028
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くじけそう。
だって、竹みたいなのの根元に伏せて、ひいっ、虫さん色々がモゾモゾしてあそばす葉っぱっぱで汚れちゃいながら、ひぎいっ、綺麗なお屋敷を覗いているうっ。
「ほら、あの女だ。渡り廊下のとこ」
ああうんセシルキアだねそれわかる……ゾワゾワするう……ねえせめてこの布敷いちゃダメ? かぶるだけじゃなくてさ?
「食いもん運んでる……なんかうっまそうな果物……あの部屋だ」
え、どこ、あそこ? セシルキアが入った! あそこだ!
あの戸の向こうにイクサムがいる。生きていてくれる。もう一度会えるんだ。
「ありがとう、ナタ」
「べっつに姫さんのためじゃねえし……バップの兄貴のためだし」
バップ……あいつにはもう会えない。それでも、会えないからこそ、戦うことを選んだ人間がここにいる。
「ぜってーに仇を討つんだ……ぜってーに……!」
このボサボサ頭の男の子―――ナタの思いをあたしは否定できない。
だって、久しぶりの東都は寒々しかった。
街路も広場もひどく整頓されていて、あの火災の跡には白々しくお店が軒を連ねていた。紅色の小旗があちこちにひるがえっていて……まるで残り火みたいで。
公園みたいな場所もあった。花壇で飾られたそこには監視が立っているから、ナタたち、路地裏の子どもたちの居場所はなかった。
逆に、僧院は荒らされていたなあ。
紅家軍の兵隊たちがそこかしこで野宿したり、訓練したり、おトイレしたり……無理矢理集められた兵隊だからって、あれじゃ山賊と変わらないじゃない。
ウルスラ婆ちゃんどうしているだろう。困ったことになっていないかな。ガロはずっと座敷牢? 絵を描いている? ちゃんと生きているよね?
全部……戦争のせい?
たぴ汁屋をやっていた頃は、東都、もう少しいいところだった気がする。こんなにギスギスピリピリしていなかった。小さな幸せがどこにでも転がっていたもの。
「お疲れさん。どうでっか、烈騎のいるとこ、見えましたん?」
ひーこら山屋に戻ったら、ケイジン、随分と優雅に過ごしているわね。何その果物は。パクついちゃって。
「あ、さっきのうっまそうなやつ」
「……ケイジン、それ」
「あらかじめ厨房へ差し入れておいたんですわ。滋養があるけど日持ちせぇへんやつやからね。まんまと上手くいったようで」
わー、頭いいしいい性格している。おいしいし。ナタもバクバク食べているし。
「潜ってきたぞ」
ゼキア、クモの巣だらけ泥だらけでお疲れ様。あんたの分残しておいたわよ。
「おお、守役。どうやった。いけましたん?」
「行けた。やはりあの古井戸は隠し通路で間違いない。ただ、奥の奥まで砂が吹き込んでしまって……ケイジンでは通れないな」
「庭師のやつも狭そうやって言うてましたからねえ」
庭のお手入れの人がスパイだなんて、何だか忍者みたい。
実際さ、東都で活動している白家の組織って結構すごいよね。あの辺境伯の口利きもあったらしいけれど、商家を中心に色々と幅広い。紅家への不満や不安、恐怖や憎悪が、大きな力になりつつある。
「おれは? おれなら行ける? 通れるか?」
「行けるだろうが……短剣の一振りでどうにかなる相手ではないぞ」
ナタも、そんな組織の一員だ。役に立つからってお供につけられた。凶器を持たされた意味、わかりたくなくてもわかっちゃうから。
「……わたしが、いく」
「姫」
「ゼキア、ナタ、わたし。さんにんでいく。いって、たしかめるだけ」
我儘を通させて。バップが護ろうとした大切を、あたしに護らせて。
「いいんでないでっか? わかっとると思うけど無茶したらあかんで?」
ケイジンがナタの肩をポンって叩いた。うん。
「まあ、イクサムを連れ出せたとしても、通路は通れんからな」
ゼキアもうなずいてくれた。ありがとう。
「ナタ、いい?」
「……うん。いい。べっつに、今回きりってわけじゃねえし」
この子が思い詰めなくてもいいように、あたしには何ができる? そもそも、白い旗の下で失わせてしまったもの以上の何かを、あたしは成せるんだろうか。
そんなことを考えているだけで日が暮れ落ちる。星が灯る。月は半欠け。
「ほな、ワイは出口を確保しておきます。くれぐれも気いつけて」
ケイジンに見送られて、真っ暗な穴の中へ降りていく。先を行くゼキアが携えた仕掛け行灯―――灯火を隠せる代わりにほの明るいだけのそれを頼りに進む。
砂で塞がれた横道。狭い。這いずる。会えるって思えば、こんなもの。
抜けた先は庭園だ。吊り灯篭や石灯籠に照らされて、夜でも見て楽しめるようになっているから……その分だけ陰が濃い。暗闇から暗闇へ渡っていく。
ゼキアが物陰で止まった。三人が隠れるには狭いから、それぞれに潜む。
一陣の風。揺れる明かり。
キイキイと鳴ったそれらの後に、ギイって戸が開いた。
「見よ、いい夜だぞ」
ゆったりとした服のセシルキアの後ろに……ああ……。
横になって、弱々しくて、夜着から覗く首にも手足にも包帯が巻かれているし、遠目にも顔色が悪いように見えるけれど……目は開いている。
イクサム、生きていてくれたんだ……!
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