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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第2章 圏北騒乱
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 黒い怪物みたいに迫る騎兵……に、横から味方がぶつかっていった!


 ヨウシジさんたちだ! っていうか、あれ、本人じゃない!? 旗もついていくし絶対に本人だよ! うわあ、何かすごいことに。交通事故のすごいやつみたい。


 それでも止まらない。来る。あたしの死が、黒馬に乗ってやって来る……!


「白天旗を高らかに!」


 ノリパスが叫んだ。


「姫様の言葉を思い出せ! 我ら白家軍! 誇らかに在るべし! 全隊咆哮!!」


 ノリパスが、ゼキアが、皆が叫んだ。声の大爆発だ。


 激突。


 お神輿が揺れる。武器や鎧の部品が、人間や馬のそれが、メチャクチャに飛んでくる。悲鳴と罵声と怒声。つかまり棒にぶつかって、転げて、落ちていった兜……中身があった。まだ命の気配を残していた、あの、目元と口元。


「隊伍を密に! 隙間を残すな! 槍の折れた者は拾え! 戦友の遺した槍を!」


 皆は……無事じゃない。敵も味方も、人も馬も、いっぱい倒れている。あたしを見上げてくる人もいる。手を伸ばしてくる人も。見るよ。絶対に忘れないよ。


「姫、馬に移ってもらう予定だったが……厳しいようだ」

「うん。わかっている」


 黒い騎兵たち、離れていったけれど、また来るつもりだ。しかもすぐに。大蛇みたい。速くて凶暴な黒蛇。ギラギラした目が、ずっとあたしを捉えている。


 逃げられない。逃げたくもない。


 いっそ立つ。どうだ。平気って顔をしていることが、あたしの戦いだ。


 黒い旗が振られ、剣や槍がひるがえった。ははん、牙を剥いたな? あたしを脅したつもりか? ふざけるな、お前。やってみろ。殺せるものなら、殺してみろ!


 指を突きつけたら……指差した先で、白い光が閃いた。


 イクサムだ!


 白馬にまたがったあたしの騎士が、勇ましい騎兵たちと一緒に来てくれたんだ。


 勢いよく黒い大蛇に襲い掛かって……ああ、避けられた! うわ、逆に噛まれそうになって……避け返した! は、速い。何が起きているのか、よくわからない。まるで白い龍と黒い蛇の取っ組み合いだ。


「姫様、戦況が厳しくなってまいりました。一度、後退します」


 え、ノリパス、何を言って……ああ……本当だ。あたしでもわかる。味方があっちでもこっちでも押されている。


 サイルウくんたち、黒い騎兵に襲われたこともあって列がグチャグチャだ。ヨウシジさんのところも、後ろにまで動いたせいか、前から押されっぱなし。イクサムがいた方なんか、もうパニックで……かなり逃げ出しちゃっている。


「全隊、方陣! 負傷者を中央に!」


 痛そうな顔。苦しそうな顔。血だらけの顔。青ざめた顔。


 一人一人と目を合わせていくよ。可哀想とか申し訳ないだとか、そんな顔を返さない。カッコイイ立派な大人だって、誇らしく見つめるんだ。


「姫、イクサムが」


 イクサム。白と黒の騎兵隊の戦いは、もうよく見えない。でも激しく戦っているのはわかる。土煙が濃くてうず高い。丘の向こう。どんどん離れていく。


「どうして、イクサムはとおくへ?」

「姫から引き離す……それが精一杯なのだと思う」


 ゼキア。強い眼差しを土煙の方へ向けている。


「あいつは百騎を率いていた。対する『黒狼』は、半数を土磁家軍へ当て、上酒家軍の横槍で分断され、白家軍の槍衾と激突してなお、二百騎は率いていたからな」


 『黒狼』……暴力が研ぎ澄まされているというか、凶器そのものみたいだった。だから死を意識させられた。気弱でいたら命を持っていかれたのかもしれない。


 イクサム。イクサム。生きて帰ってきてね。死に、吸い寄せられないでね。


「全隊、速足! 土磁家の旗を目指せ! あの位置に再び陣を敷く!」


 移動が速くなってもお神輿はあまり揺れない。運んでくれているのは、四人の力自慢の兵士さん。四人とも、誰かのお父さん。あたしを見る目がやさしい。


 死なせたくない。本当は敵も。誰だって誰かの子だし、誰かの親でありもする。

 

「いやあ、姫様。ご無事で何よりです」


 サイルウくんだ。ケガはないみたい。


「さすがは『黒狼』でしたが、次来たら射落としてやります。ボクのところ、訴訟の際に矢の的中率を重要視させてますからね。子どもだって中々に射るんですよ」


 ニコニコと面白い話を……いやいやよく考えてみたら恐ろしい話だよね、それ。そりゃ強いわけだよ。たくましいよ、土磁家の人々。


「上酒家のところは各種武術の段位が物を言うそうです。野蛮ですよねえ」


 どの口が言うんだろうって、笑っちゃった。あ、それを見てもっとニコニコするのはズルいと思う。もう。


「頑丈な上酒家軍に時間を稼いでもらいましょう。さあさ、白天旗を高く掲げて。逃げ散った兵を糾合するんです。走る元気があるならまだまだ戦えますからね」


 うん、そうだ。まだ負けたわけじゃないんだ。皆、あたしはここにいるよ。集まって、もう一度歯を食いしばって……戦って。見ているから。


 ……ん? あれは? 戦場の端っこの方にわだかまる陰……黒い騎兵隊だ!


「ゼキア、あれ」

「む、恐らくは先の攻防で土磁家を襲撃した隊だ……狙われているぞ、ノリパス」

「見えています。いま少し陣を退かせましょう。それで木立が間に入ります」

「あの中に『黒狼』はいないだろうが、しかし、その程度では」

「いいえ、十分です。策を使いますので」


 ノリパスが小さな笛を吹いた。うるさっ。ピーって甲高い音が耳に痛いよ。


 って、誰あの人たち!? 木々の中からものすごい勢いで飛び出してきて、黒い騎兵隊と激突した! あれも味方なの!?


「姫様が逃げる際の足止め策として、兵を伏せておきました。彼らには徹底して馬を狙うよう指示してあります」

「確かにそのようだが、ノリパス、あれほどの猛勇を伏兵にとは……」

「……彼らは、雪森郷の老志会を中心に組織された、年寄りと引退兵たちです」


 え、待ってノリパス。それって。


「長対陣はできませんが、決死の兵です。きっと役目を果たすでしょう」

「……指揮は、ケイジンか」

「ええ、彼は優れた斥候です。生還し報告するまでが役割ですよ……彼だけは」


 泣かない。あたしは全てを知って、忘れず、生きていくことを求められている。


 白い旗がバタバタと空を打つ。


 逃げていた人たちが集まり、ノリパスの号令で槍を握った。ヨウシジさんたちが

合流して敵を跳ね返した。サイルウくんたちの矢が敵を遠ざけた。


 日が暮れて、また昇って、一日中にらみ合って……また日が暮れて。


 帰ることにした。お互いにだ。


 かまどの跡を残して、鍋を抱えて、負傷者を運んで、自分たちが勝ったと声高に言い合って、ゾロゾロと歩く。生きて帰れる喜びを夕日に焚火に照らされながら。


 数日経って、閃騎隊が戻ってきた。


 初めに三十人くらい。次に二人とか三人とかずつ何組か。その後は馬を失くした人が一人ずつ、疲れ切った姿で、ポツポツと。


 イクサムは、帰ってこなかった。いくら待っても、帰ってこなかったんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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― 新着の感想 ―
[一言] アラフォーじゃないナインベルは未来視じゃなく過去視で何度も死に戻ってるとかそういう感じなんだろうか…? 打開の為にアラフォーさんと混ざった…? とすると内なるナインベルに引っ張られた激情…
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