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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第3章 鬼謀決戦
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「東都はとかく雅味に欠けるが、夜天のもとでは無骨もまた風流よな」


 セシルキア、歌劇の男役ってイメージだったけれど、こうして見ると超美人だ。


「人心の荒廃とて同じこと。夜の幕が降りれば誰しもが憩いを求めよう。安らかな夜をもたらさねばならん。東都圏にも西域にも、いずれは東北山奥にもな」


 張りのある声。迷いも気後れもない、真っ直ぐな話し方。


「叔父上も、やり様こそ拙速粗暴の嫌いがあるものの、疑いようもなく国の平定と平穏とを望んでおる。そこのところをお主には斟酌してほしいものよ。紅家だの白家だのという小さな枠組みを超えたところに、天下国家の仕事はあるのじゃから」


 そう……セシルキアはそういうことを言うんだ……なるほど。なるほどなあ。


 嫌いだな、その考え方は。


「……オレは白家の騎士です。それ以外を生きるつもりはありません」

「またそのお定まりか。お主の器量を惜しむ我の思いも酌んでもらえんかのう」


 きっとさ、セシルキアは善意で言っているよね。戦場で倒れたイクサムを助けてくれたのも、わざわざ運び出して治療してくれたのも、打算なんてあっても少し。


 でもさ、あたし、良かれと思ってって言葉や行為が大嫌いなんだ。


 たとえ迷惑でも、望んでいないって断ると相手を傷つけてしまうから。


「我はお主の主君、ナインベル姫も救いたいと思っておる。そのためにはお主自身の恭順は不可欠じゃ。忠義のために敢えて宿敵に頭を垂れる美功……叔父上を説得できようし、つまりはお主のためになると思うのじゃが」


 お前のためなんだって言葉も、あたし、何度言われたろう。親にも友人にも上司にも。言われる度にどんどん苦しくなっていったよ。


「イクサムよ。お主は白家の騎士というより、あの幼き姫の騎士なのじゃろう? いかにして主君を生かせるか、己も生き残れるかを考えるべきじゃ」

「……お心遣いはありがたく」


 心とは裏腹の「ありがとうございます」を言うの……つらかったな。みじめで。


 あたしが死んだ後に、あの人たち、どんな風にあたしを語ったんだろう。


「されど……いえ、さればこそ、オレは紅家で生きられません」

「何故じゃ。白家から降った騎士も数多おるのに」

「姫様は、白家であることを理由に紅家を否定しているのではなく、人間を愛するがために紅家を拒絶しているからです」


 は? はあ?? 愛が、何だって??


 っていうか、今、イクサムがあたしを見た? あ、微笑んだ。気づいている!

 

「あの方は、鳥です。純白の翼で天翔ける鳥……泥土に縛られたオレたちと違い、自由で気高く、公正で忍耐強く、寛容で愛情深いのですよ」


 待って。鳥て。純白て。誰それ。後半とかもう何言っているの?


「姫様は、敵味方の区別なく負傷者を介抱するよう指示しました。戦死者については遺骨と弔慰金を遺族のもとへ届けるよう願い、自らも村々を巡り弔問しました」


 あー、うん、それは確かにあたしだけれども、普通のことでしょ?


 だって、戦争に人を取られてお葬式もできないなんて……悲しいじゃない。戦わせた分だけ泣かれたり罵られたりするのも、あたしの旗飾りとしての仕事だもの。


「家なき子や親なし子の保護を望み、里親を募ったり奉公先を探したり、自らも雇い入れたり……フフ、その子の作った食事がとんでもない出来でも、目を白黒させながら食べきっていましたね。まるで家族のように接して」


 それもしかしてアーヤのこと? あたしは忘れていない。イクサムがカエル料理を前にして固まった時のことを。いたたまれなくて食べてあげたしね。


「姫様は天の抱擁をもって地の人々へ接している……どうして、紅家による紅家のための檻に生きられましょう」


 イクサム……買いかぶられすぎちゃって、どうしていいかわからないよ。


 あたしなんて、本当に善良な人たちからしたらダメダメだ。だから死んじゃったんだし、もう一度の今も誰かに頼ってばかり。虫も絶対に食べたくない。


 ただ、二度目だから……自分のことをちょっとは好きになりたいと思っている。


 見て見ぬ振りをしないで「いいこと」をちゃんとやりたいだけなのよ。


「……それが、ナインベル・ホワイトガルムか」

「はい。オレの命を捧げた方です」

「であるか……なるほどのう……得心がいったわ」


 しきりと頷くセシルキアに不機嫌さは見受けられない。むしろ嬉しそう?


「たぴ汁の発案といい、お主の心酔といい、やはりナインベル・ホワイトガルムこそが『歪み』の中心であるな! 父上のおっしゃった通りよ」


 へ? どういうこと?


「いぶかしげな顔をしよるが、不思議に思わなんだのか? ほれ、たぴ汁を所望した時を思い出せ。我、丁度良い銀杯を持参しておったじゃろ」

「……まさか、初めからそのつもりだったとでも?」

「そのまさかじゃよ。父上がおっしゃるには、東都でたぴ汁なる珍奇物が流行るなどありえざる事態なれば、原因を調査せねば大事に障るやもしれんそうでな?」


 はあ? 聞き間違いじゃないよね? たぴ汁が国家の一大事なわけ??


「父上がこうなると断言されたことは必ずそうなる。権力云々という話ではなく、一つの真理じゃな。たとえばじゃ。我、娘として生まれ軍事と芸事を好むと言い当てられておったぞ。父上と母上とが出会われた日にじゃぞ?」


 え、それってもう予言とかじゃん。


「『ナインベルの乱』とやらも起きた。お主らの頑張りもわかるが、後は粛々と鎮圧するばかりのことよ」


 ……何、それ。あたしの乱? ナインベルの乱??


 セシルキア、あんた、一体何の話をしているのよ……!!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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― 新着の感想 ―
[一言] 覇道を目指すならば、自らの持つ異能が特殊であればあるほど、強力であればあるほど、同等の能力を持つものを全力で排除せねば危ういですよね。
[一言]  セシルキア、あんた、一体何の話をしているのよ……!! ↑ セシルキアの父親も同系統の能力を持っているみたいですね(>ω<)紅家の性急苛烈はナインベルを恐れての事でしょうか。 飼い殺しではダ…
[一言] タイムリーパーや転生者が一人だけなんて言ってないってやつですね そしてそんな自分の知らない事が起こる=同族がいるぞと 完全にロックオンされてますねぇ このお姫様、乱の後暗殺されるか自分も…
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