013
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荷馬の背の、荷箱の上の、ナインベル……あたし五七五のセンスなさすぎ。
でも現実。三歳児の旅事情。あたし、どうあがいても荷物の一つでしかないよ。箱のふたに紐で固定された座椅子、それが異世界のチャイルドシートだもの。
「いやあ、雲突山もだいぶ見慣れた姿になってきよったなあ」
あのでっかい山だよね? ケイジン、手綱をクルンクルン回して嬉しそう。
「大人しく馬を引け。姫が落ちたらどうする」
ゼキア、体力あるなあ。背負うものもあるのに全然ヨロヨロしない。
「おっとすんまへん。けどまあ、もう登りはないで。あとはのんびりしたもんや」
「……行き来は頻繁なのか?」
イクサム? 遠くを見やって……あ、鳥の群れだ。わあ、多いなあ。
「いやいや、ご指示に従っとったやないでっか。東都に入り浸りでっせ」
「残る道中の情勢を、君はどう見ている」
難しい話が始まる予感。聞こう。わ、わからないなりに。
「ここいらは豪族二家の境界になっとりますね」
「家の名と家風、それに向き合いようを」
「上酒家と土磁家。どっちも腕に覚えありで、何度かやり合うとります。小さくとも宿場があるさかいに」
「旗幟は」
「そろって白家寄りやったけども……んん!? 今聞こえた音! まさか!」
え、何も聞こえないよ? ちょっとケイジン、どうして手綱をゼキアに……あーあ。走っていっちゃった。
「姫様、少々騒がしいものを見せるかもしれません」
「……きけん?」
「いいえ。オレがいますから」
ニコッてしてくれたけれど、イクサム、外套の下に剣を隠し持ったよね? ゼキアも杖を持ち替えた。駆け戻ってきたケイジンの……え、それどういう表情?
「あー、その、何でやねんっていうか……まあ、合戦なんやけども」
合戦! やっぱり戦争だ!
一気に緊張感が高まる、となるのが正しいと思うんだけれど……ねえケイジン、歯にスルメでも挟まっちゃったの?
「見てもろた方が早いかと。この先の坂から見渡せるし」
気になる言い方するなあ。とにかく坂まで急いで、眺めやったら。
「……なに、あれは」
確かに合戦ではあるよ。軍隊が左右に分かれて向かい合っているもの。旗も槍もいっぱいだし、騎馬もいる……それなのに、何だか少しも怖くない。
動かないから? 叫んだりしないから? それとも……??
あ、太鼓が鳴った。そうか、これから戦いが!
ザッザッて進んで、槍がブンブン振られて……そこまだ届かなくない? 騎兵も駆けていくけれど、すれ違うだけだ。そもそも武器を持っていないような……?
「あれは、なに」
「戦ですよ、姫様。ただし、事前に申し合わせが済んでいる戦なのでしょう」
イクサムは苦笑いだ。ケイジンもそうなった。ゼキアは首を傾げた。
「くわしく」
「いつどこで、どのような編成で、どう当たりどう流れ、いつ終えるのか。人死を避けるのか否か。略奪はありかなしか。ありとしても何を禁ずるか」
「……それは、きめられるもの?」
「はい。場合にもよりますし、程度もそれぞれですが……ここまで芝居じみたものはあまり聞きませんね」
そうそう、これもうお芝居だよね。スポーツと言ってもいいかも。これで争いが済ませられるのならステキだよ。
はー、なるほど、こういう戦争もあるんだなあ。
……待って。
これでいいなら、三年前の月夜は何? 白家の今は何なの?
沸き起こった言葉を口から出せなかった。イクサムがあたしをジッと見ている。悲しくて痛々しい、その眼差し。
「一族家臣の命運を賭けた戦いは稀ですが……大義や大望が並び立たなかった時、それは戦われるのですよ」
やっぱり難しいことを言うよね、カッコイイ顔してさ。
あたしは、わからないといけないんだ―――なぜ白家が戦って、負けて、滅ぼされそうなのかを。わからないままじゃ、ガロの言う「旗飾り」にしかなれない。
「はっけは、ひつよう?」
素朴な問いがポロリとこぼれた。
イクサムがゆっくりとうなずいた。ゼキアとケイジンも同じ意見みたい。必要だと思う理由は、たぶん、微妙に違うんじゃないかな。
それでも、三人ともあたしを通じて白家を想っている。
想いを集めるだけのものが、白家にはあるってことだ。
「そう……わかった」
わかりたいって気持ちを籠めて、言った。だってあたしは白家のない世界を知っていて、こっちの世界はまだ詳しくない。納得なんてできるわけがない。
もっと知って、考えて考えて、今度こそちゃんとやりたい。
ナインベル・ホワイトガルムなんて二度目の人生をやる意味は、きっとそれだ。
日が雲突山を越えて傾いた頃、合戦は終わった。エイエイオー的なやつをどちらもやって、それぞれにさっさと帰っていっちゃった。運動会終了って感じ。ビールと焼肉でおつかれ様パーティとかやりそう。
そんなことを考えていたから、かな。
着いた宿屋で大宴会が催されていても、やっぱりなって思ったくらいだけれど。
「何てことだ。ワシ、どこの偵察かと構えていたのに。ケイジンだったとは」
「ボクはそんな気がしていましたけどね。お久しぶりです、ケイジンくん」
渋い系のおじさんとやさしそうなお兄さんが絡んできて。
「さっきのボクたちの合戦、どうでした? カッコ良かったですか?」
「そりゃあ、手に汗握ったろうよ。ワシらが軍配を振るったのだからな!」
何かとんでもないことを言い出した!
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