022 セシルキア
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白家最後の子、ナインベル・ホワイトガルム。そして『閃』のイクサム。
宿敵と言っていいどちらもと知己を得て、我の自惚れでなければそれなり以上に惹かれあい、されど関係を秘し、敵対の間柄で息災を願う……因果なものよな。
「姫将軍閣下、お留まりを! これより先は軍議中でありますからして!」
「知っておるしまかり通る。そも我を呼ばん方がおかしいのだ」
「し、しかしですね! 東都統領閣下は―――」
「我はセシルキア・クリムゾンテルである。我が行く先の門扉は疾く開かれよ」
おう、諸将そろい踏みであるな。
驚く顔が多いものの、ほう、我を睨みつけてくる者もおる。叩き上げの女騎士。名を何と言ったかな。我を阻もうとした男と併せて叔父上の側近だったか。
「……来たのか」
「叔父上におかれては今日も機嫌芳しくない面持ち。可愛くも頼もしい姪をのけ者にして、またぞろ陰謀にふける。好まざるところのものにどうして熱心なのか」
「フン。十年仕事を一年に縮めよと命じられれば、手段など選べん。好きに座れ」
「では真ん中を……むむっ?」
叔父上の対面に座っておる男、見覚えがあるぞ。精悍だが我の美感からはちいと外れるその目つき……人間を見る気のない独尊の気配。相変わらずか。
『黒狼』のディストロ。黒家の庶子には皮肉な二つ名よ。
これで我の配偶者候補というのだから困ったものじゃ。
「お主もいたのか。久しいのう。てっきり西域に配されたものかと」
「儂が呼んでおいたのだ。そろそろ圏北を片付けるからな」
卓上の地図によれば……フムフム……北に結集した抵抗勢力は六千兵力といったところか。中々の数よな。イクサムもいると聞く。侮れん。
それに対する我が軍の配備が、八千兵力?
「これはまた何とも微妙な……数に勝るとはいえ圧倒するには至らず、勝てそうではあるものの負けもないではないというか……叔父上?」
「まさにそれが狙いよ。勝ち易きを勝って増えた軟弱者どもだからな。倍する兵力を当てて逃げ散らしては面倒だ」
「……なるほど。この後詰め一万兵力が本命と」
戦場を膠着させてからの、援軍一万の到着および包囲殲滅……敵方の諜報次第で戦果は減じようが、どう推移しようとも勝ちは揺らがぬな。いや、ディストロも参戦するからには絵図面どおりの圧勝となろう。
「隙無き差配にて、感服至極」
「うむ。一万は儂が率いていく。一網打尽にしてくれるわ」
叔父上が直々に出向くとなると、戦後の裁きは厳格で容赦のないものとなる。いささかまずいぞ、それは。
「我も! 我が赤装隊も先遣八千兵力に加えられたく!」
「言うと思ったわ……加わるのは構わんが、前には出せんぞ」
「何故に!」
「論功行賞に障るからだ。圏北諸領の再編と分配は東都軍団拡大の要になる。そう思えばこそわざわざ儂が出向くのよ」
「し、しかし……」
「わかれ。お前もいずれ諸将を率いる身だ。手柄を立てさせることも覚えろ」
く、道理は叔父上にあるか。だがその場におりさえすれば、何かはできよう。
「……何じゃ、ディストロ。吐息などもらしてからに」
「別に」
「文句があるならば、言え。聞いてやるのも貴き我が身の役割よ」
好戦的に笑ってやる。こやつは実直な軍人の皮をかぶってはいても、結局のところ猛獣の類じゃ。その時々に相手をしてやらんと従わせられん。
「……雷国無双は、俺を使ったが、姫を使わなかった」
「それが、何じゃ」
「全てだ、それが」
こやつめ、訳のわからないことを……む!? 廊下を走る気配、この性急さは!
「しばし待て」
どこからの急使じゃ。どういう急報じゃ。書状を読む叔父上の顔が、おお、見る見るうちに憤怒へ染まっていくではないか。
「……東北山奥が動いたようだ」
諸将がどよめいた。我とて驚かずにはいられん。
「辺境伯領軍一万騎が霧河の関を越えた。東都圏騒乱を憂いての警戒行動であり、東都圏を侵す意図にあらずとの声明が出ているが……クソ! ペンスリーめ!」
卓を叩き割る勢いじゃが、さもあらん。間が悪いにも程がある。
「あの厄介者のやることだ! 即応せねば何をどう引っ掻き回されるかわかったものではない! 忌々しいが儂が行くぞ!」
「か、閣下、それは後詰めの一万を率いていくという……?」
「そうだ! クガイア、お前は東都に残りもう二万を動員しておけ! 整い次第、儂のもとへ送るのだ! コティ、お前は儂と来い! 武門統治こそが新たなる世の理であると思い知らせてやるのだ! 力づくでな!」
いかんな、叔父上の紅家随一の貴族嫌い。それで皇都から離れた東都へ回されたとも聞く。霧河の関が血で染まらんといいが。
「ディストロ! お前を圏北討伐軍八千の大将とする! 殲滅はできんでも首謀者の首級をズラリ並べるくらいはしてみせろ!」
「承知」
「わ、我は!? 叔父上、我は!」
「大将は任じたのだ! あとは勝手にせい!」
ううむ、行ってしまったなあ……残ったのはディストロと、その指揮下に入ることになる将軍たちか。
「我も行くことについては、既に叔父上が許可されておる。さて、ディストロよ。我が赤装隊、一百騎四百卒にはどのような役割をもらえるのか」
さあ、どうじゃ。我はお主を討伐軍の大将として認めてやったぞ。どう返す。我を部将として管理するか、それとも武将として信認するか、あるいは賓客として待遇するか。
「……遊撃。好きに戦い、好きに死ね」
「な、何じゃと」
「戦だ。余計は要らん」
我を見ることもなしに、それか! ディストロ! ええい、諸将の気まずげな顔の鬱陶しいやら申し訳ないやら!
遊撃、結構! 上等じゃ! いっそ一番槍をでも狙ってやろうか!
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