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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第3章 鬼謀決戦
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043 ノリパス

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 青空に白天旗が映えますなあ。


 頬をつねれば……痛み。ゆえに不肖の身は生き残っており、つまりは白家軍の勝利が夢ではないということ。先日吠えた勝鬨もまた。


「ノリパス、大丈夫か? お前、ろくに寝てないだろう」

「左様、二日ほどは。守役殿も働きづくめでしょう。慰問に埋葬にと」

「姫が熱心だったからな」


 ようやくお休みになりましたか。幕舎の警護は……ふむ、ヨウトラ殿がいるなら万全ですな。物音を控えるよう周囲へ指示しておきましょう。


「……敵の死体をほっとけば、もっとずっと楽だった」


 ナタ、でしたか。姫様が東都で雇い上げた小姓の。


「身体はな。だが心は違う」


 彼といい守役殿といい、戦場に立つのは早すぎます。姫様に至ってはもはや。


「死んだ奴らを、かわいそうって思うからか」

「それもある」

「あわれんだって、意味ない。死んだらもう何もわかりゃしないんだ」

「姫様は言った。弔うのは、本人のためよりもむしろ遺族のためだと。そこにしか死の悲しみはないとも」

「……おれは……」


 二人とも指爪を土で汚したままですね。怨みもあるでしょうに。


 さあ、誰も彼も粛々と働きましょう。敵味方の区別なく命へは真摯に。姫様の御心に叶いますよう。


「や、ただいま戻ってきましてん」


 ケイジン。様子から察するに、リバルヒンの追跡は空振りですか。


「距離もあるさかいに、東都入り、もうどうあっても阻みようありまへんよ?」

「……軍師殿の策とやらに期待しましょう」


 雷国無双―――かつての白家軍が敗れに敗れて成さしめた、忌まわしき二つ名。


 毒獣の旗の下、今日もだらしなく過ごしていますね。それでいて文書を記す手が止まることなし。配下のハージィなる将校も練兵を休まず。


「あと、日暮れ前にはユーベイン将軍が到着しそうでっせ」

「随分と早いですね」

「速いんですわ。なにしろ百騎だけで駆けてくるんやから」


 何たる豪気。私にはわからない駆け引きがすでにして始まっているのでしょう。


 わかる範囲に職分あり。用意だけはしておきましょうか。


 ヨウシジ殿へは再度の先発の要請を。


「ウム、わかった。実に名誉なことではないか。白幟を掲げ、威風堂々と進もう。攻城戦にはならんという話だが、ま、なったとて城下の民は苦しめまいよ」


 サイルウ殿へは後方の諸々の委任を。


「ええ、一度宿場まで戻ります。負傷者や各種手配も任せてください。ついでに街道の拡充についても調べておきますよ。要り様になること間違いなしですし」


 さて、先触れが来ましたか。


 騎馬を率いるのは、軍師殿の配下のヨシュアなる将校。人畜無害そうな顔をしていますが、聞けば汚れ仕事を的確迅速にこなしたとのこと。


「壮観ですねえ。白天旗と幻獣旗が共に空を泳いでいるなんて」


 何と。あれは。典雅な軍装といい、従う騎馬たちの勇壮さといい……ユーベイン将軍ですか。貴族随一の軍才の。


「白家の幼姫はすごい人のようですね、イクサムくん」

「お久しぶりです、将軍」

「君の元服以来ですか。元気そうで何よりです」


 よかった。烈騎殿が出迎えてくれましたか。


「『黒狼』を討ち取ったそうですね。素晴らしい。武人の頂から望む世界はどのようなものですか?」

「……頂にいるつもりはなく、何が見えてもいません。生きて帰ることを望まれる身の上を、ありがたく思うばかりです」

「ああ、彼は寂しく果てましたか……死に誘われて?」

「はい。紙一重を分けたものは、まさにそれかと」


 英雄英傑と呼ばれる人間は決断が早く行動も速い……かかる人物が出てきたからには、まさか。


「やあやあ、さすがは雷国無双ですねえ! 殺されても死なないばかりか、またもこうも世の中を引っ掻き回すとは! 性懲りなし性懲りなし!」


 やはり。使者ワーテル。おそらくは辺境伯本人の。


「けっ! やっぱり来やがったな、酔狂もんが」


 旧知でしたか。ありうることです。いい関係ではなさそうですが。


「やれやれだぜ。てめえ、落ち着きがねえ上に手癖も悪いからよお」

「おや、二万五千の兵に何ら報いないとでも? いいように利用しておいて?」

「……譲るのは霧河から宇陽までだ。東の港も融通してやる」


 妥当な落としどころです。ある種の軍事同盟ですからね。共闘の対価であると同時に、辺境伯領軍を東都圏に縛るための楔。


「おい、投資するなら今だぜ? 後になるほど値打ちが下がるぞ、東北山奥は」

「生意気を言いますねえ。勝ち続ける他には何の価値もないこと、おわかりで?」

「ひねくれた礼だな。喉元の刃を除いてくれてありがとうってか」

「……東都、確実ですか」

「俺は賭けもしなけりゃ占いもしねえ。ま、その目で確かめるんだな」


 この御人をして、雷国無双の策は暴ききれませんか。


「ところで、幼君の姿が見えませんね?」

「んあ? そういやそうだな」

「まだ寝てる」


 守役殿、ここは通さんという態度ですね。


「会いたいのですが」

「ダメだ」

「重要な話があります」

「起きてからにしろ」

「……辺境伯殿下の」

「使者でしかないなら、会わせん。身分をわきまえろ」


 左様、これは一本取られましたねえ。お忍びとあっては名乗るわけにもいかないでしょうし、そら、居心地の悪そうな笑みで退散するよりありません。


「フ……フフフ……」


 おっと、笑いをこぼしてしまいました。大概気が緩んでいますね。


 慣れない勝ちに浮かれているのか、それとも、幼き主君が眠っていられることが嬉しいのか……おそらくどちらもなのですよ、姫様。


 仕事をしましょう。万端整え、東都へ向かいましょう。


 日が明け暮れても焦燥なく、道行く足取りも軽快そのもの。この行軍は貴方を戦場へと運ぶものではなく、きっと凱旋。そう信じさせてくれるのは、雷国無双の軍略や烈騎殿の剽悍ではなく、輿の上でくつろぐ貴方の微笑みなのですよ。


 進みましょう、東都へ。白天旗を雄大に掲げて。


 遠く見えてきたそこには……おお……白き旗がそよいでいるではないですか。そこかしこに、統領府に、我らの白家を表わす幾棹もの旗が。


「ガロ、せつめい」

「俺の軍団の副団長、紹介するって言ったろ?」

「……もしかして」

「統領代行の腹心をさせてあんだよ」


 ……とんでもないことを言い出しましたね、この男。


「クガイアだっけか? あの野郎、突発的に俺を処刑とかしそうだったからなあ。安全のために仕掛けておいたんだが……いやあ、呆れるくらいの絶妙手になった」


 呆れますよ、本当に。


 なるほどそれなら、東都統領へ偽報も出せたでしょう。あいや、確かその統領代行、ウルスラ殿の武勇により深手を負っていましたね? それも追い風に?


「まあ、立場は強いが手勢が少ないからな。決戦の隙をついて統領府を占拠するのが精一杯。あとは旗を立てまくっての寄るな触れるなだ。リバルヒンの野郎は慌てたろうよ。今頃はどこまで逃げたやら」


 内間の計。示強の計。それらを駆使する鮮やかさ。


「ちょっと待ちな」

「なんだ、ババア」

「そいういうことなら、北の僧院、焼かずに済ませられたんじゃないかい?」

「……シクスガンに、俺の死を偽装したかった」


 言葉じりに、震え。それは怯え? 雷国無双が? 


「状況は変わったが……奴のおぞましいまでの読みを思えば、今からでも死んだことにしたいくらいだ。俺はやり口を知られちまってる。間違いなく狙われる。何をどうひっくり返されるかわかったもんじゃねえ……」


 シクスガン・クリムゾンテル。紅家の頭領。


 そう、彼の者こそが怨敵。雷国無双も『黒狼』も、言ってしまえばリバルヒン・クリムゾンテルでさえも、彼の者の手足指先であったにすぎません。


「わたしがいる」


 姫様?


「わたしを、わかるものか。シクスガンがどれほどでも」


 ああ……なるほど。


 姫様がいます。かつての決戦を生き延び、いかなる捜索にも見つからず、今や東都圏を統べようというナインベル・ホワイトガルム様が。


「姫が負けるものか」

「勝利を。オレたちはそのためにいるのですから」


 はい、その通りですね。


 たゆまずの働きで、進みましょう。姫様のもと、新たなる白家として。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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― 新着の感想 ―
[一言] リバルヒン、取り敢えず逃走中に寝首掻かれず帰京しそうですね(´・ω・`) 名も無き伝令兵あたりがガロの暗殺者だったりとかちょっと考えてましたが、ソレは戦略っていうより謀略ですね。  姫様が…
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