012 ウルスラ
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食わして寝かす。それだけで人生は戦いだってのに。
食うが寝ず、小屋を手狭にして荷造りに余念のない、この馬鹿者たちめが。
「雪森郷へ向かいます」
イクサム坊め。磨き抜いた白刃の気配をもはや隠しもしない。
「……ちと遠いね。北へ、太菩川をさかのぼった先だ」
「追われてはいません。東都を離れてからは宿場を順に巡っていくつもりです」
こういう男は厄介なんだ。妥協ってもんに思い至らない。鋭いが、儚いんだよ。捨て身にさせないだけの何かが必要なんだ。
「ええところやで? めっちゃ田舎やけども」
ケイジン。若い昂り方だ。迷いを晴らす何かがあったようだね。
「……あんたの郷里かい」
「表立っては旗幟を明らかにしておらんかったとこが、今となっちゃ最高やね」
こいつも危ういね。器用気まぐれに見えて、不器用一途だ。献身に酔いやすい。その青臭さを誰かに利用されないといいんだが。
「先生も来てくれれば心強いのに」
ゼキアには教えたいことがいくらもあるよ。この子の武才は確かなもんだ。でも純粋にすぎる。混じりっけなしの覚悟は、折れない代わりに曲がれもしない。
「……わたしは白家家中じゃないからね」
「残念だ。せめて敵にならないことを願う。先生の健勝も願う。是非長生きを」
守役の宿命がこの子の一生を決めちまってる。幸か不幸かは主君次第だ。
いや、そういう意味ではイクサム坊もケイジンも同じか。どいつもこいつも忠烈の気概がある。自分の命を思い切っちまった顔でいるからね。
結局、全ては一人の幼い娘っ子が左右するってわけかい。
「ウルスラ」
ナインベル・ホワイトガルム……白家最後の姫か。こいつは異常だよ。
「……何だい。食い足りないなら、まだ幾らかはある。持ってきてやるよ」
立ち居振る舞いはいとけないが、思考は違う。大人びてるなんてもんじゃない。つたない言葉の裏に妙な達観が潜んでるんだ。
「いっしょにいく。かわやも、いっておきたい」
「そうかい。ついてきな」
ゼキアはこっちを一瞥したきりで荷まとめか。いい傾向だね。そいつを引き出したのはこの娘っ子なんだろうさ。
「……せんそう、とめられる?」
二人きりになるなり問うてくるのが、それかい。
「無理だね。戦いは世の常だ。小さなやつと大きなやつがあって、今は三年前の大きなやつがまだ落ち着いちゃいない。だから小さなやつが引き起こされやすいよ。火種なんてもんは幾らでもくすぶってやがるからね」
言ってて虚しい現実さ。そんな乱麻の世をどっしりと押さえつけるのが、禁軍の禁軍たる働きだったってのにねえ。
「じしんみたい」
「地震……? どうして、そう思うんだい」
「だいちは、みえないところで、ゆがんでいく。いつかそれが、はねる。ちいさいゆれは、おおきいゆれの、まえぶれ。おおきくゆれると、ちいさいゆれがつづく」
何を、言ってるんだい。わたしは何を聞かされたんだい。
とんでもない叡智が、何でもないことのように、明かされやしなかったかい。
「そうか……それなら、そなえが……さいがいはけん……」
この娘っ子は、異常だ。異常の中の異常だよ。これが、一人で服を着られたら上等って歳の子ども? 何の冗談だい。
「あっちのかわや」
千万の命を指図しそうな指が示す先は……奥の院だね、やっぱり。
「……話したいのかい」
「あいたい」
気負いもなしか。一族の仇には違いない男へ会おうってのに。
ガロ。雷国無双と畏怖された軍略の鬼才。あるいは異常同士の引き寄せ合いでもあるのかもしれないね……イクサム坊だって似たようなもんさ。
「ガキか……真っ当に生き直してるようだな」
やれやれだね。この男が歓迎する風じゃないか。
「にどめだから」
「あ? どういう意味だ」
「いっても、わからない」
「チッ、そういうところがガキなんだ。思わせぶりとかよ」
「ガロ……もてそうもない。かおはいいけれど」
「あんだてめえ!?」
ガキのじゃれ合いをする、片方が白家嫡流で、もう片方が雷国無双とはねえ。
「つぎ、いつあえるかわからない。げんきで」
「旗飾りになりにいくってか。楽にゃ死ねねえ生き方だぜ」
「……ガロは、らいこくむそう、なりたかった?」
「んなわけあるか。手段と目的をはき違えるやつは、無知か無恥だ」
「うん。まちがえない」
もしも、だよ。もしもこの二人が力を合わせたら、どうなる?
合力できるはずもない組み合わせは、解決できるはずもない何かを、どうにかしてしまうんじゃないか? 乱麻の世を断つ快刀になりやしないかい?
「……紅家に勝ちたきゃ、東北山奥に目を向けな」
ガロが軍略を口にするだって!? この三年、一度もなかったことだよ!
「今の白家に足りねえもんは、全てそこにある。安かねえがな。そいつを得られるかどうか……得たとして扱えるか扱われるか……てめえ次第だろうよ」
ガロの真っ黒い目には、この娘っ子がどう映ってるんだい。
娘っ子は、こゆるぎもしない態度で、ガロの言葉をどう受け止めたんだい。
「わかった……ように、おもう。わかっていないかもしれない」
「て、てめえっ」
「ガロのこころは、つたわった。しんぱいを、ありがとう」
笑って、満足したとばかりに帰っちまうんだから、まいったね。
あれがナインベル・ホワイトガルム。馬鹿たちを率いるところの。
「ババアは、どうすんだ?」
「……どうもこうもないね」
「そうか……まあ、そうなんだけどな」
わかるよ。この、何とも得体の知れない衝動……期待と不安がない交ぜになったやつを持て余しながら、わたしたちは見送るよりないのさ。
また戦いが起こる。それだけは、わかってるんだからね。
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