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「東都はとかく雅味に欠けるが、夜天のもとでは無骨もまた風流よな」
セシルキア、歌劇の男役ってイメージだったけれど、こうして見ると超美人だ。
「人心の荒廃とて同じこと。夜の幕が降りれば誰しもが憩いを求めよう。安らかな夜をもたらさねばならん。東都圏にも西域にも、いずれは東北山奥にもな」
張りのある声。迷いも気後れもない、真っ直ぐな話し方。
「叔父上も、やり様こそ拙速粗暴の嫌いがあるものの、疑いようもなく国の平定と平穏とを望んでおる。そこのところをお主には斟酌してほしいものよ。紅家だの白家だのという小さな枠組みを超えたところに、天下国家の仕事はあるのじゃから」
そう……セシルキアはそういうことを言うんだ……なるほど。なるほどなあ。
嫌いだな、その考え方は。
「……オレは白家の騎士です。それ以外を生きるつもりはありません」
「またそのお定まりか。お主の器量を惜しむ我の思いも酌んでもらえんかのう」
きっとさ、セシルキアは善意で言っているよね。戦場で倒れたイクサムを助けてくれたのも、わざわざ運び出して治療してくれたのも、打算なんてあっても少し。
でもさ、あたし、良かれと思ってって言葉や行為が大嫌いなんだ。
たとえ迷惑でも、望んでいないって断ると相手を傷つけてしまうから。
「我はお主の主君、ナインベル姫も救いたいと思っておる。そのためにはお主自身の恭順は不可欠じゃ。忠義のために敢えて宿敵に頭を垂れる美功……叔父上を説得できようし、つまりはお主のためになると思うのじゃが」
お前のためなんだって言葉も、あたし、何度言われたろう。親にも友人にも上司にも。言われる度にどんどん苦しくなっていったよ。
「イクサムよ。お主は白家の騎士というより、あの幼き姫の騎士なのじゃろう? いかにして主君を生かせるか、己も生き残れるかを考えるべきじゃ」
「……お心遣いはありがたく」
心とは裏腹の「ありがとうございます」を言うの……つらかったな。みじめで。
あたしが死んだ後に、あの人たち、どんな風にあたしを語ったんだろう。
「されど……いえ、さればこそ、オレは紅家で生きられません」
「何故じゃ。白家から降った騎士も数多おるのに」
「姫様は、白家であることを理由に紅家を否定しているのではなく、人間を愛するがために紅家を拒絶しているからです」
は? はあ?? 愛が、何だって??
っていうか、今、イクサムがあたしを見た? あ、微笑んだ。気づいている!
「あの方は、鳥です。純白の翼で天翔ける鳥……泥土に縛られたオレたちと違い、自由で気高く、公正で忍耐強く、寛容で愛情深いのですよ」
待って。鳥て。純白て。誰それ。後半とかもう何言っているの?
「姫様は、敵味方の区別なく負傷者を介抱するよう指示しました。戦死者については遺骨と弔慰金を遺族のもとへ届けるよう願い、自らも村々を巡り弔問しました」
あー、うん、それは確かにあたしだけれども、普通のことでしょ?
だって、戦争に人を取られてお葬式もできないなんて……悲しいじゃない。戦わせた分だけ泣かれたり罵られたりするのも、あたしの旗飾りとしての仕事だもの。
「家なき子や親なし子の保護を望み、里親を募ったり奉公先を探したり、自らも雇い入れたり……フフ、その子の作った食事がとんでもない出来でも、目を白黒させながら食べきっていましたね。まるで家族のように接して」
それもしかしてアーヤのこと? あたしは忘れていない。イクサムがカエル料理を前にして固まった時のことを。いたたまれなくて食べてあげたしね。
「姫様は天の抱擁をもって地の人々へ接している……どうして、紅家による紅家のための檻に生きられましょう」
イクサム……買いかぶられすぎちゃって、どうしていいかわからないよ。
あたしなんて、本当に善良な人たちからしたらダメダメだ。だから死んじゃったんだし、もう一度の今も誰かに頼ってばかり。虫も絶対に食べたくない。
ただ、二度目だから……自分のことをちょっとは好きになりたいと思っている。
見て見ぬ振りをしないで「いいこと」をちゃんとやりたいだけなのよ。
「……それが、ナインベル・ホワイトガルムか」
「はい。オレの命を捧げた方です」
「であるか……なるほどのう……得心がいったわ」
しきりと頷くセシルキアに不機嫌さは見受けられない。むしろ嬉しそう?
「たぴ汁の発案といい、お主の心酔といい、やはりナインベル・ホワイトガルムこそが『歪み』の中心であるな! 父上のおっしゃった通りよ」
へ? どういうこと?
「いぶかしげな顔をしよるが、不思議に思わなんだのか? ほれ、たぴ汁を所望した時を思い出せ。我、丁度良い銀杯を持参しておったじゃろ」
「……まさか、初めからそのつもりだったとでも?」
「そのまさかじゃよ。父上がおっしゃるには、東都でたぴ汁なる珍奇物が流行るなどありえざる事態なれば、原因を調査せねば大事に障るやもしれんそうでな?」
はあ? 聞き間違いじゃないよね? たぴ汁が国家の一大事なわけ??
「父上がこうなると断言されたことは必ずそうなる。権力云々という話ではなく、一つの真理じゃな。たとえばじゃ。我、娘として生まれ軍事と芸事を好むと言い当てられておったぞ。父上と母上とが出会われた日にじゃぞ?」
え、それってもう予言とかじゃん。
「『ナインベルの乱』とやらも起きた。お主らの頑張りもわかるが、後は粛々と鎮圧するばかりのことよ」
……何、それ。あたしの乱? ナインベルの乱??
セシルキア、あんた、一体何の話をしているのよ……!!
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