003
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「名を聞こう」
「……サムと申します」
「偽名じゃな。二音で呼び済ませられる人間なものか。瞳を覗けばわかる」
近いったら近ーい! え、ズキューンっていくの!? チュウがズキューンて! ダメだってば! それ、あたしの……じゃないけれど、ダメなものはダメ!!
「逃げるなら、まだ人の多い、今」
ちょ、ゼキア、引っ張らないで。今目が離せないところで、うわあ力が強い! 痛いよゼキア。わかった。わかったから。
「私かイクサムか、どちらかが欠けても、姫だけは……!」
ゼキア、あんたまだ十歳とかなのに必死すぎだって。イケメンくんも、剣とか馬とか全部売っちゃったくせに、立派な旗だけは大事にとっていてさ。
無理しなくていいよ。旗も、あたしも、捨てちゃっていいんだよ。
どうしてそんなにがんばるの? ねえ?
「く、騎馬だけではなかったか……!」
わあ、兵隊だ。慌てて戻っても、別の道をってわけにはいかないみたい。鎧は赤くないけれど、槍を持った人があっちの通りにもこっちの通りにも立っている。
広場、囲まれちゃった? あたし、もしかして、今日ここで捕まる?
「やべーことになってきたな。やりたい放題しやがってよー」
誰!? あんた、無銭飲食の! 鍋抱えてまだいたの?
「バップ、お前、場所代を取るのだから何とかしろ」
「紅家とケンカなんかできっかっつーの」
「く、このままむざむざと……!」
「おめーら、逃げてーのか? 何でかは知んねーけどよー」
こいつ、妙にやさしい目つきするよね。下品で悪者っぽいのにさ。
「抜け出すだけならなんとかなんぞ。俺様だかんなー」
「金を、要求するつもりか」
「ちげーよ。たぴ汁分だけ助けてやるってんだ」
あんた、鍋持ってスタスタどこ行くの。ついていけばいいの? 定食屋さんに入るの? 何でさ? あ、いい匂い。厨房まで入っちゃったじゃん。
「あいつら紅家軍って、うまいもん、食ってんだろうなー。いいよなー」
裏口を出ると、小路のような中庭のような、生活感あふれる空間だ。下着とか干してあるし。
「この辺は入り組んでっから、慣れねーやつは追うどころじゃねーだろ」
「……どうしろと言うんだ」
「え? あ、あー、そっか。そうだよな。おめーらが迷子になっちまうか……」
何かキョドキョドするのを見て、わかった。こいつ子どもっぽいんだ。表情とか拍手とか、小学生のイメージがピッタリ合うもの。
「しょうがねえ、表まで案内してやんよ。でもま、一度家に寄るけどなー」
たぴ汁入りの鍋がタプンと揺らされた。こぼさないでよね、もったいない。
洗濯物をかき分けて、変な段差で転ばないよう気をつけて、テクテク歩くよどこまでよ。ゼキアもちょっと不安そう。
「あ、バップさまだ」
「ホントだ。なべもってる」
「しらないこもいる。だれ?」
進むにつれて、ワラワラと子どもが集まってきた。
「たぴじるだ! それたぴじるだ!」
「やった! あまいやつだ! あまいやつ!」
「うっせー、ガキども! オラ、お椀持ってこい! 順番だ順番!」
あたしより小さな子まで出てきて、ワイワイキャッキャッの大騒ぎだ。ニッコニコでお椀を持ってきて、どれだけおいしいかってことを思い出しヨダレしている。
お祭りみたいになったけれど。
皆、裸足だな。半裸の子も多い。髪の毛はボサボサ。肌は垢まみれ。汗とカビと泥を煮詰めたような臭いがする。手足がとても長く見えるくらいに、やせている。
目だけが、どれもこれも宝石みたいに、キラキラでピカピカだ。
「おーし、自分のがねーやつはいねーな? おっしゃ、楽しく飲んどけや」
空っぽの鍋を小脇にして、あんた、いい顔しているね。自分の分なんて最初から考えてもいないって態度だしさ。
「んじゃ、行くか」
何も言わず後に続く。チラチラと、物陰からあたしたちを見る目がある。ガラの悪い……精々が中学生や高校生くらいの子たち。たぶん、仲間なんだろうな。
ひどいところだね、ここ。
日当たり悪いし風通しも悪い。舗装もされていなくてデコボコのグチャグチャ。壁も建物も壊れたものばかりで、歪んでいて、雑草だけが健やかに繁っている。
もしもって、思う。
もしもあたしが今もお姫様暮らしで、たくさんお金を使えるのだとしたら、ここの子どもたちのために行動しただろうか―――しなかったんじゃないかなあ。イケメンくんたちからチヤホヤされることに夢中でさ。
こういうの、気づきたくなかったなー。
ゼキアの手、あったかいなー。
「ここでいーだろ? ほれ、鍋持って帰れ。また頼むぜ」
「……できれば金を払ってほしいがな」
「嫌なこった。金、あんま持ってねーしなー」
はー、やっと表通りに出られた。まだ随分と明るいや。往来には活気があって、いそいそと歩く人たちの……内の一人がヒョイヒョイと近づいてくる。
「おや、たぴ屋さんとこの二人やないでっか。こないなとこで奇遇でんな」
行商人のお兄さんだ。たぴ汁を売っている横でお椀とか匙とかを売っている人。キツネ顔って割と好みだから憶えているのよ。
「ケイジン、だったか? 広場がどうなったか教えてほしいのだが」
「すいまへん、ワイもすぐに避難してん。せやけど、サムの旦那はつれてかれたみたいでっせ? 商売道具、騎兵さんたちが運んどるの見ましたし」
「そうか……やはり……」
夕焼け小焼けの鐘が鳴る。カラーンって東の方から鳴って、北や南からもカランコローンって加わって、西のクワーンも重なる。街中が鐘の音で満たされていく。
異世界だなあ、本当に。日本はこういうんじゃないもの。
ここでもあたしは……「いいこと」をしない、あたしのまんまだ。
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