019
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ガロ、言ってくれたよね。
「……紅家に勝ちたきゃ、東北山奥に目を向けな。今の白家に足りねえもんは、全てそこにある。そいつを得られるかどうか……てめえ次第だろうよ」
だから、たぶん辺境伯で偽名ワーテルのニヤニヤ男、顔を見るのも声を聞くのも超嫌だけれどがんばって話しかけた。どうにかして関心を引こうとしたよ。
でも! こいつ! 無視するか鼻で笑うか手でアッチ行けシッシってするか!
物理的に行くと首の後ろつかんでポイって捨てられるし! 何なのよ!
しかも腹の立つことに、振る舞いがいちいち優雅なせいでゼキアたちがだまされちゃうんだ。何か微笑ましい光景みたいな扱いだもの。こいつが辺境伯だって言っても誰一人信じてくれないしさー! 証拠もないしさー!
「ああ、貴男が『閃』のイクサムですか。近頃また名を上げましたねえ」
っていうか、こいつ何日いるんだ。応接間を自分の部屋みたいにしてくつろいじゃって。あたしのこと視界にも入れていないでしょ。
「方々の戦へ駆けつけては連戦連勝と聞いていますよ。蟹井家も、それに与していた中小の家々も、今や白襷の騎馬隊を見るだけで逃げ惑うとか」
イクサムが帰ってきてくれたのは嬉しいけれど、こいつに会うためじゃなあ。
「百騎ばかりです。いずれの戦勝も、郡郷領主各家の力によるものかと」
「いやいや、先には参徒衆を貴男の隊だけで蹴散らしたではないですか」
「あれらなど暴徒にすぎません」
「ハハア、紅巾など意にも介しませんか」
あ、ほら! 感心したような態度でも、内心で馬鹿にしているっぽいんだよね!
何で皆にはわからないんだろう……わかりやすすぎるくらいだと思うのに!
「さすがは音に聞こえた騎士。人を酔わせる豪気。幼君を護る忠義の人でもありますから、なるほど、圏北連合なるものも絵空事ではないですねえ」
お茶を入れにきたケイジンがピクって反応した。圏北連合って、ケイジンがあちこち頑張って交渉しているやつだ。
手紙、たくさん署名した。ごく限られた何人かとは会いもしたよ。
「……力を結集したいと思っています」
「いいですね。この辺りは親白家の土地柄です。紅家の強権的なやり方に不満を持つ者も多い。きっと強力な軍を起こせることでしょう」
軍……あたしたちの白家軍。白天旗を掲げてしまったら、もう逃げられない。
今だってイクサムは紅家のグループと戦っているけれど、それは白家としてじゃないし、誰かのサポートでしかない。万一の時は逃がしてあげられた。
でも、決起しちゃったら……生きるか死ぬかだ。
国を支配する紅家を相手に、最初で最後の戦いをすることになるんだ。
「しかしねえ……フフン……見事に戦えば勝てるというものでもありませんよ?」
この! 身を乗り出して、面白がるような態度で!
「圏北連合が成ったとして、貴男、紅家に勝てると思っているのですか? 動員できる兵力なんて高が知れますよね? 東都には数万規模の紅家軍が駐屯しているのですよ? 雷国無双こそいないものの『黒狼』の武名はまだ聞きますしねえ」
黒狼ってあだ名、結構聞くのよね。きっと恐ろしい敵のことだ。だって、イクサムが顔をゆがめた。ほんの少しだけれど、隠せないくらいには。
……うん、あたしもわかってはいるんだ。
アニメやゲームじゃなし、イクサムがどれだけ強くたって、一人で戦争に勝てるわけがない。だから、三年前の月夜、白家軍は負けちゃったんだし。
「……オレが出ると、敵が退きます。戦うたびに退き際があざやかになっていく」
それって、怖がられているだけじゃなくて……警戒されているってことだ。
「初めは輜重隊を狙えていたのに、段々と裏をかけなくなり、先の参徒衆にいたっては手持ち弁当だけ。しかも、軍監と思しき騎馬はオレを見ていました」
警戒どころか……イクサム、狙われている。
「一連の合戦は瀬踏みでしょう……オレたちの戦力を計り、殲滅するための」
喉が渇く。お茶が熱い。でも飲む。歯を食いしばる。
「素晴らしい。貴男はただの猪騎士ではないようです」
やめろ、そのねっとりした拍手。あたしが聞きたいのはそれじゃない。
「ご推察の通りでしょうねえ。東都統領は戦争巧手。圏北の騒乱を軽視も放置もするわけがなく、また、無為に敵を勢いづかせるはずもありません。豪族の連合? フフン、埃を集めて一気に掃き清めるつもりかもしれませんよ」
にべもない言い方。でもこれが本気なんだ。この冷たさが。
「哀しいかな、そう仕向けられているとしても、貴男方は起たねばなりません。紅家の圧迫には容赦がなく、時が経つほどに追い詰められていくのですから」
手が握られていた。ゼキア。そういえばあんたもいたんだっけ。温かい手だね。
「抗ってみせなさい、白家軍旗本烈騎『閃』のイクサム」
結局、こいつが興味を持っているのはあたしじゃないんだ。三歳のナインベルなんて、ただの飾りとしか思っていない。
「君は戦場の勇者ですし、戦場とはどんなことも起きうるところ。あるいは槍が東都統領へ届くかも。もしかすれば東都を落とすことが叶うかも。そうなれば新しい東都圏が生まれますよ……ウフフ、夢がありますねえ」
今、あたしは嗤われてすらいない。イクサムの握りしめた拳を、見ているだけ。
「……オレたちが東都を落とした暁には、辺境伯領軍の協力を期待していいと?」
「はい。お約束しましょう。殿下もそれを望んでいらっしゃいますからね」
また演技。ムカムカする……ゼキアに握られていない方の拳を、握った。
「事破れたのなら、幼君を東北山奥へ落ち延びさせてください。必ず保護します」
それが現実。一番起こりそうな未来。冗談じゃないけれどね。そんなことになったらあたしはあたしを殺す。それがきっと……生き残った誰かを解放するもの。
痛っ。
拳がズキズキする。何かを殴りつけたみたい。立ち上ってもいる。震える拳を、ろくでもないことばかり言う男へ突きつけている。
何? 何で? あたし何しているの?
血が……手指に熱くにじんできて……ポタリと垂れた。
「まけるものか、もうにどと」
「おやおや、癇癪を起こさせ―――」
「だまれ。ナインベル・ホワイトガルムがはなしている」
勝手に口が動く。苦しい。お腹が焼かれて、火を吐いているみたい。
「うしなうものか。いやだ。だれもかれも、しんでいく。ゆるせるものか」
え、あれ、変だ。どうしてあたし泣いているの? この、胸が張り裂けそうになるくらいの衝動は……叫びたくてたまらなくなるこれは、何なの!?
「おまえにもころされまいぞ、へんきょうはく、ぺんすりー!」
今、あたし何て言った? こ、殺されるって何!?
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