眼帯】を外し、【宵闇の包帯】が宙を舞う。
【増幅のルーン】を使用し、【色炎のお守り】を装備して放つのは、闇色の爆炎。
「景気よく、いかせてもらいましょうか」
「は、はひっ!」
「さあ、くらいなさい!」
レンはまもりと目を合わせ、魔法を放つ。
「「――――【フレアバースト】!」」
レンの放った8発の爆炎に【マジックイーター】による1発が乗り、合計9連発の爆炎がそのままグィンドラに直撃。
爆発に次ぐ爆発が、その全身を焼き尽くしていく。
そして最後は花火大会のクライマックスのような派手な紫色の火の粉を、大量にまき散らした。
初撃の【アサシンピアス】の影響が大きく、グィンドラのHPは早くもその全てが失われた。
「分かってもらえた? 下手な攻撃は、まもりに阻まれて隙に変わるだけってこと」
「そういうことですね」
「カッコ良かったよー!」
「メイさんの指示のおかげです……っ!」
降り注ぐ火の粉の中、自然と皆ハイタッチ。
そのまま全員で、まもりを抱きしめる。
「メイさんたちの役に立てる……同じクエストを続けてきた意味がありましたっ!」
「やっぱり、みんなと一緒だと楽しいね……っ!」
「はひっ!」
あがる歓喜の声。
伏したグィンドラは、ゆっくりと起き上がる。
そして、新たなHPゲージが登場した。
「どうやら、段階ごとに変身するタイプみたいね」
レンの予想は正解。
四足の一角獣は、変貌の王・グィンドラの第一形態だったようだ。
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