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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第3章 鬼謀決戦
31/44

031 ワーテル

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 報告書の数多。


 圏北に放った「草」からの、東都へ張り巡らせた「根」からの、白家に潜ませた「陰」からの、紅家に仕込んだ「毒」からの……とある一人にまつわる情報群を総括するとしよう。


 その者、齢三つ四つながらも、すでにして傑物なり。


 よく民衆を掌握し、よく将兵を狂奔させ、よく臣下の信仰を受ける。


 ナインベル・ホワイトガルム―――血の神秘があきらかであるとはいえ、幼児。ご利益のある偶像のように扱うつもりでいたが、これほどならば……。


「殿下、今度はどのような面白き趣向を思いつかれたのですか?」

「……藪から棒だな、ユーベイン」

「頬を愉快げに持ち上げておられますから」


 フム。触れてもわからないが。


「自由人ワーテルとしての笑みは珍鳥を愛でるがごとし。今は真摯な深謀遠慮……ペンスリー・アルテマレイン辺境伯殿下としての笑みにございます」


 肩をすくめて返答とする。要は企みを説明しろと求めているのだろう。


 まあ、ユーベインは私の考えを聞く義務と権利がある。我が乳兄弟にして辺境伯領軍の誇る名将であるお前にはな。


「ナインベル・ホワイトガルムのことを考えた」

「おや、結構なことですねえ」

「結構も結構。東都からの急報によれば、敵総大将リバルヒンが密かにこの場を離れるつもりだそうだ。確度は高いぞ。留守を預かる側近騎士から漏れた情報だ」

「ははあ……それはまた……親切なのやら気前がいいのやら」


 驚いたか。さもあらん。対陣の膠着を大きく左右する情報だ。


 ほら見てみろ、筆を執った者も興奮で字が震えている。これは白家の斥候の……まあ、憶えるほどの名でもない。いずれあくたのように消えていこう。


「さても、この値千金の諜報を成し遂げた者の名……どうだ、当てられるか?」

「尋常でない宝は尋常でない者よりもたらされるもの……まさかとは思いますが」

「小さな体躯を駆使してのことらしい。恐るべき幼児もいたものだよ」

「間諜の技を極めたとて至難の仕事でしょう。よほど幸運に恵まれたものかと」

「運についてはどうだろうな。何しろ家運は最悪だ」


 白家。尊き血を分けた家門として最も信頼していた。紅家を抑えるため緊密に協力すべきだったが……その計画をことごとく潰されがために今へ至る。


 なぜ、と疑わずにはいられない。


 全てをシクスガン・クリムゾンテルの才覚による災禍とするのには無理がある。彼奴もまた人間でしかない以上、どうにも説明のつかない不幸不都合が多過ぎる。運の有無で補足しきれるとも思えないが、しかし。


「いっそ不運であればこそ、運命へ影響するほどの神秘を宿したのかもしれない」


 神秘。帝室の血に乗る不可思議な力。


 権威を飾るべく聖なるもののように言われているが、体験した身からすると、その本質は病毒や呪詛の類にしか思えない。あれは健康な心身と相容れないものだ。


「……ゆえに、ナインベル・ホワイトガルムを十二分に活用してみようと思う」

「幼姫の神秘をもってして東都圏に楔を打ち込むと?」

「いかにも妖しい表現ではあるが、まあそういうことだ。股肱の臣を救出すべく策動しているようだからな。事が大きくなるよう状況を整えてやろう」

「ふうむ……つまるところ、陽動ですか」

「控えさせていた一万騎にも関を越えさせろ。秘していた五千騎も見せていい」

「ああ、それは。東都統領殿に怒鳴られてしまいそうですね」

「物腰やわらかにいなしてやれ。その間に東都へ偽情報を流し込む。東都統領は援軍の遅さに怒り心頭であるとな。他にも統治代行の拙さをつつき回してやろう」


 うん? どうしたユーベイン、返事もせず私を見つめてくるなど。


「だいぶ、無辜の民が犠牲になる策ですよ?」

「紅家が恨まれれば恨まれるほど、その後の諸々が上手くいく」

「……殿下を恨む者もありましょう」

「私を恨む視野を持つ者は、私を恨む無益さを知る者でもあろうさ」


 さて、気づくかな? いかに器が大きくとも、中身が武辺者ばかりでは見えぬものも聞こえぬものもある。自ら諜報を為すなど弱点を晒しているようなものだが。


 東都から紅家軍をあるだけ吐き出させてやろう。脇の甘い代行統治者を揺さぶってもやる。埃っぽくなるぞ。あるいは血生臭くもなる。民衆にとってはさぞかし迷惑な話だろうが、統領府へなにがしか仕掛けようというお前には好都合だろう?


 私のお膳立てと気づいたところで、お前は駆け回るより仕方がないのだ。


「まことに楽しそうですね」

「久方ぶりに他人へ期待しているからだろう」

「おお、それは素晴らしい。殿下は人見知りでいらっしゃるから」

「……お前の目には、世界がどう映っているのだろうな」


 世界観など人それぞれだ。白家のそれは帝室に近く紅家のそれは遠い。何としても紅家の隆盛へ掣肘を加えなければならない。紅の一色にのみ染まるのではなく、千万の色彩を寿ぐ国であるために。


 さあ、ナインベル・ホワイトガルムよ。機会を活かしてみせろ。紅家軍の後背を乱しに乱せ。そうやって私の役に立て。


 これは公正な取引だ。少々押しつけがましいがね。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「おまえにも、ころされまいぞ」 ってナインベルさんの台詞は、辺境伯さんの、アレを踏まえての事でもありましたか。 あんなのに後援されていたら、そりゃあナンボ命が有っても足りませんね。 …
[一言] 辺境伯主従も掛け合いが面白いコンビですね♫(≧▽≦) 戦記物の苦手な所って、人物の多さに時間空間のスケールと出来事とその背景などの複雑さ把握出来なさが有りますが、個人的な筆頭は面白いカッコ…
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