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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第3章 鬼謀決戦
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033

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 何であたし、こんなに無力なんだろう。


 気を失ったゼキアを背負えない。引っ張ってもダメ。お腹の下に潜り込んで、ハイハイの要領で必死になっても、ボロボロの農具小屋へ運び込めただけ。


 追いかけてくる人は……うん、大丈夫。


 諦めてくれたのかなあ。何十人もいたし、もうダメかと思ったけれど……そういえば悲鳴が聞こえたような? 争う物音も……うう、よくわからない。かと言って確かめに戻るなんてありえないし。


「ゼキア、ゼキア」


 反応なし。呼吸は苦しそう。泥だらけ傷だらけで、あちこち血がにじんでいる。足首、腫れているな……頭も打ったかもしれない。


 あたしをかばったからだ。


 畑にはさまれた坂道だったと思う。ゼキアに抱きしめられながらゴロゴロと転がって、ドスンて落ちた。それきりゼキアは目を覚まさない。


 参徒衆に追われていたんだ。


 人と人とがぶつかり合って、もみくちゃになって、何とか抜け出したと思ったら参徒衆に見つかった。追いかけられた。ケイジンが立ち塞がって、先に行けって。ゼキアに手を引かれて、走って、別の参徒衆にも見つかって、走って走って。


 汗だくの身体、寒いな。肘や膝、擦りむいちゃって痛いな。喉も肺も心臓も、どれもどこかが破けちゃっている気がする。苦しい。喉も乾いている。


 あたしは、一人では何もできない。


 ゼキア、どうしよう。ケイジン、大丈夫かな。ウルスラ婆ちゃんとナタはどうなっちゃったろう。こうしている間に、イクサム、殺されたりしないよね?


 それだけじゃない。サイルウくんやヨウシジさん、ノリパスたちや白家軍の皆だって、あたしたちが上手くやらないと死んじゃうんだ。東都統領の軍が戻ってきたらそれでお終い。アーヤだって、きっと無事には済まない。


 ……バップが死んじゃったのも、あたしが原因じゃない?


 セシルキアは言っていた。たぴ汁を調べに来たって。よくわからないけれど、彼女が来たことの影響で、バップは追い詰まった。紅い布を腕に巻いちゃった。


 全部、あたしのせいなのかも。


 あたしがナインベル・ホワイトガルムでいることが、不幸をまき散らす歪みなのかもしれない。だってたぴ汁も今夜みたいなことも『悪夢』の中には一度もない。


 あたしさえいなければ……もっとスムーズに紅家の天下になったんじゃないの?


「姫……」


 ゼキア! よかった! ああ、よかったよう……痛そうだし苦しそうだけれど。


「私を置いて、逃げろ。四つ辻の茶屋へ行くんだ」

「ゼ、ゼキア」

「聞け。茶屋でケイジンと会える。ダメでも白家軍の人間が来る。姫を、東北山奥へ送り届けてくれるはずだ」

「なにを、いっている」

「ノリパスたちと立てた計画だ。皆、それしかあるまいと同意した。姫の在る限り私たちの戦いは……死は……決して無駄にはならないと」


 どうして、そういうことを言うの。


 わかるよ? 受け止めなきゃいけないのはわかっている。だってもう何人も死んじゃった。戦争をやっているんだ。これからもたくさん死ぬ。わかるけれどさ!


「……私は、異邦の子だ」


 え、ゼキア?


「今の姫くらいの時、船が嵐にあって、この国の浜に漂着した。助かったのは私だけで……助けてくれたのが、お館様。言葉もわからない私を哀れみ、お屋敷に迎え入れてくれた……嬉しかった……」


 ゼキア、ゼキア、どこを見ているの。ねえ、ゼキア、どうしちゃったの。


「姫が生まれて、皆がお祝いするのを端から見てたら、奥方様に呼ばれた。皆の真ん中に、誰よりも近くに招いてくれて……あなたの妹よって……姉として護ってあげてねって……嬉しかったなあ……私は白家のゼキアだって、心から……」

 

 まぶたは閉じて、涙が頬を流れ落ちていく。スウスウって寝息が聞こえる。


 初めて聞いたな、ゼキアのこういう話。


 うん……そっか……色々と納得できたよ。あんたはあたしのお姉ちゃんってだけじゃなくて、この国でできた両親のためにも、必死に頑張っていたんだね。


 助けるよ、ゼキア。それで、あたしも助かる。


 何があっても、あたしはアンタより先には死なないって決めた。だって、あんたが自分を誇れなくなっちゃうもの。あんたが幸せに笑えないなんて嫌だから、あたしは生き足掻くことにする。


 もう一つ、わかったことがある。ナインベルの両親や兄弟についてだ。


 あたし自身の記憶でも、身に覚えのない記憶でも、ゼキアは当たり前のように受け入れられていた。どの思い出でもゼキアは白家の家族だった。あたたかい人たちだったんだ。


 だから、確信できちゃった。


 あたしも……こんなに変なあたしでも……愛されていたんだって。


 ああ、ほら、眩暈がするくらいに思い出がたくさん。ちょっとしたことでも大きなことでも、鮮やかで幸せな光景が目一杯にあって……一年にも満たない期間なのにこんなに……溢れてきちゃうよ。ポロポロ零れて、頬も首もビショビショだよ。


 ごめんなさい。ちゃんとわかろうとしなくて、考えないようにしていて、ごめんなさい。お父さん、お母さん、お兄ちゃん……皆、皆、ごめんなさい。


 愛してくれて、ありがとう。本当にありがとう。


 そして、心からの哀悼を。どうか安らかに。


 何がどうなっていたって、あたしがナインベル・ホワイトガルムだから、皆のことを忘れないよ。皆が生きていたことを、命ある限り、証明し続けるよ。


「ゼキア、まっていて。かならずもどるから」


 そっとそばを離れて、農具小屋を出て、走る。四つ辻の茶屋へじゃない。あたしは逃げるために走るんじゃない。戦うために走るんだ。


 西があっちなら、向かうのはこっち。迷うもんか。


 北へ。


 目印みたいに、山の一角が燃えている。早く早くって急かされているみたい。


 北の僧院へ。


 雷国無双のガロが囚われている、その場所へ、急げ!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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― 新着の感想 ―
[一言] 盤面ひっくり返せる鬼札はやはりそれしかない!
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