025
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黒い怪物みたいに迫る騎兵……に、横から味方がぶつかっていった!
ヨウシジさんたちだ! っていうか、あれ、本人じゃない!? 旗もついていくし絶対に本人だよ! うわあ、何かすごいことに。交通事故のすごいやつみたい。
それでも止まらない。来る。あたしの死が、黒馬に乗ってやって来る……!
「白天旗を高らかに!」
ノリパスが叫んだ。
「姫様の言葉を思い出せ! 我ら白家軍! 誇らかに在るべし! 全隊咆哮!!」
ノリパスが、ゼキアが、皆が叫んだ。声の大爆発だ。
激突。
お神輿が揺れる。武器や鎧の部品が、人間や馬のそれが、メチャクチャに飛んでくる。悲鳴と罵声と怒声。つかまり棒にぶつかって、転げて、落ちていった兜……中身があった。まだ命の気配を残していた、あの、目元と口元。
「隊伍を密に! 隙間を残すな! 槍の折れた者は拾え! 戦友の遺した槍を!」
皆は……無事じゃない。敵も味方も、人も馬も、いっぱい倒れている。あたしを見上げてくる人もいる。手を伸ばしてくる人も。見るよ。絶対に忘れないよ。
「姫、馬に移ってもらう予定だったが……厳しいようだ」
「うん。わかっている」
黒い騎兵たち、離れていったけれど、また来るつもりだ。しかもすぐに。大蛇みたい。速くて凶暴な黒蛇。ギラギラした目が、ずっとあたしを捉えている。
逃げられない。逃げたくもない。
いっそ立つ。どうだ。平気って顔をしていることが、あたしの戦いだ。
黒い旗が振られ、剣や槍がひるがえった。ははん、牙を剥いたな? あたしを脅したつもりか? ふざけるな、お前。やってみろ。殺せるものなら、殺してみろ!
指を突きつけたら……指差した先で、白い光が閃いた。
イクサムだ!
白馬にまたがったあたしの騎士が、勇ましい騎兵たちと一緒に来てくれたんだ。
勢いよく黒い大蛇に襲い掛かって……ああ、避けられた! うわ、逆に噛まれそうになって……避け返した! は、速い。何が起きているのか、よくわからない。まるで白い龍と黒い蛇の取っ組み合いだ。
「姫様、戦況が厳しくなってまいりました。一度、後退します」
え、ノリパス、何を言って……ああ……本当だ。あたしでもわかる。味方があっちでもこっちでも押されている。
サイルウくんたち、黒い騎兵に襲われたこともあって列がグチャグチャだ。ヨウシジさんのところも、後ろにまで動いたせいか、前から押されっぱなし。イクサムがいた方なんか、もうパニックで……かなり逃げ出しちゃっている。
「全隊、方陣! 負傷者を中央に!」
痛そうな顔。苦しそうな顔。血だらけの顔。青ざめた顔。
一人一人と目を合わせていくよ。可哀想とか申し訳ないだとか、そんな顔を返さない。カッコイイ立派な大人だって、誇らしく見つめるんだ。
「姫、イクサムが」
イクサム。白と黒の騎兵隊の戦いは、もうよく見えない。でも激しく戦っているのはわかる。土煙が濃くてうず高い。丘の向こう。どんどん離れていく。
「どうして、イクサムはとおくへ?」
「姫から引き離す……それが精一杯なのだと思う」
ゼキア。強い眼差しを土煙の方へ向けている。
「あいつは百騎を率いていた。対する『黒狼』は、半数を土磁家軍へ当て、上酒家軍の横槍で分断され、白家軍の槍衾と激突してなお、二百騎は率いていたからな」
『黒狼』……暴力が研ぎ澄まされているというか、凶器そのものみたいだった。だから死を意識させられた。気弱でいたら命を持っていかれたのかもしれない。
イクサム。イクサム。生きて帰ってきてね。死に、吸い寄せられないでね。
「全隊、速足! 土磁家の旗を目指せ! あの位置に再び陣を敷く!」
移動が速くなってもお神輿はあまり揺れない。運んでくれているのは、四人の力自慢の兵士さん。四人とも、誰かのお父さん。あたしを見る目がやさしい。
死なせたくない。本当は敵も。誰だって誰かの子だし、誰かの親でありもする。
「いやあ、姫様。ご無事で何よりです」
サイルウくんだ。ケガはないみたい。
「さすがは『黒狼』でしたが、次来たら射落としてやります。ボクのところ、訴訟の際に矢の的中率を重要視させてますからね。子どもだって中々に射るんですよ」
ニコニコと面白い話を……いやいやよく考えてみたら恐ろしい話だよね、それ。そりゃ強いわけだよ。たくましいよ、土磁家の人々。
「上酒家のところは各種武術の段位が物を言うそうです。野蛮ですよねえ」
どの口が言うんだろうって、笑っちゃった。あ、それを見てもっとニコニコするのはズルいと思う。もう。
「頑丈な上酒家軍に時間を稼いでもらいましょう。さあさ、白天旗を高く掲げて。逃げ散った兵を糾合するんです。走る元気があるならまだまだ戦えますからね」
うん、そうだ。まだ負けたわけじゃないんだ。皆、あたしはここにいるよ。集まって、もう一度歯を食いしばって……戦って。見ているから。
……ん? あれは? 戦場の端っこの方にわだかまる陰……黒い騎兵隊だ!
「ゼキア、あれ」
「む、恐らくは先の攻防で土磁家を襲撃した隊だ……狙われているぞ、ノリパス」
「見えています。いま少し陣を退かせましょう。それで木立が間に入ります」
「あの中に『黒狼』はいないだろうが、しかし、その程度では」
「いいえ、十分です。策を使いますので」
ノリパスが小さな笛を吹いた。うるさっ。ピーって甲高い音が耳に痛いよ。
って、誰あの人たち!? 木々の中からものすごい勢いで飛び出してきて、黒い騎兵隊と激突した! あれも味方なの!?
「姫様が逃げる際の足止め策として、兵を伏せておきました。彼らには徹底して馬を狙うよう指示してあります」
「確かにそのようだが、ノリパス、あれほどの猛勇を伏兵にとは……」
「……彼らは、雪森郷の老志会を中心に組織された、年寄りと引退兵たちです」
え、待ってノリパス。それって。
「長対陣はできませんが、決死の兵です。きっと役目を果たすでしょう」
「……指揮は、ケイジンか」
「ええ、彼は優れた斥候です。生還し報告するまでが役割ですよ……彼だけは」
泣かない。あたしは全てを知って、忘れず、生きていくことを求められている。
白い旗がバタバタと空を打つ。
逃げていた人たちが集まり、ノリパスの号令で槍を握った。ヨウシジさんたちが
合流して敵を跳ね返した。サイルウくんたちの矢が敵を遠ざけた。
日が暮れて、また昇って、一日中にらみ合って……また日が暮れて。
帰ることにした。お互いにだ。
かまどの跡を残して、鍋を抱えて、負傷者を運んで、自分たちが勝ったと声高に言い合って、ゾロゾロと歩く。生きて帰れる喜びを夕日に焚火に照らされながら。
数日経って、閃騎隊が戻ってきた。
初めに三十人くらい。次に二人とか三人とかずつ何組か。その後は馬を失くした人が一人ずつ、疲れ切った姿で、ポツポツと。
イクサムは、帰ってこなかった。いくら待っても、帰ってこなかったんだ。
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