表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪党令嬢ナインベルの乱!  作者: かすがまる
第1章 東都戦火
12/44

012 ウルスラ

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 食わして寝かす。それだけで人生は戦いだってのに。


 食うが寝ず、小屋を手狭にして荷造りに余念のない、この馬鹿者たちめが。


「雪森郷へ向かいます」


 イクサム坊め。磨き抜いた白刃の気配をもはや隠しもしない。


「……ちと遠いね。北へ、太菩川をさかのぼった先だ」

「追われてはいません。東都を離れてからは宿場を順に巡っていくつもりです」


 こういう男は厄介なんだ。妥協ってもんに思い至らない。鋭いが、儚いんだよ。捨て身にさせないだけの何かが必要なんだ。


「ええところやで? めっちゃ田舎やけども」


 ケイジン。若い昂り方だ。迷いを晴らす何かがあったようだね。


「……あんたの郷里かい」

「表立っては旗幟を明らかにしておらんかったとこが、今となっちゃ最高やね」


 こいつも危ういね。器用気まぐれに見えて、不器用一途だ。献身に酔いやすい。その青臭さを誰かに利用されないといいんだが。


「先生も来てくれれば心強いのに」


 ゼキアには教えたいことがいくらもあるよ。この子の武才は確かなもんだ。でも純粋にすぎる。混じりっけなしの覚悟は、折れない代わりに曲がれもしない。


「……わたしは白家家中じゃないからね」

「残念だ。せめて敵にならないことを願う。先生の健勝も願う。是非長生きを」 


 守役の宿命がこの子の一生を決めちまってる。幸か不幸かは主君次第だ。


 いや、そういう意味ではイクサム坊もケイジンも同じか。どいつもこいつも忠烈の気概がある。自分の命を思い切っちまった顔でいるからね。


 結局、全ては一人の幼い娘っ子が左右するってわけかい。


「ウルスラ」


 ナインベル・ホワイトガルム……白家最後の姫か。こいつは異常だよ。


「……何だい。食い足りないなら、まだ幾らかはある。持ってきてやるよ」


 立ち居振る舞いはいとけないが、思考は違う。大人びてるなんてもんじゃない。つたない言葉の裏に妙な達観が潜んでるんだ。


「いっしょにいく。かわやも、いっておきたい」

「そうかい。ついてきな」


 ゼキアはこっちを一瞥したきりで荷まとめか。いい傾向だね。そいつを引き出したのはこの娘っ子なんだろうさ。


「……せんそう、とめられる?」


 二人きりになるなり問うてくるのが、それかい。


「無理だね。戦いは世の常だ。小さなやつと大きなやつがあって、今は三年前の大きなやつがまだ落ち着いちゃいない。だから小さなやつが引き起こされやすいよ。火種なんてもんは幾らでもくすぶってやがるからね」


 言ってて虚しい現実さ。そんな乱麻の世をどっしりと押さえつけるのが、禁軍の禁軍たる働きだったってのにねえ。


「じしんみたい」

「地震……? どうして、そう思うんだい」

「だいちは、みえないところで、ゆがんでいく。いつかそれが、はねる。ちいさいゆれは、おおきいゆれの、まえぶれ。おおきくゆれると、ちいさいゆれがつづく」


 何を、言ってるんだい。わたしは何を聞かされたんだい。


 とんでもない叡智が、何でもないことのように、明かされやしなかったかい。


「そうか……それなら、そなえが……さいがいはけん……」


 この娘っ子は、異常だ。異常の中の異常だよ。これが、一人で服を着られたら上等って歳の子ども? 何の冗談だい。


「あっちのかわや」


 千万の命を指図しそうな指が示す先は……奥の院だね、やっぱり。


「……話したいのかい」

「あいたい」


 気負いもなしか。一族の仇には違いない男へ会おうってのに。


 ガロ。雷国無双と畏怖された軍略の鬼才。あるいは異常同士の引き寄せ合いでもあるのかもしれないね……イクサム坊だって似たようなもんさ。


「ガキか……真っ当に生き直してるようだな」


 やれやれだね。この男が歓迎する風じゃないか。


「にどめだから」

「あ? どういう意味だ」

「いっても、わからない」

「チッ、そういうところがガキなんだ。思わせぶりとかよ」

「ガロ……もてそうもない。かおはいいけれど」

「あんだてめえ!?」


 ガキのじゃれ合いをする、片方が白家嫡流で、もう片方が雷国無双とはねえ。


「つぎ、いつあえるかわからない。げんきで」

「旗飾りになりにいくってか。楽にゃ死ねねえ生き方だぜ」

「……ガロは、らいこくむそう、なりたかった?」

「んなわけあるか。手段と目的をはき違えるやつは、無知か無恥だ」

「うん。まちがえない」


 もしも、だよ。もしもこの二人が力を合わせたら、どうなる?


 合力できるはずもない組み合わせは、解決できるはずもない何かを、どうにかしてしまうんじゃないか? 乱麻の世を断つ快刀になりやしないかい?


「……紅家に勝ちたきゃ、東北山奥に目を向けな」


 ガロが軍略を口にするだって!? この三年、一度もなかったことだよ!


「今の白家に足りねえもんは、全てそこにある。安かねえがな。そいつを得られるかどうか……得たとして扱えるか扱われるか……てめえ次第だろうよ」


 ガロの真っ黒い目には、この娘っ子がどう映ってるんだい。


 娘っ子は、こゆるぎもしない態度で、ガロの言葉をどう受け止めたんだい。


「わかった……ように、おもう。わかっていないかもしれない」

「て、てめえっ」

「ガロのこころは、つたわった。しんぱいを、ありがとう」


 笑って、満足したとばかりに帰っちまうんだから、まいったね。


 あれがナインベル・ホワイトガルム。馬鹿たちを率いるところの。


「ババアは、どうすんだ?」

「……どうもこうもないね」

「そうか……まあ、そうなんだけどな」


 わかるよ。この、何とも得体の知れない衝動……期待と不安がない交ぜになったやつを持て余しながら、わたしたちは見送るよりないのさ。


 また戦いが起こる。それだけは、わかってるんだからね。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ここでプロローグ終わりか。 やはり敵も味方も気になるキャラばかりだし、次は東北に進路を取って、味方集め地盤固めなのかな。 これが毎日読めるのは嬉しい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ