014
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「ええっと、こちらは上酒家御当主のヨウシジ・ハイアルコ殿や」
「ウム。よろしく願う」
お酒のビンをクイッと掲げて、白髪交じりのイケオジ―――ダンディーなヨウシジさんはトロンとした目で気分よさそう……美味しそう。飲んでないもんなー。
「んで、こっちの方が土磁家の若当主、サイルウ・アスマグナ殿や」
「はい、よろしく」
ニコッて笑うお兄さん―――爽やか系美形のサイルウくんさ、その鍋、中身お汁粉だよね? 一人で全食いする気じゃ……あたしも食べたいし。甘味欲すし。
「えー、こないになっとるけど、さっきまで合戦しとった殿様方やで」
「半包囲してボクの勝ちですから飲み代は上酒家持ちです。共に奢られましょう」
「馬鹿を言う。中央を衝いてワシの勝利よ。奢られてやる。おぬしらも飲め飲め」
仕事終わりの居酒屋じゃん。いいよね、こういうワイワイガヤガヤ。豪快な大皿料理が並んでいて、匂いだけでもヨダレがっががが。
「……姫、店の客は全員軍人だ」
ゼキア、こしょこしょ話は失礼だよ。イクサムも妙に目つきが冷たいし。
「何か話があるのでしょう。宿場に足を踏み入れるや囲まれていましたから」
そうなの? ケイジンは苦り切った顔だけれど……あたしはお腹鳴ったけれど。
「坂の上からですよ。見るということは見られるということでもあります。伏せておいた兵、気づきませんでしたか?」
わ、サイルウくんが挑発的。ヨウシジさんも「ぬかしおる」とか笑うし。
ほらあ、雰囲気がピリピリしてきちゃったよ。ゼキアはあたしの手をつかむし、イクサムは目を細めるし、ケイジンはめっちゃ視線が定まらないしで。
ああもう……あーもー! 何なのよ皆してえっ!!
あたし、長椅子の上に起立! 頭の上で、拍手、大きく素早く二回!
「てんちょう! おいしいもの、よにんぶん! おおいそぎ!」
ゼキアもイクサムも黙んなさい。ケイジンはちゃんと座りなさい。
いい? 難しいことも大事かもしれないけれど、時と場所を選びなさい。
歩き疲れて日が暮れて食事処にいるのなら……食べるの。あたし、腹ペコなの。どっちの殿様でもね、奢ってくれるならいいの。悪い人でも食べてからでいいの!
わかった? わからないと……よし、いい子ね。バンバン取り分けていくわよ。
「それで? はなしとは、なに?」
鶏肉をムシャムシャしつつ聞いてみた。皮はゼキアが食べてね。好きでしょ?
「いや、まあ、聞くつもりだったこと以上に聞けたというか、わかったというか」
「ウムウム! いやあ、いい食べっぷりだ! 内臓が強いぞ、この子は!」
「別にそういうことをわかりたかったわけじゃないですけどね……」
「何を言う! 先ほどの迫力も併せて、将の将たる器が輝いておるではないか!」
「孫自慢の爺様みたいに言われても……まあ、でも、確かに大物かもしれません」
サイルウくんがニヤリと笑ってあたしに煮卵を取ってくれた。
「何しろ、三郡引き換えのお尋ね首ですからね」
はい、いちいち反応しないの。今、美味しい匂いしかしないでしょ? こういう時は大丈夫なものなのよ。
「さても、近頃は頭の悪さが権威を保障するようです。紅家にあらずんば士分にあらず? ひいては人ですら? 歪んでますよ。幼首と三郡が等価に見えるなんて」
吐き捨てるように言って、お酒……じゃなくてお汁粉をズズッと。あたしも。
「人は、人だ。馬鹿め」
ヨウシジさんが力強く断言した。ですよね、とサイルウくんがまだ語る。
「人が生きるためには食べ物が要ります。耕すためには土地が、育むためには水と森が、護るためには軍が要ります。つまりですね、ボクたち豪族と呼ばれる者は地に根差した暮らしの代表者。掲げる旗の色も、大地に立って仰ぎ見るのですよ」
ですから、と身を乗り出してきた。あたしに向かってだ。
「紅家などクソ喰ら……失礼、バカ野郎めと思うんです。人の在り様を上から定めてくるなと言いたい。偉そうに。何食べて生きてるつもりだともね。偉そうに」
グワッと鍋を仰いだ。あたしはお椀をグワッと。甘っ。
「権力と酒は似ていよう。器を越えると悪酔いの無様を晒す……ワシは紅家の有り様が鼻につく。その権威を笠に着る馬鹿者に至っては、こうしてやりたいわ」
は? ヨウシジさんが振ったの、しゃもじだよね? それで、何で、飛んでいたハエが切断できるの。首と胴ならまだわかるけれど、左右に真っ二つなんて。
「合戦動員数、どちらも一千五百余……一郡を領するであろう大身でありながら」
イクサムが話し出した。二人の殿様、特にヨウシジさんを見る目が違っている。
「紅家への不満を露にし、オレたちが何者であるかを問い質しもしない……その意味を教えていただきたい。合戦芝居を演じた理由もまた」
うーん、カッコイイ。焼き鳥を皿へ置くタイミングもグッド。ゼキアはほっぺに煮物が盛り沢山だ。いいよいいよ、いっぱい食べなって。
「蟹井家に迷惑しとる。紅家支持を謳って方々へ無茶を仕掛けておってな」
「東都への玄関口も欲しいようです。この宿場を含む十七村五郷を寄越せなどと」
「……相手にしないための合戦であると?」
「ウム。いかに恥知らずでも、係争地へ手を伸ばすほどの命知らずではあるまい」
難しく言っているけれど、今忙しいから無理って断る系のやつかな。あるある。
「さけられるなら、さけるべき。いのちをまもるためになら」
断りきれない仕事がズルズル増えちゃって、あたし、死んだしね!
皆が頷いてくれた。気分いいから、イクサム、このサラダをあげるね。こういうカッコイイやつを食べるのが似合うと思うの。あたしこれ嫌いだし。
「ワシらがやり合っておる内に、世の騒々しさが鎮まるといいのだが」
「ボクたちは時間を稼ぐよりありません。紅家を牽制しうる力が育つまでは」
え、何? どうして皆してあたしを見てくるの? この肉まんはあたしのだよ?
「期待するぞ、ワシは」
「はい、ボクもですよ」
あげないし。これが最後の一個だって、店長がさっき言っていたでしょ!
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