039
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あなたは私の軍師―――なんて、結構カッコつけたのにさ。
直後から事務作業だもの。
勢いのまま戦いに行くのじゃなくて、準備や何やが超忙しい。四歳児が寝る間も惜しんでデスクワークってどうなの。この手の修羅場は慣れているけれども。
「左様、この列は諸家軍への参戦証明にまつわる書状となります。この列は商家への軍資金借用にまつわるもの。この列は郡郷村への兵糧借用にまつわるもの。これは甘い飴です。サイルウ・アスマグナ殿からの差し入れとなっております」
ノリパスの比べると、あたしの署名、下手すぎ。ハンコ作っておけばよかった。アーヤ、お茶をありがとう。ナタ、この手紙をガロのところへ。頼まれていた辺境伯宛のやつだから。
お茶をすすって筆を取る。これも戦争なんだ。命は暮らしだし、暮らしは社会なんだから、命のやり取りをしようと思ったらこれくらいじゃなきゃ無責任だ。
夜、久しぶりに表へ出た。別動隊の見送りだ。
「あの、団長のことお願いしますね。ああいう人なんで敵を作ってばっかりなんですけど、その、盟主様のことは好きみたいですから」
ヨシュアくんは申し訳なさそうに挨拶して、出発した。騎兵隊を率いて東へ。
「いやー、ようやく姫さんにも運が向いてきたんじゃないすか? 何たって、あの団長が力を貸してくれるんすから」
ハージィは謎の上から目線を崩すことなく出発した。歩兵隊を率いて南へ。
明くる朝には先発隊をお見送り。一万人超えの軍隊は皆で移動ってわけにもいかない。荷車が行列だもの。人の食べ物の他に馬用の秣も運ぶし。
「時間がとれず今になってしまった。姫様、ワシの息子を推挙させてほしい」
ヨウシジさんに背中を押され出てきたのは、小柄で、パッと見性別不詳の人。広間の会議でも見かけた。息子さんだったんだ。
「ヨウトラという。実は先の東都潜入の際に姫様の護衛につけておったが―――」
この人が! 思わず手をつかんじゃった。
ケイジンから聞いたよ。一人で参徒衆をやっつけてくれたんだよね? だからあたしとゼキアは追いかけられなかったし、ケイジンも助かったし、ウルスラ婆ちゃんやナタたちも殺されずに済んだんだって。
今思い出してもゾッとする……あの夜、あたしたちの命は薄氷の上にあった。
ケガは大丈夫? 血だらけになったって話だけれど……?
「―――皆まで言う必要はないかな。不愛想なやつだが、剣の腕は抜群だ。姫様の身辺警護にどうであろうか」
「ありがとう。とてもうれしい」
「そうか! ウム! いや、よかった。これでもう何の憂いもない」
愉快そうに笑って、ヨウシジさんが行く。先発隊の頼もしいリーダーだ。そんな彼の口からちょっぴり漏れたように思える本音……死と別れの予感。
戦争だ。命懸けって、そういうことだ。
そして、あたしたちの順番。三つのグループに分けた内の二番目。名目上のリーダーはあたしで、実際にはイクサムとガロとノリパスが中心になる。
「姫さま、いってらっしゃいませ! これ、道中のお楽しみにどうぞ!」
「これもどうぞ。ボクは後軍の指揮ですから、お代わりは早馬で受け付けますよ」
アーヤが持たせてくれたのは……よかった、虫じゃない。ドライフルーツだ。サイルウくんの方は……棒の形のドーナツ? 堅めだし、ヨリヨリみたいな感じ。
さあ、出発しよう。
宿場の道々に屋根の上に街道の脇に、兵隊さんたちの家族や商人さんや近隣の農村の人が、たくさんの眼差しで見送ってくれる。輿が少し揺れた。あはは、あの子は運び手の人のお子さんかな。下着を白旗みたいにして振り回している。
失われていい命なんて、どこにもない。差異はあっても優劣なんてない。
それぞれの暮らしがあるだけ。いくつもの幸せの形があるだけ。
「姫、もう幕を閉じても大丈夫だ。少し横になってはどうだろう」
おっとゼキアに心配をかけちゃった。背筋を伸ばそう。上を向いた方が顔色も明るくなるよね。見られることがあたしの役割なんだから。
「いい覚悟だが無理すんな、我が盟主。何なら最後まで幕を閉じてたっていい」
「どういう意味だ、軍師殿。また何かの企みか?」
「勘が鋭くなってきたじゃねえか、閃の騎士。まあ事のついでだがな」
輿を挟んで左にイクサムとゼキア。右にガロ。道中ずっとこうなのかな。
「何しろ敵は三万余り。味方の三倍だ。策は多けりゃ多いほどいい」
「姫様の姿を隠す……身代わりの輿を出すのか」
「おお、それもいいねえ。『黒狼』は首刈り戦術が大のお得意だからな」
「……戦場の外の話か」
「ご明察。そも三万を戦場へ到着させたら俺たちの負けなんだよ」
え、どういうこと?
「戦場の必勝法ってのはな、敵より多い数で力一杯に殴りつけることだ」
わあ、シンプル。でも確かにそうかも。
「リバルヒン率いる三万とまともにぶつかるってのは、まさにそれをされるわけだからな。負けるに決まってる。勝ちたきゃ工夫を凝らさねえと」
うわあ……ものすごく性格の悪そうな笑顔。
「だからまあ、とりあえず一万ほど削った。我が盟主が俺を軍師に任ずる前にな」
は? 何言っているの?
「力一杯になれないようリバルヒンの野郎を揺さぶってもある。コツは心得てるからな。今頃焦りに焦って、下手すりゃ夜間強行軍なんて無茶をかましてるかも」
ちょ、ちょっと待って。話についていけてないのあたしだけ? あ、違う、ゼキアもイクサムもめっちゃハテナマーク浮かんでいる感じだ!
「兵も増やすぞ。二万へ四万で当たる形にしたいが、こいつばかりは駆け引きだからなあ……ま、向こうは五万からの大軍勢を相手にしているつもりだろうぜ」
説明! 説明してよガロ! この雷国無双!
あんたいつの間に、どんな風に、戦争を始めちゃっているわけ!?
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