010
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「たぴ屋のガキか……文句なら聞かねーぞ。どうせ遅かれ早かれなんだ」
「紅家軍の手先に成り下がることがか!」
「強えやつが正しいってだけだろ」
「子どものために無理を押し通す男が、そんな不貞腐れを!」
「うるせえ! 俺は殺されたかねーし、ガキどもを食わすにも金が要るんだよ! それに、ここの連中には焼かれる理由もある……」
ジロリと見られた。へばりついてくるような不快な視線……何?
「……白家最後の子が、ここに隠れてるって話があるんだよ」
そ、それって。
「な? 天下のお尋ね者ってやつさ。生きてりゃ三歳らしいが、よっぽど目障りなんだろ。紅家のお姫様もそいつを探しに来たって聞いたぜ。皇都くんだりからわざわざ……今はたぴ屋の優男に夢中みてーだが―――」
紅家のお姫様って、あの赤い鎧のカッコイイ女の人のことだよね? あたしを探しにって……イケメンくん大丈夫なのかな……。
「―――この焼き討ちが上手くいけば、俺様も、関心を買えるかもしれねー」
は? 何を言い出した?
「別に、最後の子とやらを殺さなくてもいーんだ。ガキだしな。紅家のお姫様はお優しいから、どこぞの山で暮らさせるってさ……でよ? 大罪人でそれならよ? うちのガキどものことだって、よくしてくれるはずだろ? なー? そうだろ?」
笑っているけれど、泣いているようでもあって、グチャグチャの顔。
知っている。あの顔を、あたしはよく知っている。
「だってよお……あのお姫様、広場は法のもとにどーのこーのっつって口出してきてよー? もう誰もじょーのー金払わなくなっちまったし、兵隊がいて盗みもできねーし、だからっつって、どこも働かしてくんねーしよー」
あれは、壊れる寸前の顔だ。絶対にそう。
どうしようもなくなった人間の、死ぬ寸前の顔だ。
「ガキども、誰も、引き取ってくれねーし……もう、こうするしかねーんだよ」
あたしじゃないか。
睡眠不足で体調不良で人間不信で、仕事も空回りしちゃって、スマホを眺めたら明けていた朝に、鏡の中に見かけた女……そんなあたしと同じ顔をしている。
「なんだよ……なんでそんな目で俺を見るんだ? めーあんだろ? なー?」
でも、あいつはまだ戦っている。あの子たちのためにって、あがいているんだ。
「……そのガキんちょが、大罪人かもしんねえな? 三歳くらいだしよ?」
ドロリとした目があたしへ向けられた。ケイジンが後ずさりしても追ってくる。ゼキアが棒を構えた。訓練で使っていたやつだ。
「寄越せよ。どうせ誰が本物かなんて、わかりゃしねーんだ。言ったもん勝ちさ」
来る。手にはボロボロの剣。薄汚れた刃が、パッと光った。長屋が崩れて火柱が立ったんだ。いくつもの拳が突き上げられて、吠え声が重なった。
「あ? なんだよ、どこ行くんだ。ここに怪しいのがいるぞ……どうでもいい? なんでだよ、おい、どこに行くんだよ……次は広場だ? よせ。それだけはやめてくれって、おい……おい! 待て! ガキがたくさんいるだと!?」
聞くに堪えない歌声。獣の群れが、嬉しそうに怒って、楽しそうに進む。
「あそこにゃ白家の子なんていねーよ! どうでも……どうでもよかねーだろ! 金なら払ったろうが!! 広場の邪魔は、もう……はあ!? 広場を、広げる? なんの話だそりゃ……おいまさか、嘘だろ……焼き討ちって……嘘だろおっ!?」
ひどい顔で走り出した。仲間っぽい子たちも慌てて追いかけていった。彼らは間に合う? 間に合ったら、止められる?
「姫……どうする?」
ゼキア。への字口で、眉間にしわがくっきり。
「見るべきものは見たと、私は思う。これ以上は危険だとも」
「せやな……見聞きした感じ、これは姫様探しやない。地ならしってやつや。僧院へ軍を動かした事のついでに、東都を紅家の色に染め上げる気なんやで」
震える胸で息を吸う。ひどい臭い。あたしは今、どんな顔をしている?
「いこう。まだおわっていない。なにも」
バップ、きっとあたしはあんたを救えない。でもそばへ行くよ。あんたみたいなバカがどう死ぬかは実体験で知っている。見て見ぬふりなんてしたくない。
夜を行く。星も見えない。バカが後悔にさいなまれる時間帯だけれど。
ほら、あんたは戦っているね。必死に理不尽へぶつかっていって、叫んでいる。助けるよ。戦う力はなくたって、あんたの大切なものをひどいことにはさせない。
「ゼキア、ゆうどうを。こども、あんぜんなところへ」
「承知!」
「ケイジンも。わたしは、ここでかくれている」
「や、そうは言うても」
「いけ。わたしをひきょうものに、するな」
あちこちが燃え始めた。暴力が暮らしを壊していく。これが戦争。あたしはこの戦火から目を背けちゃいけない。目に焼き付けないなら、すぐにも死ぬべきだ。
紅の布を巻いた腕が、今、命を奪った。そこでもあそこでも、次々に奪う。
ああ、バップ。いっぱい刺された。倒れた。血が広がった。
見るんだ、あたし。涙なんて流すな。しっかりと目に……あ! 子どもが!
「やめろ!」
飛び出していた。だって、小っちゃい子だ。あたしと同じくらいの女の子。
「ひどいこと、するな! おとなが……おとなが、こどもをころすなあっ!!」
声をぶつけた。ビックリするくらいの大声が出た。それで止められた。女の子のところへ駆け寄って、力が、抜けた。息ができない。立ってもいられない。
あんただけでも逃げて、早く……そっちも腰が抜けちゃったかあ。
やっぱりバカだな、あたしは。
ゼキア、ケイジン、ごめんなさい。ガッカリさせちゃうね。でも後悔はしていないんだ。女の子を見捨てなかった自分を、あたし、ちょっぴり好きになれたから。
ただ、イケメンくんに再会できずじまいなのは、残念かも。
振りかぶられた刃物を見上げながら、三年前を思い出してみた。カッコ良かったよね。今晩は月が見つけられないけれど、でも、鋭く空気を裂く音は一緒……え?
悪いやつがドサリと倒れて、超絶カッコイイ王子様がスラリと立っていた。
この三年で伸びた髪がキラキラと輝いて……月光の微笑。
「イクサム、見参」
あたしを護ってくれる、夢みたいなイケメンの名前は、イクサム。
「あなただけの剣です、オレは。あなたの尊い意志を世に表わし続けましょう」
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