007
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「らいこくむそう? あだな? しょうごう?」
黙っちゃった。あ、横向いたから睨み合いはあたしの勝ちー。
今のでチラッと見えたけれど、結構カッコイイかもしれない。イケメンくんが正統派王子様なら、この人、ガロはダーク系王子様かも。
「……ごめんなさい?」
「謝るな」
細い首筋がプルプル震えているなー。何かプライド傷つけたのかもなー。でも、ゼキア以外の名前って憶えていないんだよね。
うーん、気まずい。とっても。
「げんき、だして」
「ふざけてんのか、てめえ……!」
うわー、めっちゃ睨まれている。でも全然怖くないや。だってあたしを傷つけたり踏みにじったりしようって感じがないもの。物を見る目でもないし。
……ひどい会社だったなあ。あらためてそう思う。
「俺は、ガロだ。恨むべき敵なんだ」
「……いっぱいころしたから?」
「そうだ。決戦にこそ参陣してねえが、それまで散々っぱら追い込んだのは俺だ。殺した人数は百や千じゃねえ。万の単位で死なせたんだぞ、俺は」
「ひとりでは、むり」
「……別に武器持って暴れたわけじゃねえ。『黒狼』じゃなし……わかんねえか。とにかくそういう問題じゃねえんだ。戦争ってのは軍隊と軍隊がぶつかるもんだ。俺は頭で考え、指で命じて、人を殺す。戦場の中でも外でもな」
「しきかんや、さんぼう?」
「わかってんじゃねえか」
日本で義務教育を受ければ、そんなの普通にわかるよ。人一人ができることなんて大したことない。手からビームでも出せたら話は違うかもしれないけれど。
「いいか。憎むのが筋だ。てめえの親兄弟や親族仲間を大切に思うんならな」
理屈ではその通りなんだろうね。ゼキアやイケメンくんにとっても、ガロは憎むべき敵なんだろうし。
でも、ピンと来ない。映画の出来事みたいに、どことなく他人事なんだ。
だいたい、ガロってばどうしてこんなところにいるのさ。ここ、白家に味方するお寺か何かでしょ? そんなにすごい敵なら、お城でふんぞり返っているんじゃないの? 紅家の天下なんでしょ、今って。
「姫!」
わ、ビックリした。ゼキアじゃないの。戻るの遅くて心配させちゃったか。
「東都統領がここへ来る! 厠へ隠れてやり過ごすぞ!」
何でさ。トイレを借りに来るわけじゃなさそうだけれど。ここって普段使われていない、人の出入りもない場所って……あ、もしかして。
「呆れますねえ! 東都統領閣下がお訪ねあるというのに清掃していないとは!」
「うるさいね。そんなに埃が嫌ならせめて前日に連絡を寄越しな」
武闘派お婆ちゃんの声だ。どんどん近づいてくる。鎧と剣の音は二、三人くらいかな。ゼキアがギュって抱きしめてきて苦しい。え、息できなくない?
「鍵はどうするんだい? 預けようか?」
「……いらん。牢を開ける必要もない」
今の声は? くぐもっているけれど、耳を澄ませば聞き取れる……ねえゼキア、もうちょっとゆるめてくれないと、あたし、また死ぬよ?
っていうか、ガロ、牢屋に入っているの?
「……リバルヒンか」
「痩せたな、ガロ。雷国無双とも呼ばれた男が、もはや見る影もない」
「てめえは肥えたな。驕れる者の末路を見るようだぜ」
「フン、これは勝者の恰幅というものだ。馬上で政治はできん」
ドキドキしているのはあたし? それともゼキア?
たぶん、あたしたちはとんでもない会話を盗み聞きしている。
「聞け。貴様は拉致され行方不明になった、ということにしてある。妹を人質に取るという、白家の卑劣な罠にかかってな……おう、弱々しい拳もあったものだ。幾万の軍勢は蹴散らせても、格子の一本は圧し折れんか」
痛そうな音が聞こえた。憎しみに満ちた唸り声も。
「貴様の力は、儂も認めておる。まさに天下に並ぶものなき軍才であると。それを惜しめばこそ、裏切り者だとて殺さずにおいたのだ。その点では白家当主の気持ちもわかる。さぞかし迷ったろうよ。用いるには危うく、殺すには惜しいとな」
どういうこと? ガロって紅家軍の偉い人じゃないの? 裏切った? 白家当主ってあたしの父親だよね? 用いるって……??
「東都圏は治めるに難しい。周辺豪族には白家寄りが多く、東北山奥には辺境伯が今も中央から独立している。強力な軍が要るのだ。百戦して百勝できる軍がな」
しっかし、さっきからムカムカするな。この声。東都統領リバルヒン。見たいようにしか見ないで、言いたいことを言いたいだけ言う感じ、本当に課長そっくり。
こういう奴に、あたしは殺されたんだ。使い捨ての電池みたいに。
「ガロよ、軍人の正道に立ち返る最後の機会をくれてやる。兄上に詫びを入れろ。絶対の忠誠を誓い、再び紅家軍を率いるのだ」
自信たっぷりの上から目線、やめろ! 偉い立場にいるからって!
「……ひとつ、聞かせろ」
ガロ? 何その冷たい声。背筋がゾッとしちゃったよ。
「白家の族滅は成ったのか? 腹ん中の命にまで手を下すクソッタレな悪行はよ」
ゼキア、痛い。落ち着いて。気持ちはわかるけれど。
「そんなもの、西域に傍流を残すのみだ。遠からずそれも済む」
「嫡流は殺し終えたってのか」
「フン、末姫が生き残っているなど白家残党どもの夢物語にすぎん。この三年の間にどれほどの偽物を捕殺したか、もはや数えてもおらんわ」
待って。
え、あたしの偽者って……それって、つまり、あたしと同じなんでしょ?
子どもなんでしょ? 幼くて、まだ良いも悪いもわからない、女の子でしょ?
「チッ、命に偽わりも何もあるもんかよ……!」
そうだよ。命なんだよ。いい加減にあつかっていいものじゃないんだよ。
「てめえら兄弟は、殺す。次は失敗しねえぞ」
「残念だ。雷国無双は非業の英雄として語り継いでおく」
足音は遠ざかっていくのに、ガチャガチャと武器の鳴る音が、身体の中でどんどん大きくなっていって止まらない。胸がバクバクして、痛い。
戦争を、聞いてしまった。
あたしはもう、わからないふりをできない……しちゃいけない。絶対に。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇