011
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イクサムってば超強い。
「寄らば斬る。道を開けずとも斬る。死にたくなければ、去れ」
あたしを左手で抱えたまま、右手の剣一本でバッサバッサ倒していくよ。血とか全然飛び散らないなーと思って観察したら、通り過ぎた後にバシャっと出たし。
暴力とは違う、この強さは何? 冷静に、逃げ遅れた子どもを助けてくれる。
「この道を駆けていきなさい。落ち着いて、仲間の手を離さずに」
さっきの女の子も他の子も、連れて歩くんじゃなく、安全な所へ逃がしている。指示を出すイクサムのキリッとした横顔、やばいね。美形ヒーローは正義だね。
「姫様、怖くはありませんか?」
「へいき。イクサムがいる」
「信じていただける誉れ、ありがたく」
至近距離で微笑むし! あーもー! ステキッ!
「烈騎が来てくれたのやから、もう安心やね」
あ、ケイジン。隠れたところにいなくてごめんね。
「避難はどうなっている」
「粗方済みましたわ。あとは火い消してからやけど、連中が退かんことには……」
「すぐに退くことになる。水の手配を」
「え、そらまた何故……」
「騎馬隊が来る」
遠くから歓声。わあ、本当に騎兵隊が来た。しかも、おそろいの赤い鎧だから。
「鎮まれい! 我こそは、セシルキア・クリムゾンテルであるぞ!」
やっぱりあの女の人だ。歌劇の舞台から飛び出してきたみたいな、紅家の令嬢。
「紅巾を帯びて民を襲うなど言語道断! ましてや都の内でなぞ、万死に値する暴挙ぞ! 武器を捨て、集合し、我が指示に従うべし! 抗弁無用! 抵抗即斬! 次に許可なく口を開けば、覆面の下の面構え、胴体なしに晒してくれるわ!」
ふわあ、カッコイイ……ド派手でド迫力で、圧倒的。空気が一変しちゃったよ。
こんな風にも、戦いは終わるんだ。
暴力の気配は消し飛ばされて、赤い騎兵たちが日常をつくろっていく。危ないものがしまわれ、壊れたものが整えられて、夜が夜らしく落ち着いていく。
あたしも、うやうやしく降ろされてしまって、木箱に行儀よく座っている。
「姫、無事でよかった。イクサムも」
ゼキア、頬が少し擦りむけてない? 触るとわかるよ。火傷じゃん。
「ああ、燃えさしが落ちてきたのだ。子どもにはケガ一つさせなかったぞ」
「……ゼキア、えらい。ありがとう」
あんたもまだ十歳なのに、すごくて、何だかとっても誇らしいや。
「イクサムはよく戻れたな。あるいは二度と、とも考えていたのだが」
「統領府からも騒ぎは見えていました。紅家軍の動きも鑑みると東都に留まれる状況ではなくなりましたし、隙を見て抜け出すつもりだったのですが……」
チラッと見た先には、赤い鎧のセシルキアだ。馬から降りたところ初めて見た。
「真の名をイクサムと申したか……白家軍には若くして『閃』と異名呼びされた騎士がいたと聞く。その者の名が、確かイクサムなにがしであった気がするのう?」
へえ、さすがはイクサムだ。ビックリするくらい強いもんねえ……ていうか。
素性がバレた? 紅家の令嬢に? え、それって大丈夫なの?
「……既に草木虫鼠の贄と終わっておりましょう。主君も護れぬ未熟者など」
イクサム……あんた……何てやるせない声を出すのよ。
「……であるか。なればお主はただのイクサムよな。我が誘いにまるでなびかず、ニコリとも笑わず、それでいて我を魅了してやまぬ美しき男よ」
「お戯れを仰います」
「戯れで、お主の間合いの内に立てるものか」
あれ? これどういうやり取り? セシルキアは意味深にニヤリってするし、イクサムは薄っすらウインクみたいなことしているしさ。
「察するに、そこな女童がお主の仕える者か……白家嫡流の末姫が生きていたとするなら、あるいは彼女のような姿かもしれぬなあ」
イクサム、今度は片手をスッと伸ばしはじめた。あと顔がすっごく凛々しい。
「やめいやめい。なべて夜闇の底のことよ。あれもこれも幻じゃろ。もしも全てが真のことなれば、我、毒をあおらねばならん。決戦して天下の筆頭となっておきながら、民を安んじるどころか平和を焼くなど……慙愧に耐えん」
目が合った。透き通っていて綺麗だなあ。お日様の下でキラキラと輝いてほしい感じ。ゼキアと少し似ているかも。あたしとはだいぶ違うね。
あたしに似ているのは……一人はさっき死んじゃって、もう一人は座敷牢かな。
「時に、イクサムよ。お主らは旅立つのじゃろうな」
「はい。日が昇る前には発とうと……これから提案するところですが」
そうなの? ウルスラ婆ちゃんに挨拶してからなら、文句はないけれど。
「うむ。叔父上は何につけ武断的で、家門繁栄のためならば汚名や誹りをいとわぬ。今夜の凶行については断固抗議するが……どこかへ身を隠した方がよかろう」
どこかへ、か。今度はどこへ行くんだろう。そこでもたぴ汁作れるかな……ケイジンが妙に笑顔をアピールしてくる気がする。
ん? イクサムが剣を鞘ごと引き抜いて、飾りの紐もクルクルと巻きつけた。
「火急の事と拝借しました。布ぬぐいのみにて不調法でございますが」
「無用! それはお主にくれてやる」
「宝剣でございますれば、それは」
「よいのじゃ。それは夫婦一対の剣でな? 妻たる剣は、ほれ、我が帯びておる」
待て待て待て。何かいい感じの雰囲気に持っていこうとしていないか!
「いつか再び出会うた日には、それがどこであれ、剣に懸けて名乗り合おうぞ」
……そういう言い方は、ずるいや。
この人は紅家の令嬢で、あたしが白家の令嬢……戦争の勝者と敗者でもある。
今ではないいつかに、あたしたちは戦うことになるんだろうか。それとも、一緒に甘味でも楽しめるんだろうか。
あたしに決められたらいいのにな。何もかもをどうにかしちゃってさ。
「いつかまた、セシルキア」
「……うむ。まただ、ナインベル」
明日にはもう同じ鐘の音を聞くこともないけれど。
皆で夜を歩こう。出会ったり別れたりしながら、泣かずに、足を止めずに。
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