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悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第2章 圏北騒乱
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015

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 やってきました、雪森郷。


 連なる山々から吹き下ろしてくる風が、色を帯びると森になるのかもしれない。ザワザワと葉を波立たせて、木々は草花へと吹き終わっていく……なんて。


 似合わないことを考えちゃうくらいに、山の中の里だなあ。


 ここって、白家軍が拓いた村が始まりなんでしょ?


 白家は大武門。戦えばケガ人が出るし、病気したり高齢になったりで戦えなくなる人もいるわけで、そういう人たちのアフターケアが必要なのは当たり前だ。


「ここは数ある『白家村』の中でも特別でな? 隠れ牧場が大したもんやねん」


 うんうん。知っているよ。道中、あんたのふるさと自慢はいい子守歌だったよ。


「烈騎からお預かりした馬も、元気にやっとるようでっせ」

「イクサム、お前、売り払ったのではなかったのか」

「武装は全てケイジンに預けました。お館様から賜った品々ですからね」

「守役ー、旗本の甲冑や軍馬なんて売却したら目立ちますやん」

「そうか、ならばたぴ屋の資金は」

「はい。郷から融通してもらったのですよ」


 皆の表情もおだやかだ。追われる立場だからね。今までのどこよりも安全なところへ来た……そう思うと肩の力が抜けていく。


「イクサム、おろして。あるきたい」

「仰せのままに」


 何でいちいちステキに微笑むんだろうね、このイケメンは! ゴージャスな車からレッドカーペットへ降りるみたいな気分だよ! 荷馬から田舎道へだけれど!


 伸びをひとつ。ほてった頬をパタパタして、テクテク歩くよ。


「姫、出迎えが来たようだ」


 ああ、あの人たち。頭巾のお爺さんと、それに付き従うおじさんおばさん、お姉さんお兄さん、男の子女の子……お、多くない? 人数すごくない?


「おお、よくぞ……我らが里へようこそお出で下さいました」


 土下座!? ちょ、皆して!?


「我ら、白家より大恩を賜りし身の上。御身を安んじる一助となりえ申しますならば―――」


 頭巾の陰で鋭く光を放ったのは、涙をたっぷりと溜めた、目。


「―――この口惜しさ、呑み込めまする」


 ああ……わかっているよ。


 今、こんなにも敬意を払われているのは、あたし個人じゃない。ナインベルの両親と兄弟、祖父母や親戚……つまりは白家の歴史そのものだ。


 あたしは、ホワイトガルムという家名を名乗る者として、頭を下げられている。


「ありがとう。ナインベル・ホワイトガルムを、よろしく」


 選挙運動みたいな言い方になっちゃった。でも、間違っていないよね。いわゆる二代目三代目議員みたいなものだもの。


 だから、はい、その後の流れは覚悟していたともさ。


 頭巾のお爺さん―――郷頭さんの家を丸ごとあたしたちが使うことになるのも。体調を気遣われつつもガンガン面会があるのも。会う人会う人、話が長いのもね。


 でも、事態は予想を超えてきた。


「ワイたち、馬の扱いには自信がありまんねん! 姫様のもとで戦いたく!」

「イクサムとはなして」

「守役様も大人やないし女手も必要やと思うんですわ。何でもやるさかいに!」

「イクサムからはなれて」

「紅家の奴ばらに一撃くらわしたる所存! 我ら老志会の血判状をお納めあれ!」

「……ケイジン?」

「こんなんやから誤魔化しとったんですわ……ちょ、郡頭さんまでおるやんけ!」


 この選挙事務所、やる気ありすぎ……!


 あたしが何を言っても変に感動しちゃって逆効果。最後はゼキアがブチ切れた。


「いい加減にしろ! 姫の寛容に甘えて勝手なことばかり! この三年間の意味がまるでわかってない! 紅家繁栄の陰に紛れなければならかったのは、時をわきまえず猛るばかりの馬鹿者どもこそ、姫の命をおびやかすに違いないからだぞ!」


 髪の毛を逆立てて吠える背中が、すごくカッコ良かったな。


「最も失ったのは、最も忍んだのは、誰だ! それでもなお初めに感謝を口にしたその人が、しばし身を休める……そんな今! お前たちのやるべきことは何だ! 我慢できぬとわめきちらすことか!? 頭を冷やして出直してこい!!」


 まあ、でも、考えさせられたよね。怒り、悲しみ、それでも戦う理由をさ。


 あんたはあまりそういう話をしないから……ねえ、イクサム。庭からの風の入る応接間で、あたしたち、久々に二人っきりだよ。


「みんな、まもりたいものがある」


 家族、田畑、仲間、伝統、風景……愛する大切なものたち。ここではたやすく奪われたり台無しにされたりする。山賊とかもいるくらいだもの。


「はい。それゆえに戦います」

「……つよいだれかが、すべてをまもれる?」

「禁軍が強力であった頃も地方では乱が続発したと聞きます」

「こうけぐんなら、どう?」

「強者の筆頭となりましたが圧倒的ではなく、また、大義もありません」


 大義。よくイクサムが口にする言葉だ。


「たいぎとは、なに?」

「万人が賛同する道理です」


 支持率みたいなものに何となーく聞こえる、それ。


「……わたしに、ある?」


 真剣な顔になった。全身であたしを見てくる。そうしてほしくて聞くんだよ。本気にならなきゃって、今日改めて思ったから。


「血に宿るものならば、帝室が唯一のそれでしょう。白家も紅家もさかのぼれば帝室につながりますが……この乱世、血の貴賤で治まるものとは思えません」


 熱い何かを宿した瞳が、あたしの全部を見よう、探ろうとしてくる。


「姫様の御心……神秘を感じるその深奥に、オレは夢を見るのです。美しい夢を」


 夢か。何だか答えをはぐらかされたような気もするけれど。


 夢を見ているのは、あたしも一緒だ。


 あたしにも何か「いいこと」ができるかもしれない……あたしにしかできない何かがあるのかもしれないって、そんな夢みたいなことを考えているんだもの。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナインベルが着々と心の準備をしているところ。 ナインベルと言う名前のセンス。源九郎義経から取ったとしても、こう名付けるか! 語感も、字面も、読み進めるほどに味わいが深まる名前です。 [一…
[一言]  やってきました、雪森郷。 ↑ 上酒と土磁がまるで門の左右のように塞がり守っているようですね(´ω`) ナインベルだけでなく紅家も力を蓄えて増して来る筈。何年守れるのか(´・ω・`)
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