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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第1章 東都戦火
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


<ナインベルの乱>


 ナインベルの乱は、紅白決戦後の一連の騒乱の総称である。白家残党や保守勢力による複数の武装蜂起を伴う。東北山奥辺境伯ペンスリー・アルテマレインによる白家嫡流女児ナインベル・ホワイトガルムの擁立を主要事件とする。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 商売のコツって、いかに女性客をつかむからしいけれど。


「毎度ありがとうございます。白団子入りですね? フフ、一生懸命こさえたのですから、食べていただけた方が嬉しいですよ。またお願いします。ぜひに」


 イケメンくんのセールス! 微笑み! さりげないお手々の触れ合い!


 時々、チラッとあたしの方を見てニッコリ。あはー、ステキ!


 そりゃ人気出るよね。あっちの小道から走ってくる町娘も、こっちの噴水脇で機会をうかがうご婦人も、常連さんだ。手に手にお椀持っているから一目でわかる。


 売り物は「たぴ汁」。甘くて小腹も満たす……麦茶と牛乳と果汁ででっち上げたタピオカミルクティーもどき。人気すっごい。便乗してお椀とかスプーンとか売る行商人が着いてまわるくらいだし。


 ズズッとひとすすり。浮いている団子もひとくち。もどきでしかない味。


 ―――夢じゃないんだよねえ。この不思議な異世界生活は。


 あの月夜の都落ち……イケメンくんと駆けた日から三年が経つもの。追われて野を越え、探され山越え、何とか人の多いところへ転がり込んでさ。東都だっけ?


 あたしたち、このままどうにかこうにか暮らしていけるのかな。


 ぶっちゃけ、無理なんじゃないかなあ。


 だってあたし、全国指名手配中だ。賞金を懸けているのは紅家ことクリムゾンテル家だよ。この国には皇帝がいるらしいから最高権力者じゃないけれど、ほぼ独裁者って一族があたしを捕まえたいし殺したいんだからさ。きついって。


 うーん……あたしだけで済むなら……あんまり痛くなければ、まあ……。


「よーく売れてやがんなー。相変わらずよー」


 あ、嫌なやつが来た。歩くだけで鎖がジャラジャラしてうるさいのよ。


「甘えもんってのは、あれよ、ガキの食いもんだよなー。なー? そーだろ?」


 何言っているかはわからないけれど、どうせ言いがかりでしょ? 顔が良くてもヤンキー高校生系は興味ないの。あたしは上品な王子様系が好きなのよ。


「団子の代わりに果肉を入れたものです。どうぞ」

「おう。団子はのどに詰まらせるかんなー。こないだの鍋は返しとくわ」


 こいつ、お金払わないんだよね。そのくせ鍋ごと持っていくし、周りの行商人からも色々せびっていくしで、最悪よ。


「んー? なーにガンくれてやがんだ、ガキんちょ」


 しかも、必ずあたしを見つけるのよね。ニヤニヤジャラジャラ近づいてきてさ。


「いつもひとりでいい子にしてて、偉いな。偉いからバップ様が拍手してやるぜ」


 毎回毎回パチパチ拍手すんの、どうして? 割と一生懸命パチパチするし。悪いやつって、もっとこう、ゆっくりめの適当な拍手をするんじゃないの?


「んじゃーな。がんばれよー」


 満足げな顔で行っちゃった。また無銭飲食だし。警察官とかいればなあ。


「ベル! ベール!」


 あれ、ゼキアの声だ。ベル。いつも思うけれど、ナインベルを省略したこの仮初の名前、もう本名でよくない?


「よかった、間に合った!」


 手ぶらじゃないの。あんたお使いどうしたのよ……っていうかガンガン人にぶつかって走るの、やめよう。イノシシじゃないんだから。


「……何か問題が?」


 イケメンくん、怖い顔。目だけが笑っていない。


「紅家だ。紅家の奴らがこっちへ来る」

「警邏兵の類ではないのですね?」

「装備のいい騎馬ばかりで二十。率いてるのは若い女で、派手な奴だ」

「それは……」


 フムフムなるほど。わかんない。異世界言語って難しい上に聞き取りにくいんだよね。この身体、耳が悪いのかも。


 わ、ゼキア、何。どこ行くの? アーチの陰に隠れるの? 何で?


「良き民よ! 営みをはばからずともよい! 望むがまま、にぎにぎしくあれ!」


 何か来た! うわあ、カッコイイ! 馬も騎手も赤い鎧の騎兵隊だ! しかも先頭で大きな声を上げたの、女の人じゃん! 凛々しい美人!


「我はセシルキア! 相国上公シクスガン・クリムゾンテルの子である! 我ら紅家一門の庇護のもと、存分に、平和と繁栄を楽しむべし! ハッハッハ!」


 オペラみたい。や、オペラなんて観に行ける身分じゃなかったけれど。


 違うか。ちょっと前まではそんなご身分だったんだ。白家ことホワイトガルム家のお姫様だったわけだし……って、痛い痛い。ゼキア、肩が痛いってば。


「紅家め」


 ゼキア、あんた。


「お館様と奥方様の死を、高笑うか」


 ……落ち着きなよ。怨みとか憎しみとか、そういうのは楽しくないよ。


 鎧の赤色。血も赤色。あの女の人も、三年前の月夜、戦っていたのかな。今のあたしの家族だったり仲間だったりした人たちを、その腰の剣で……さ。


 あたしもちゃんと―――おおおっ? 女の人、何でイケメンくんのところへ?


「そなたが『たぴ屋』か。なるほど皇都でも見かけぬ面白き汁物よな」

「市井のささやかな商いにございます」

「であるか。随分と繁盛しておるようだが」


 馬の上から見下ろされて、イケメンくん、ひざまずいちゃっているよ。顔も伏せているから、女の人、身を乗り出す乗り出す。落ちそう。顔を見たいのかな。

 

「一杯もらおうか」

「お戯れを仰います」

「甘いのだろ? なべて甘味は好物よ」

「量り売りにございますれば」

「こんなこともあろうかと、ほれ、持参しておる」


 わあ、すごいカップ出してきた。銀製じゃないかな、あれ。ここから見てもわかるくらいに細工がきれい。


 イケメンくん、何だか嫌々な感じだ。たぴ汁をよそう時も差し出す時も、うやうやしくはあるけれど、うつむいたまんま。めっちゃ顔のぞき込まれても前髪でガードでき、て、あわ! あわわ! 手が手が!


「ほう、涼やかな美男よの」


 手で顎をクイって! 馬の上からクイってしている! 顔が、近い!


 やめて! ダメ! あたしが夢見たイケメンくんだよ!? ダメ絶対っ!!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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