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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第2章 圏北騒乱
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 血の海だ。ひどい、ひどい臭いだ。


 ゼキアが倒れている。ケイジンもひどいことになっている。ヨウシジさんとサイルウくんは首だけになって晒されている。あたしの胸には矢が突き立っている。


 綺麗に整えられた庭で、イクサムが静かに両膝をついた。


 真っ白な衣装。手にはセシルキアからもらった宝剣。シャラリと抜かれた白刃の切っ先が、なめらかに喉へと向けられて、吸い込まれるように―――


「ダメェッ!!」


 ―――腕をつかんだ。細身に見えてたくましいから、きっとすぐに振りほどかれちゃう。両手でつかむ。いっそのこと抱きつく。させないんだから!


「……姫様、大丈夫です。オレがいます。どうか心穏やかに」


 抱きしめ返してくれた。よかった、間に合った。剣を捨ててくれたんだ。


「ゼキア、手拭いの用意を。まだ少し痙攣があって……手も放そうとしません」


 はあ、いい匂い。好き。ゼキアの匂いも好きだけれど、あっちはすごく眠くなるんだよね。こっちはドキドキする……感じ……えっ? ちょ、ちょっと待って?


「いやあ、癇癪どころの話ではありませんでしたねえ」


 げ。癇に障る声がね……聞こえるとさ……頭が冷えてくるというか何というか。


「お騒がせしました。姫様には少々情緒を乱される発作というか、持病が……」

「いえいえ、大変興味深いものを拝見しました。ああ、嫌味ではないですよ?」


 あたし、訳のわからないことを喚き散らした挙句に、イクサムに抱きついた……うおお……現在進行形で腕に抱きついているうっ。匂いも嗅いでいるうっ。


「こういう子ども、雷国帝室ではさして珍しくもないのです。明日の天気を言い当てたり、種も仕掛けもない手品をしたり……辺境伯殿下も、幼少のみぎりには鳥と会話できたと聞きます。白家の祖は臣籍降下した皇子ですからね。確かな嫡流であると見せつけられたようなものですよ」


 ね、寝たふりをしよう! ゼキアが目にかぶせてくれた濡れ手拭いがとてもありがたい! ゆだっちゃいそうだしさ!


「姫は、姫だ。白家の当主となるべき御人だ」

「守役の言う通り。オレたちは帝室の血にではなく、姫様にこそ仕えています」

「武門の理ですねえ。まあ、それは呑み込みますよ。そして東北山奥には白家再興を支援する用意があります」

「具体的なものをお聞きしたい。使者殿が何者かを問わない、その代わりに」

「……決起に呼応して東都圏北東部へ侵出するよう、殿下へ進言しましょう」


 うん……頬より先に心が冷えていく。戦争が聞こえているもの。


 だから、ほら、また変な衝動がこみ上げてきた。耐えろ、あたし。こんな身に覚えのないものに翻弄されるのは、怖い以上に……腹立たしいったらない。


「規模はどれほどになりますか」

「一万騎。その辺りが妥当な数でしょう。体裁としては、東都圏の混乱が波及しないよう牽制のために派兵した……ということになります」

「実際にはぶつからない、と」

「はい。紅家には東都圏支配の名分があります。皇帝陛下より賜った統治綸言状がね。皇叔たる辺境伯殿下がそれを軽んずるわけにはいきません」

「……東都陥落を求めるのは、紅家の統治失敗を明らかな形にするためですか」

「その通り。東都圏の混乱を治めんとする善意……それならば進軍も叶います」

「十分です。共闘できなくとも辺境伯領軍の存在そのものが援護になりますから」

「約定、書状の形では渡せませんよ?」

「辺境伯殿下の名をもって集めた味方が、その後どれほどの役に立ちましょう」

「いやあ、ウッフッフ……言いますねえ言いますねえ」


 戦争の話。覚悟は決めても怖い、たくさんの人の命に関わる話。


 まるで呼び水だ。悪夢とも既視感ともつかないものを呼び起こすための。


 まぶたの裏の暗闇に、戦争の光景がいくつもいくつも現れては消えていく……気持ち悪い……ページ順がメチャクチャのマンガを見せられているみたい。


 吹雪の山道で、大雨の田畑で、濃霧の桟道で、あたしはいつも逃げている。


 自分の顔は見られなくても、何歳くらいの出来事かはすぐわかる。ゼキアがそばにいるからだ。結構美人になるじゃん。スタイルもグラマラスだし。


 お婆ちゃん姿が一度も出てこない意味は……考えたくない。


「姫を起こしたくない。手の治療もしたい。今夜はこれまでに」


 ゼキアの声。ギュってされると耐えられない。力が抜けちゃう。


 あの月夜もそうだった。あたしはまだ赤ちゃんで……あれ? 六歳くらいじゃなったっけ? うん? 十五歳くらいでゼキアと並んで駆けたんだっけ??


「それがいいでしょうね。案内の君、荷造りを頼みます。明朝出立しますので」

「これなる白家軍の決起……辺境伯殿下には、よろしくお伝えを」

「はい。血統あらたかな幼君のある限り、有象無象の蜂起と一緒にはしませんよ」


 あふん。ゼキアやめて。手がくすぐったい。でも無理。もう寝る。


「これはまあ、独り言と思って聞き捨ててほしいのですが……紅家のやりよう、あれは尋常のものではない。政治的駆け引きも軍事的それも、強烈にすぎる。この私が何の介入もできぬ間に白家を討つなど……今も悪い夢を見ているかのようだ」


 夢はさ、楽しいものがいいよ。皆がニコニコ笑っている夢が。


「異常の中心にいるのは、紅家当主シクスガン・クリムゾンテル。恐るべき男だ。どうすればあれに勝てるのか想像もつかない……討ってもらいたいものだ……」


 目が覚めたらまた頑張るから、今はこのまま、溶けていくようにして……。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 予知など、破ってこそ人の尊厳は保たれると、思いたいものですね。
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