026
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宿場町の、最高級の御宿の、特上客室。合戦の後のあたしの居場所。
身の回りのことはゼキアとアーヤが世話をしてくれる。ヨウシジさんやサイルウくんが頻繁に顔を見せてくれる。白家軍のことはノリパスがやってくれている。
色んな人に会うのが仕事。一緒に戦った人たちだけじゃない。宿場で暮らしている人や商売をしている人、新しく挨拶に来た豪族の人、食料とか矢とかを運んでくる人……あと、辺境伯の使者の人。さすがにあのご本人様は来なかった。
本陣って呼ぶんだね、こういう場所を。
ほら、ずっとトンテンカンって音がしているもの。柵や濠や物見台なんかを作っているんだ。兵隊の訓練の喊声も聞こえるね。今日も炊事の煙がすごいや。
そんな風にして、ここでは戦争が営まれているけれど。
いない。
ここにはさ、イクサムがいないから―――
「どうにもやっぱり、イクサム烈騎は生きとるようやねん」
―――そんな報告をするケイジンにすがりついちゃった。こぼしたどんぐり茶が足に熱い……アッチチチすんごく熱いっ!
「まあ、落ち着いて聞いてください。あ、ワイのことはお構いなく。茶はともかく菓子はいらへんわ……何やのその虫……ええと、閃騎隊の面々から聞いた話をまとめると、烈騎が落馬したのは間違いあらへん。馬が槍を受けたようで」
……熱いくらい、なんだ。イクサム、どれだけ痛かったろう。あんなに速く駆け回って、恐ろしい敵と戦って。
「えげつない落ち方やったようやけど烈騎本人が突かれたわけではあらへんのや。その後は騎馬の駆け引きもうやむやになって、追い散らされたっちゅう結末で……ただ、遠目にやけど、例の赤い武装の部隊が駆けつけたっちゅう話があります」
赤い部隊。セシルキアだ。彼女はイクサムを気に入っていた……チュウしそうなくらいだった……庇ってくれたかもしれない。
「追跡の任に当たっとる者からも、他の負傷兵とは別に運ばれる台車について伝えられとります。紅家の令嬢がつきっきりだそうで」
イクサムであってほしいけれど……でも。
それって、イクサムがひどいケガをしているってことだよね?
「どうあれ赤い部隊は東都へ帰還してん。さすがに統領府の中はわからへんので、監視だけはつけてありまんねや」
東都。たぴ汁屋さんをやっていた日々がひどく遠い。イクサムはいつだってあたしのために頑張ってくれていた。
「ただ……城へ運び込まれたのが烈騎やとして、あの紅家令嬢がご執心やったとしても東都統領が許すはずおまへん。拷問の後に処刑っちゅうのが現実的なとこや」
どうして、そんなことを言うの。
「幸いっちゅうか何っちゅうか、東都統領は辺境伯領軍と対陣中で不在やけど……このままだと合戦することなしに両軍撤退っちゅう話やからねえ」
知っているよ。辺境伯からの手紙に書いてあったもの。
「ここが潮目ってやつやで、姫様」
ケイジン……?
「東都統領が戻ればイクサム烈騎は死んでまう。悲しむ暇もなしに、今度はここへ大軍がやってきます。大兵力やろうね。何なら東都統領が率いてくるかも。勝てやしまへん。辺境伯領軍も助けてはくれまへん。手打ちを済ませて撤退したなら、もう手出しはできまへんから」
それって……ああ……わかるよ。わかっちゃうよ。そういう終わり方を、あたしは知っているもの。繰り返し見る悪夢の中で、割とよくあるシチュエーションだ。
皆、殺される。ヨウシジさんとサイルウくんなんて首を晒される。
あたしはゼキアと山道を逃げることになる……きっと東北山奥へ行くんだ。途中で殺されることもある。たどり着けても、あたしがいることを危うんだ誰かに毒を盛られることもある。無事に過ごしても……最後は紅家へ差し出されて、死ぬ。
あたし、思うんだ。
何パターンもある、この生々しい未来の風景はさ。
ナインベル・ホワイトガルムの歴史……あるかもしれない仮の歴史じゃなくて、実際に何度かあった歴史なんじゃないかな。どういう経過をたどっても、結局は『ナインベルの乱』っていう言葉でまとめられてしまうような、敗北の歴史。
「どうにかできるって、わいは信じたい。今なら何ぞ打つ手があるはずやって」
「……なにがいいたいの、ケイジン」
「東都へ潜入しましょう」
何、それ。そういう未来は見た覚えがない。
「とんでもないことを言っとるとは思とります。せやけど、何とかして烈騎を助け出そ。ほんで全部が解決するかはわからんけど、ほんでも、そうすべきってワイは思うんですわ」
だって、とケイジンが笑った。
「イクサム烈騎は、姫様の家族やないでっか」
何で、そんなに嬉しそうに愛おしそうに、あたしを見るの?
「三年前、ワイらがだらしないばかりに、姫様は何もかもを失ってしもた。雪森郷の爺様たちも口をそろえて言っとったよ。申し訳ないて。自分の命に代えてもどうにかしいひんとって。ワイも同じ気持ちやからね。もう失わせやしまへんで!」
どうして……どうしてそんなことを言うのよ、ケイジン。笑顔満面でさ。
「あ、別に死ぬ気はないし、勝算もあんねん。この本陣にも紅家軍を引きつけとる以上、留守居の兵力なんて大したことないない。土地勘もあるし伝手も多いで? ほら、ウルスラ僧師もおる。やってやれないことはないやろ」
「そうだな。見事助け出すとも」
え、ゼキア。何その荷物。あたしの旅装まで。
「すぐに出発するぞ、姫」
「……いいの?」
「ノリパスたちにも話は通してある。日数の期限はつけられたが、それも妙手と任せてくれた。護衛もつく。表立っては同行せず、陰から姫を護る手筈だ」
皆……何よ何なのよ。さてはあたしを泣かす気でしょ。泣かないんだからねっ。
「だから、姫、もう少し食べろ。皆が心配している」
「そーですよ、姫様。はいこれお弁当です。道中もしっかり食べてくださいね!」
「置いてったら食べんと倒れてしまいそうってのも、この作戦を立てた理由やで」
そっか。情けないや。アーヤにまで心配をかけていたなんて。
食事と睡眠は人生のマスト。一度死んで学んだことだ。おろそかにしないぞ。
「ケイジンさん、どんぐり茶飲んでってください! いっぱいしゃべったし!」
「いやいやアーヤちゃん。お気持ちだけ! お気持ちだけで充分や!」
「ほら、芋虫の甘煮もどうぞどうぞ。ほっぺにポンって入れちゃいましょ」
「ひいっ、牙、牙あるうっ。わいを見とるよ、こいつうっ」
待っていてね、イクサム! あたしたちが助けに行くんだから!
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