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<ナインベルの乱>
ナインベルの乱は、紅白決戦後の一連の騒乱の総称である。白家残党や保守勢力による複数の武装蜂起を伴う。東北山奥辺境伯ペンスリー・アルテマレインによる白家嫡流女児ナインベル・ホワイトガルムの擁立を主要事件とする。
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商売のコツって、いかに女性客をつかむからしいけれど。
「毎度ありがとうございます。白団子入りですね? フフ、一生懸命こさえたのですから、食べていただけた方が嬉しいですよ。またお願いします。ぜひに」
イケメンくんのセールス! 微笑み! さりげないお手々の触れ合い!
時々、チラッとあたしの方を見てニッコリ。あはー、ステキ!
そりゃ人気出るよね。あっちの小道から走ってくる町娘も、こっちの噴水脇で機会をうかがうご婦人も、常連さんだ。手に手にお椀持っているから一目でわかる。
売り物は「たぴ汁」。甘くて小腹も満たす……麦茶と牛乳と果汁ででっち上げたタピオカミルクティーもどき。人気すっごい。便乗してお椀とかスプーンとか売る行商人が着いてまわるくらいだし。
ズズッとひとすすり。浮いている団子もひとくち。もどきでしかない味。
―――夢じゃないんだよねえ。この不思議な異世界生活は。
あの月夜の都落ち……イケメンくんと駆けた日から三年が経つもの。追われて野を越え、探され山越え、何とか人の多いところへ転がり込んでさ。東都だっけ?
あたしたち、このままどうにかこうにか暮らしていけるのかな。
ぶっちゃけ、無理なんじゃないかなあ。
だってあたし、全国指名手配中だ。賞金を懸けているのは紅家ことクリムゾンテル家だよ。この国には皇帝がいるらしいから最高権力者じゃないけれど、ほぼ独裁者って一族があたしを捕まえたいし殺したいんだからさ。きついって。
うーん……あたしだけで済むなら……あんまり痛くなければ、まあ……。
「よーく売れてやがんなー。相変わらずよー」
あ、嫌なやつが来た。歩くだけで鎖がジャラジャラしてうるさいのよ。
「甘えもんってのは、あれよ、ガキの食いもんだよなー。なー? そーだろ?」
何言っているかはわからないけれど、どうせ言いがかりでしょ? 顔が良くてもヤンキー高校生系は興味ないの。あたしは上品な王子様系が好きなのよ。
「団子の代わりに果肉を入れたものです。どうぞ」
「おう。団子はのどに詰まらせるかんなー。こないだの鍋は返しとくわ」
こいつ、お金払わないんだよね。そのくせ鍋ごと持っていくし、周りの行商人からも色々せびっていくしで、最悪よ。
「んー? なーにガンくれてやがんだ、ガキんちょ」
しかも、必ずあたしを見つけるのよね。ニヤニヤジャラジャラ近づいてきてさ。
「いつもひとりでいい子にしてて、偉いな。偉いからバップ様が拍手してやるぜ」
毎回毎回パチパチ拍手すんの、どうして? 割と一生懸命パチパチするし。悪いやつって、もっとこう、ゆっくりめの適当な拍手をするんじゃないの?
「んじゃーな。がんばれよー」
満足げな顔で行っちゃった。また無銭飲食だし。警察官とかいればなあ。
「ベル! ベール!」
あれ、ゼキアの声だ。ベル。いつも思うけれど、ナインベルを省略したこの仮初の名前、もう本名でよくない?
「よかった、間に合った!」
手ぶらじゃないの。あんたお使いどうしたのよ……っていうかガンガン人にぶつかって走るの、やめよう。イノシシじゃないんだから。
「……何か問題が?」
イケメンくん、怖い顔。目だけが笑っていない。
「紅家だ。紅家の奴らがこっちへ来る」
「警邏兵の類ではないのですね?」
「装備のいい騎馬ばかりで二十。率いてるのは若い女で、派手な奴だ」
「それは……」
フムフムなるほど。わかんない。異世界言語って難しい上に聞き取りにくいんだよね。この身体、耳が悪いのかも。
わ、ゼキア、何。どこ行くの? アーチの陰に隠れるの? 何で?
「良き民よ! 営みをはばからずともよい! 望むがまま、にぎにぎしくあれ!」
何か来た! うわあ、カッコイイ! 馬も騎手も赤い鎧の騎兵隊だ! しかも先頭で大きな声を上げたの、女の人じゃん! 凛々しい美人!
「我はセシルキア! 相国上公シクスガン・クリムゾンテルの子である! 我ら紅家一門の庇護のもと、存分に、平和と繁栄を楽しむべし! ハッハッハ!」
オペラみたい。や、オペラなんて観に行ける身分じゃなかったけれど。
違うか。ちょっと前まではそんなご身分だったんだ。白家ことホワイトガルム家のお姫様だったわけだし……って、痛い痛い。ゼキア、肩が痛いってば。
「紅家め」
ゼキア、あんた。
「お館様と奥方様の死を、高笑うか」
……落ち着きなよ。怨みとか憎しみとか、そういうのは楽しくないよ。
鎧の赤色。血も赤色。あの女の人も、三年前の月夜、戦っていたのかな。今のあたしの家族だったり仲間だったりした人たちを、その腰の剣で……さ。
あたしもちゃんと―――おおおっ? 女の人、何でイケメンくんのところへ?
「そなたが『たぴ屋』か。なるほど皇都でも見かけぬ面白き汁物よな」
「市井のささやかな商いにございます」
「であるか。随分と繁盛しておるようだが」
馬の上から見下ろされて、イケメンくん、ひざまずいちゃっているよ。顔も伏せているから、女の人、身を乗り出す乗り出す。落ちそう。顔を見たいのかな。
「一杯もらおうか」
「お戯れを仰います」
「甘いのだろ? なべて甘味は好物よ」
「量り売りにございますれば」
「こんなこともあろうかと、ほれ、持参しておる」
わあ、すごいカップ出してきた。銀製じゃないかな、あれ。ここから見てもわかるくらいに細工がきれい。
イケメンくん、何だか嫌々な感じだ。たぴ汁をよそう時も差し出す時も、うやうやしくはあるけれど、うつむいたまんま。めっちゃ顔のぞき込まれても前髪でガードでき、て、あわ! あわわ! 手が手が!
「ほう、涼やかな美男よの」
手で顎をクイって! 馬の上からクイってしている! 顔が、近い!
やめて! ダメ! あたしが夢見たイケメンくんだよ!? ダメ絶対っ!!
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