033
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何であたし、こんなに無力なんだろう。
気を失ったゼキアを背負えない。引っ張ってもダメ。お腹の下に潜り込んで、ハイハイの要領で必死になっても、ボロボロの農具小屋へ運び込めただけ。
追いかけてくる人は……うん、大丈夫。
諦めてくれたのかなあ。何十人もいたし、もうダメかと思ったけれど……そういえば悲鳴が聞こえたような? 争う物音も……うう、よくわからない。かと言って確かめに戻るなんてありえないし。
「ゼキア、ゼキア」
反応なし。呼吸は苦しそう。泥だらけ傷だらけで、あちこち血がにじんでいる。足首、腫れているな……頭も打ったかもしれない。
あたしをかばったからだ。
畑にはさまれた坂道だったと思う。ゼキアに抱きしめられながらゴロゴロと転がって、ドスンて落ちた。それきりゼキアは目を覚まさない。
参徒衆に追われていたんだ。
人と人とがぶつかり合って、もみくちゃになって、何とか抜け出したと思ったら参徒衆に見つかった。追いかけられた。ケイジンが立ち塞がって、先に行けって。ゼキアに手を引かれて、走って、別の参徒衆にも見つかって、走って走って。
汗だくの身体、寒いな。肘や膝、擦りむいちゃって痛いな。喉も肺も心臓も、どれもどこかが破けちゃっている気がする。苦しい。喉も乾いている。
あたしは、一人では何もできない。
ゼキア、どうしよう。ケイジン、大丈夫かな。ウルスラ婆ちゃんとナタはどうなっちゃったろう。こうしている間に、イクサム、殺されたりしないよね?
それだけじゃない。サイルウくんやヨウシジさん、ノリパスたちや白家軍の皆だって、あたしたちが上手くやらないと死んじゃうんだ。東都統領の軍が戻ってきたらそれでお終い。アーヤだって、きっと無事には済まない。
……バップが死んじゃったのも、あたしが原因じゃない?
セシルキアは言っていた。たぴ汁を調べに来たって。よくわからないけれど、彼女が来たことの影響で、バップは追い詰まった。紅い布を腕に巻いちゃった。
全部、あたしのせいなのかも。
あたしがナインベル・ホワイトガルムでいることが、不幸をまき散らす歪みなのかもしれない。だってたぴ汁も今夜みたいなことも『悪夢』の中には一度もない。
あたしさえいなければ……もっとスムーズに紅家の天下になったんじゃないの?
「姫……」
ゼキア! よかった! ああ、よかったよう……痛そうだし苦しそうだけれど。
「私を置いて、逃げろ。四つ辻の茶屋へ行くんだ」
「ゼ、ゼキア」
「聞け。茶屋でケイジンと会える。ダメでも白家軍の人間が来る。姫を、東北山奥へ送り届けてくれるはずだ」
「なにを、いっている」
「ノリパスたちと立てた計画だ。皆、それしかあるまいと同意した。姫の在る限り私たちの戦いは……死は……決して無駄にはならないと」
どうして、そういうことを言うの。
わかるよ? 受け止めなきゃいけないのはわかっている。だってもう何人も死んじゃった。戦争をやっているんだ。これからもたくさん死ぬ。わかるけれどさ!
「……私は、異邦の子だ」
え、ゼキア?
「今の姫くらいの時、船が嵐にあって、この国の浜に漂着した。助かったのは私だけで……助けてくれたのが、お館様。言葉もわからない私を哀れみ、お屋敷に迎え入れてくれた……嬉しかった……」
ゼキア、ゼキア、どこを見ているの。ねえ、ゼキア、どうしちゃったの。
「姫が生まれて、皆がお祝いするのを端から見てたら、奥方様に呼ばれた。皆の真ん中に、誰よりも近くに招いてくれて……あなたの妹よって……姉として護ってあげてねって……嬉しかったなあ……私は白家のゼキアだって、心から……」
まぶたは閉じて、涙が頬を流れ落ちていく。スウスウって寝息が聞こえる。
初めて聞いたな、ゼキアのこういう話。
うん……そっか……色々と納得できたよ。あんたはあたしのお姉ちゃんってだけじゃなくて、この国でできた両親のためにも、必死に頑張っていたんだね。
助けるよ、ゼキア。それで、あたしも助かる。
何があっても、あたしはアンタより先には死なないって決めた。だって、あんたが自分を誇れなくなっちゃうもの。あんたが幸せに笑えないなんて嫌だから、あたしは生き足掻くことにする。
もう一つ、わかったことがある。ナインベルの両親や兄弟についてだ。
あたし自身の記憶でも、身に覚えのない記憶でも、ゼキアは当たり前のように受け入れられていた。どの思い出でもゼキアは白家の家族だった。あたたかい人たちだったんだ。
だから、確信できちゃった。
あたしも……こんなに変なあたしでも……愛されていたんだって。
ああ、ほら、眩暈がするくらいに思い出がたくさん。ちょっとしたことでも大きなことでも、鮮やかで幸せな光景が目一杯にあって……一年にも満たない期間なのにこんなに……溢れてきちゃうよ。ポロポロ零れて、頬も首もビショビショだよ。
ごめんなさい。ちゃんとわかろうとしなくて、考えないようにしていて、ごめんなさい。お父さん、お母さん、お兄ちゃん……皆、皆、ごめんなさい。
愛してくれて、ありがとう。本当にありがとう。
そして、心からの哀悼を。どうか安らかに。
何がどうなっていたって、あたしがナインベル・ホワイトガルムだから、皆のことを忘れないよ。皆が生きていたことを、命ある限り、証明し続けるよ。
「ゼキア、まっていて。かならずもどるから」
そっとそばを離れて、農具小屋を出て、走る。四つ辻の茶屋へじゃない。あたしは逃げるために走るんじゃない。戦うために走るんだ。
西があっちなら、向かうのはこっち。迷うもんか。
北へ。
目印みたいに、山の一角が燃えている。早く早くって急かされているみたい。
北の僧院へ。
雷国無双のガロが囚われている、その場所へ、急げ!
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