015
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やってきました、雪森郷。
連なる山々から吹き下ろしてくる風が、色を帯びると森になるのかもしれない。ザワザワと葉を波立たせて、木々は草花へと吹き終わっていく……なんて。
似合わないことを考えちゃうくらいに、山の中の里だなあ。
ここって、白家軍が拓いた村が始まりなんでしょ?
白家は大武門。戦えばケガ人が出るし、病気したり高齢になったりで戦えなくなる人もいるわけで、そういう人たちのアフターケアが必要なのは当たり前だ。
「ここは数ある『白家村』の中でも特別でな? 隠れ牧場が大したもんやねん」
うんうん。知っているよ。道中、あんたのふるさと自慢はいい子守歌だったよ。
「烈騎からお預かりした馬も、元気にやっとるようでっせ」
「イクサム、お前、売り払ったのではなかったのか」
「武装は全てケイジンに預けました。お館様から賜った品々ですからね」
「守役ー、旗本の甲冑や軍馬なんて売却したら目立ちますやん」
「そうか、ならばたぴ屋の資金は」
「はい。郷から融通してもらったのですよ」
皆の表情もおだやかだ。追われる立場だからね。今までのどこよりも安全なところへ来た……そう思うと肩の力が抜けていく。
「イクサム、おろして。あるきたい」
「仰せのままに」
何でいちいちステキに微笑むんだろうね、このイケメンは! ゴージャスな車からレッドカーペットへ降りるみたいな気分だよ! 荷馬から田舎道へだけれど!
伸びをひとつ。ほてった頬をパタパタして、テクテク歩くよ。
「姫、出迎えが来たようだ」
ああ、あの人たち。頭巾のお爺さんと、それに付き従うおじさんおばさん、お姉さんお兄さん、男の子女の子……お、多くない? 人数すごくない?
「おお、よくぞ……我らが里へようこそお出で下さいました」
土下座!? ちょ、皆して!?
「我ら、白家より大恩を賜りし身の上。御身を安んじる一助となりえ申しますならば―――」
頭巾の陰で鋭く光を放ったのは、涙をたっぷりと溜めた、目。
「―――この口惜しさ、呑み込めまする」
ああ……わかっているよ。
今、こんなにも敬意を払われているのは、あたし個人じゃない。ナインベルの両親と兄弟、祖父母や親戚……つまりは白家の歴史そのものだ。
あたしは、ホワイトガルムという家名を名乗る者として、頭を下げられている。
「ありがとう。ナインベル・ホワイトガルムを、よろしく」
選挙運動みたいな言い方になっちゃった。でも、間違っていないよね。いわゆる二代目三代目議員みたいなものだもの。
だから、はい、その後の流れは覚悟していたともさ。
頭巾のお爺さん―――郷頭さんの家を丸ごとあたしたちが使うことになるのも。体調を気遣われつつもガンガン面会があるのも。会う人会う人、話が長いのもね。
でも、事態は予想を超えてきた。
「ワイたち、馬の扱いには自信がありまんねん! 姫様のもとで戦いたく!」
「イクサムとはなして」
「守役様も大人やないし女手も必要やと思うんですわ。何でもやるさかいに!」
「イクサムからはなれて」
「紅家の奴ばらに一撃くらわしたる所存! 我ら老志会の血判状をお納めあれ!」
「……ケイジン?」
「こんなんやから誤魔化しとったんですわ……ちょ、郡頭さんまでおるやんけ!」
この選挙事務所、やる気ありすぎ……!
あたしが何を言っても変に感動しちゃって逆効果。最後はゼキアがブチ切れた。
「いい加減にしろ! 姫の寛容に甘えて勝手なことばかり! この三年間の意味がまるでわかってない! 紅家繁栄の陰に紛れなければならかったのは、時をわきまえず猛るばかりの馬鹿者どもこそ、姫の命をおびやかすに違いないからだぞ!」
髪の毛を逆立てて吠える背中が、すごくカッコ良かったな。
「最も失ったのは、最も忍んだのは、誰だ! それでもなお初めに感謝を口にしたその人が、しばし身を休める……そんな今! お前たちのやるべきことは何だ! 我慢できぬとわめきちらすことか!? 頭を冷やして出直してこい!!」
まあ、でも、考えさせられたよね。怒り、悲しみ、それでも戦う理由をさ。
あんたはあまりそういう話をしないから……ねえ、イクサム。庭からの風の入る応接間で、あたしたち、久々に二人っきりだよ。
「みんな、まもりたいものがある」
家族、田畑、仲間、伝統、風景……愛する大切なものたち。ここではたやすく奪われたり台無しにされたりする。山賊とかもいるくらいだもの。
「はい。それゆえに戦います」
「……つよいだれかが、すべてをまもれる?」
「禁軍が強力であった頃も地方では乱が続発したと聞きます」
「こうけぐんなら、どう?」
「強者の筆頭となりましたが圧倒的ではなく、また、大義もありません」
大義。よくイクサムが口にする言葉だ。
「たいぎとは、なに?」
「万人が賛同する道理です」
支持率みたいなものに何となーく聞こえる、それ。
「……わたしに、ある?」
真剣な顔になった。全身であたしを見てくる。そうしてほしくて聞くんだよ。本気にならなきゃって、今日改めて思ったから。
「血に宿るものならば、帝室が唯一のそれでしょう。白家も紅家もさかのぼれば帝室につながりますが……この乱世、血の貴賤で治まるものとは思えません」
熱い何かを宿した瞳が、あたしの全部を見よう、探ろうとしてくる。
「姫様の御心……神秘を感じるその深奥に、オレは夢を見るのです。美しい夢を」
夢か。何だか答えをはぐらかされたような気もするけれど。
夢を見ているのは、あたしも一緒だ。
あたしにも何か「いいこと」ができるかもしれない……あたしにしかできない何かがあるのかもしれないって、そんな夢みたいなことを考えているんだもの。
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