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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第1章 東都戦火
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008 ケイジン

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ジャランと弦を掻き鳴らせば、夕闇に諸行無常が響き渡るっちゅうもんや。


 何や様子のけったいな姫様を上座に、ゼキア守役は興奮冷めやらぬっちゅう態度やし、ウルスラ僧師は苦虫を噛み潰したような顔で皺を深めまくっとる。


 来る日が来たってだけの話なのかもやけど……しんどいことやんな。


「イクサム坊のいない間に事を決めたかないが、こうなっちまっちゃ仕方がない」


 嫌そうに言うね、ウルスラ僧師。実際、越権やろうしねえ。


「僧院は紅家軍の要求を呑んだ。三日の後には財物押収の部隊がやって来て、そのまま駐屯する。まず、ろくなことになりゃしないよ」

「やっぱり焼き討ちでっか?」

「目録が効いてる内は時を稼げるが、荘園台帳を獲られた日にゃお終いだ」

「まあた土地や……どこもかしこも、やれ水争いだ、それ森争いだ、刃物のぎらつかん日のない有り様やのに」

「紅家のやり方が強引だからさ。連中、何を焦ってああも無理を押し通すんだい」


 戦争や。獣の喧嘩やなし、どうしたって経済の話になる。


 未来の当主様と側近長とは言うても、三歳と十歳にわかりいと望む方が無茶っちゅうもんや。キョトンとした顔を……あれ?


 姫様、いつものように放心せんとって、じっくり聞いていいひん?


「とにかく姫様には夜にも場所を移してもらうが、思案のしどころだ。長屋に戻っても安心はできないよ。イクサム坊は悪目立ちをしちまった。紅家令嬢のお気に入りとあっちゃ、欲得ばかりか悪意も招くってもんさ。だから……」


 うお、ちんまい手が真っ直ぐに伸ばされて……おお……何や、この迫力は。すごい目力やで。ウルスラ僧師が言葉を続けられんようになるなんて。


「いま、せんそうが、はなされている」


 しゃべった! 初めて声聞いた! ゼキア守役は、ああうん、そっちも聞き慣れてはなさそうや。ほんで興奮しとんのか。


「わかっている。だから、たしかめなければならない」


 気圧されるような視線が、ワイに向けられて、逃れようもない!


「あなた、なまえは?」

「えっ、あれ? 名乗ったような?」

「ゆっくりと、もういちど」

「ケイジンっちゅう者やけど……」

「わたしをひめとよび、みかたをする……なぜ?」

「十代の頃から、ワイ、白家軍で戦ってきましてん。紅家の横暴には腹立って腹立ってしゃあないし、御恩もあるさかいに……意地を通したく思うんや」


 言葉が、胸の底から引きずり出されたで。息苦しいほどや。


「そう……わかった。あなたはわたしのなかま」

「あ、ありがたく」


 ほんまに三歳か? これが、白家令嬢のすごみっちゅうやつなんか。


「あなたは?」

「ウルスラだ。姓もあったが捨てちまった」

「そう。ウルスラは、なぜ?」

「……わたしゃ、別にあんたの仲間じゃないよ」


 はあ!? ウルスラ僧師、何を言うてんねん!


「もとは禁軍の……皇帝陛下の軍の将校だ。白家だの紅家だのと、軍閥が台頭することを歓迎しちゃいない。それでも時代の流れと諦めて、まだしもマシな方の味方をしてるだけのことさね」


 ああ、せやな。それも本音やろうな。根っこのところで、この人は国に殉じる御人なんやろう。


「ありがとう。ずっと、みかたしてもらえるよう、がんばる」


 う、受け入れた……話を理解しただけでもすごいのに、でっかい器量やで。天賦のもんか? それとも教育の……守役、顔真っ赤にして感動しとるね。


「ゼキアは、かくにんしない。あのひとも。ことばにするひつよう、ない」

「姫……!」


 おーおー、涙流しとる。守役としちゃ感無量ってもんやろうなあ。


「つぎ……ウルスラに、ききたいことがある」

「聞こえてたってことかい」

「そう。どうしてここに、ガロ、つかまっている?」


 ……は? え、今、何て?


「らいこくむそうの、ガロ。こうけのえいゆう。ここにいるのは、なぜ? リバルヒンはしっていた。どうして?」


 あの時か! 東都統領が奥の院へ来た理由はそれか!


 雷国無双といったら、恐るべき男やで。


 誰一人、ただの一度も勝たれへんかった。あれこそ神算鬼謀っちゅうやつや。何度殺されかけたか、どれだけの仲間を殺されたか、わからへん。


 その怨敵が、ここに囚われとる? 東都統領も承知の上で?


「あの男……ガロは、紅家当主シクスガン・クリムゾンテルを暗殺し損ねたんだ」


 はあ!? どういうこっちゃ、そりゃあ!


「身内を害されたらしい。逆上して襲い掛かり、失敗して、何をとち狂ったのか白家軍本陣へ駆け込んだんだ。軍を貸せ、シクスガンを殺してやるって息巻いてね」

「んな、アホな……常軌を逸しとるわ」


 あかん、思わず茶々を入れてもうた。でもアホちゃうか。ほら、姫様もウンウン頷いとるで。


「もちろん信用されなかった。だけど何かの罠とも疑われたんだ。他ならぬ雷国無双だからね。さりとて決戦は間近で拷問にかける暇もない。それで、戦場へ影響しない遠方、つまりはここへ送られてきたのさ」

「……そのまま、ほうっておかれた?」

「……あんたの父親が死んじまったからね。秘密裏の移送だったってこともある。三年の間、座敷牢で絵ばかり描いてるよ」


 はあ……ため息出るわ。あの決戦の裏でそないなことがあったとは。


「だが知ってるやつは知ってたのさ。リバルヒン・クリムゾンテルもその一人だ。東都統領として赴任するや、すぐに釘を刺してきたよ。ガロをそのまま生かさず殺さずにしておけ、逃がせば僧院を更地にするってね」


 時期を逸したってことかなあ。それこそ、生かすにしろいてこますにしろ影響のある大物やし。


「そのめいれいも、もうない」

「その通りだ。殺す分には好きにしろと言われたよ。あの口振りじゃ、遠からず殺さないと妙な疑いをかけられそうだ」


 巧妙の獲物を狩り終えて、鋭敏の矢も犬も片付けられる……か。敵であれ英雄の結末としては物悲しいもんや。


「……殺すかい、あの男を。あんたにゃそれを決める権利があるよ」


 酷なことを聞くもんやけど、道理や。白家としても子としても。


 さあ、姫様。聞かせてもらうで。どういう判断を下すんや、ナインベル・ホワイトガルムっちゅうあなた様は。


「ころさない。いのちは、だいじ。とりかえしがつかない」

「いいのかい?」

「ことりのえ、すてきだった……そうつたえて」


 なるほど、ね。戦渦の真ん中から、命の価値を語る……なるほどやねえ。


 これは、ワイももっと本気で命懸けにならんと。胸が、笑いだしたくなるくらいに熱くなってきたからには、ね。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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[一言] 「いま、せんそうが、はなされている」  しゃべった! 初めて声聞いた!  ↑ イトコも三歳くらいまで殆ど喋らず親も心配するほどでしたが唐突に話しだしてからは、それまで溜め込んだ分を纏めて放つ…
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