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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第2章 圏北騒乱
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018

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 まーた、イクサムに会えないんだけれど。


 ヨウシジさんの戦へ参加したのはいいのよ。大活躍したんでしょ? サイルウくんの手伝いもしたよね。それで、特別な騎兵隊を作ることになったのもオーケー。


 でも、めっきり家にいないのは嫌だ。生活に彩りが足りないの。


 命懸けのことってわかっているからこそ……つらいのよ。


「姫さま? おねむになっちゃいました? 少しねんねします?」


 あふ、あったかい手が背中にさすってきた。ぷにぷにの感触と、日なたの匂い。


「やめて、アーヤ」


 ゼキアより一つ年下で、だいぶ背の低いこの女の子は、かなりカワイイけれど。


「ねない」

「じゃあ、どんぐり茶でも飲みます?」

「いらない」

「煮バッタも出しちゃいますよ? あ、ダンゴ虫炒めましょっか!」

「い、ら、な、い」


 山の幸と言うにもワイルドすぎるのよ、あんたの薦めるものって。炊事を任せたの割と後悔しているし。ヘビとかカエルとか初めて食べたし。


「……イクサム、どこ」

「丘の向こうのそのまた先じゃないですか? 『閃騎隊』の訓練ですからね!」


 嬉しそうに言えるのは、いいことかも。アーヤ、イクサムが駆けつけなかったら殺されていたって聞くものね。戦争って子どもにいいことが一つもないよ。


「アーヤ、邪魔をするな。姫は勉強中だ」

「はーい。お絵描きの勉強、がんばってくださいね!」

「……姫?」

「……これは、いきぬき」

「経文詩歌の書き写しは文字の習熟に……また不可思議な絵を」


 わあ、取り上げられちゃった。でもそれちょっと自信作だったり。


「フム……これはイクサムか?」

「あ、やっぱりそうなんです? すごくカッコイイですよね!」


 お、わかってくれるかアーヤちゃん。イラストって文化なのさ。


「こっちの、目が線だけの男はケイジンだな」

「この怒った顔の子は守役さまですね!」

「む、そうなのか?」

「この人もカッコイイなー」

「おそらく土磁家の当主だ。サイルウという」


 何だ、ゼキアも楽しそうじゃん。見ていていいよ、あたしがお茶淹れてくるし。ええい、お構いなくお構いなく。あたしはどんぐりじゃないやつが飲みたいのよ。


「何やってるんでっか、皆して」


 あれ、ケイジンだ。今度はどこへ行ってきたのかしらん……って。


「……だれ」


 悲鳴を飲み好んで、問うた。


 ケイジンの後ろにいる男。若い。顔はいいのかもしれない。服装も洒落ている気がする。でもダメだ。ゾクゾクと悪寒がする。鳥肌全開。


 危険だ、この男は! あたしの日常を引き裂くやつだ!


「誰、と問われたならば名をもって答えましょう。ワーテルと申します」


 嘘。今こいつ、絶対に嘘の名前を言った。わかるんだぞ。


「えっと、この御人はさるやんごとなき方の使者やねん。遠路はるばる来てくれたさかい、一服してもらうってことでお願いしたいんやけども」


 ケイジン、あんた、何も感じていないの? ゼキアとアーヤも、挨拶とかお茶の支度とか、そういうのやっている場合?


「おやおや、興味深いものが散らかっていますね」


 あ、お前。勝手に。


「独特に過ぎる……人物の見方も表現方法もね。既存の絵画芸術との間に断絶がありますよ。それでいて大きな技術体系を感じさます。稚拙かつ未熟とはいえ、ね」


 ギョロリとあたしを見た、その、化物じみた目!


「このような不可解さは、東都でたぴ汁なる珍妙な飲み物を飲んだ時以来ですよ。あれも調理の歴史から逸脱した代物でしたが……はて?」


 こいつ、何を言おうとしている。何を知っているんだ。


「これ、誰を描いたものでしょうね? とても惹きつけられる目をしていますが」

「―――ガロ」


 口にして、わかった。このゾクゾクする感じ、ガロに会った時と同じなんだ。


 怖くてたまらない。ワーテルとか名乗ったこいつは、きっとあたしの運命に大きく関わってくる。どういう風にかはわからないけれど。


「雷国無双ですか……フフン……もっと丸々とした顔でしたが、こういう生意気な目つきをしていた気もしますね。どこかで惨めに死んだと聞きますが……さて?」


 ケイジンとゼキアが何か言っているのに、聞き取れない。耳の奥でドクドクって音がしている。ワーテルというお前がニヤニヤと嗤っている。


「……いえいえ、御年三つであれば、大人しく座っているだけでも十分でしょう」


 見透かしたような目、やめろ。


「……フフフ、十分に面白いものを見させてもらっていますよ。さすがは貴き血に連なる白家の嫡流。絵画の一枚にすら、かくも神秘が宿っています。愉快ですね」


 何が。適当に放り捨てておいて。


「辺境伯殿下も、きっとお喜びになるでしょう」


 誰かに頭を下げる気なんて欠片もないやつの、妙に嬉しそうな、敬い言葉。


「元来武門とは帝室および貴族選氏に従うものであり、その逆は不遜……殿下も憂いていらっしゃいます。紅家は討たれるべきだと」


 ああ、そうか。わかったよ、お前の正体が。


「期待していますよ、幼き君。白天旗の掲げられたその日には、東北山奥十万騎をもって、白家軍を厚く支援いたしましょう」


 お前が、辺境伯だ。


 東北山奥を貴族領として広く支配しているっていう、皇帝の叔父だか何だか。ガロに言われたから調べておいたんだ。


 名前は確か、ペンスリー・アルテマレイン……!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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[一言]  怖くてたまらない。ワーテルとか名乗ったこいつは、きっとあたしの運命に大きく関わってくる。どういう風にかはわからないけれど。 ↑ これは前世でやってた、まだ思い出していないゲーム知識からの刺…
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