005
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「せいやああああっ!」
ゼキアがパッと跳んで、棒をビャッと振って、箒でシャッとあしらわれた。
「甘い。まるでアレさね……ほれ、あの甘いの……あんたたちが売っているヤツ。何ていったっけかねえ?」
この武闘派お婆ちゃん、ホント手加減しないよね。境内のお掃除しているところへ襲いかかったゼキアもゼキアだけれど。
「ほうら吹っ飛びな」
「グワー!」
強すぎ。転がった棒を遠くへ弾き飛ばして、ビシッと穂先を突きつけるもの。
「得物を落としたから、何だい。動き続けな。護りたいもんがあるならね」
「……石を投げてもいいか!」
「戦場じゃそうしな。ここじゃあ、散らかるからダメだよ」
お、素手で飛びかかっていった。イノシシアタック。でもそのお年寄り、カンフーみたいなやつも使うからなあ。ここってば異世界の少林寺的なところなのかも。
お、結構いい勝負? 行け行けゼキア! あらら、グワーかあ。
水筒からゴクゴク。ただの水。たぴ汁じゃない。
お寺みたいなここへ避難してきて、もう二十日くらい経った。
イケメンくん、まだお城にいるのかな。いつ帰ってこれるんだろう。今までも遠出で離れることはあったけれど、夜には帰ってきていたしさ。
まさか、あの女騎士に見初められたとかじゃないよね?
大家の人も「縁談」って言ったし……ううう……そんなの嫌だよお! そりゃカッコイイけれどさ? ニコニコしているのもいいし、たまにする怖い顔がめっちゃ破壊力あるしさ。あれヤバい。クラクラしちゃう。
でもでも、お願い! もうちょっとだけ、あたしのアイドルでいて!
「ほら、痛くても素振るんだよ。痛いなりの振り方を工夫しな。強がれるやつが強いんだ。弱さを見せるのは敵を策にハメる時だけさね」
ゼキア、がんばるなあ。暇さえあれば武闘派お婆ちゃんに挑んで、けちょんけちょんにされて、鍛えて鍛えて。必死な顔をして。
……まだかかりそうだし、散歩でもしよっかな!
砂利石は踏まない。足音を立てない。邪魔しちゃ悪いからであって、別の意味なんてない。ないったらない。
いい天気、でもない曇り空。何だか息苦しいや。
イケメンくん、今、何しているのかなあ。
「お? なんや、嬢ちゃん一人でどうしたん?」
入口門のところまで来ちゃったら、あれれ、行商人のお兄さんだ。だっらしない昼寝スタイルは罰当たりなんじゃない?
あ、この人に頼んだらお城の様子を見てきてくれるかな。
「ちょ、そないにジッと見つめんといて。ワイや。お椀売りのケイジンや。どうしてここにおるかって? 広場、サムの旦那がいいひんとあまり儲けられへんねん。ま、ここも当てにしとった参拝客が全然来えへんけど……あ、何ぞ歌ったろか?」
ギターっぽいの出したけれど、やめた方がいいと思う。客引きにって上手に奏でるの知っているよ? でも、武闘派お婆ちゃんに怒られるんじゃないかなあ。
「なーんか表情暗いし、ここはひとつ陽気なやつを……む!? いかん!」
え、わ、何!? 抱っこされた! わ、わ、めっちゃ足速い! 何これ誘拐……じゃなくて茂みへダイブ!? あばばば、枝が葉っぱが!
「シー! 静かにしい、お願いやから……!」
お兄さんの必死な様子。息の殺し方。警戒の緊張。ひどく懐かしい、それら。
耳を澄ますと……ほらやっぱり。敵の物音がしてくるんだ。
たくさんの足音と蹄の音。鎧がこすれ合う音。人と馬の呼吸する音。剣や槍が揺れたり握り直されたりする音。あたしを追い詰める、戦争の、音。
「紅家軍、どうしてや」
またあの人たちか。
誰も彼もを見下した目つきの男騎士、自分の正しさを疑いもしない女騎士、強い者に従って迷いもない兵士たち、攻めるばかりで責められやしないという顔顔顔。
いつもああいう人たちなんだ。あたしに怖い思いをさせるのは。
「あ、あれは……嘘やろ……東都統領リバルヒン・クリムゾンテルやないか! 紅家総領の弟が直々に軍を率いてくるて……!」
すごく偉そうな騎士がいるなあ。一番立派な馬に乗って、一番派手な鎧を着て、大きな紅色の旗の下、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔をしているおじさん。
嫌だなあ……あの、思い出したくもない、パワハラ課長みたいで。
「こりゃあ周りも固められとると考えた方がええな……ここもじきに危なくなる。はよウルスラ僧師に相談せな」
何であたし、行商人のお兄さんに手を引かれているんだろう。どうしてイケメンくんじゃないんだろう。ゼキアはどこにいるんだろう。
「嬢ちゃん……いいや、ナインベル様」
どういう理由で、あたし、ナインベルなんだろう。もう死んだはずなのにさ。
「実はワイ、白家軍のもんや。サムの旦那……イクサム烈騎の要請で、こっそりと姫様の身辺警護なんかもやってたんや」
このお兄さんの言葉は特に聞き取りにくいけれど、それでも伝わってきちゃう。真剣な思いとか、願いとか、そういうズッシリとしたものが。
あ、ゼキアが凄い顔して駆けてきた……っていうか突進してきた。
で、お兄さんへ激突ドーン。交通事故だよね、もう。
「貴様、ケイジン! 姫をよくぞ護ってくれた!」
「う、うぐぐ……ウルスラ僧師はどないした?」
「あれを応対すると! 言いたいことは色々あるが、とにかく奥の院へ!」
砂利を蹴って先へ先へ。暗い暗い方へ。
「お前が白家軍の男だったとはな」
「四つ辻の茶屋で待っとったのもワイやで?」
「これだけは聞かせろ。どことつながってる、お前は」
「……雪森郷や。そこの生まれやからな。でも姫様のことは一切漏らしてへんで。むしろ嘘流して誤魔化しとるくらいやし」
早口の会話。二人が何を話しているのか、わからないというよりも―――
「信じよう……姫のために生き、姫のために死んでくれ」
―――わかりたくないんだ、あたしは。
だって重い。覚悟なんて決まるわけない。つらいことや悲しいことがあるなら、もう一度の人生なんて、そんな、そんなもの……望むわけないでしょ?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇