3話 お昼、一緒に食べよう?
図書館での勉強会は順調に行われ、初めての週末を迎えた。
昨日で部活も停止期間に入り、今日の勉強会は今までにない賑わいを見せていた。といっても小さな話し声が聞こえるくらいでうるさくはまったくなかった。
人数が増えるということは必然的に私に質問をしてくる人が増えるということ。
そんな予想はできてたから私自身の勉強は昨日までに終わらせて、当日軽い復習程度でなんとかなるくらいまでにインプットしておいた。
案の定今日は私の列が途切れることなく午前中が過ぎていった。
「ごめん、お昼休憩にしたいから今並んでる人で一旦終わりで!」
タイミングを見計らってマイクに話しかける。
多分並ぶのを迷ってた子たちだろう。ちょっと恨めしそうな目を列に並んでる人たちに向けてる。
……ギリギリ最後に並んだ子、なんかびくびく恐縮してるみたいだけど大丈夫かな?
「あと別に授業じゃないからお昼とか休憩は自由にとってもらっていいからね。息抜きも大事だよ。私、一時間くらいしてまた戻るからそうしたらまた来てね」
そう言ってあげると並べなかった人も安堵の表情を浮かべていた。
最後の子は……前の子に隠れて見えないや。後で大丈夫か聞いてみよう。
そこから十数分、空腹を訴えるお腹をなんとか宥めてテンポよく質問に答えていき、ついにさっきの子の番になった。
問題集の発展的な方程式の問題で躓いたらしく、珍しく私もちょっと考えさせられる計算だった。
「ありがとう、五行さん。おかげでスッキリしたよ」
「いえいえ。それにしても随分難しい問題集使ってるね?」
「うん、本当は教える側だったんだけどやっぱり自分の勉強もしたいから。でも先生役だったのに質問しに来るなんてちょっと恥ずかしいよね、ははは」
「……そんなことないよ。教える人もわからないことがあって当然だし、知らないまま放ったらかす人よりは何百倍も偉いよ」
「そ、そうかな……?」
明るい表情から一転、少し卑屈そうな笑みを浮かべた彼女。
私はその言葉がなんとなく聞いていられなくて反論してしまった。
まさか私がこういうことを言うとは思わなかったのだろう。目の前の彼女は目を大きく開いて見つめ返してきた。
「うん。だから恥ずかしがることなんてない。……もしまた分からないことがあったら聞きに来てね?」
「う、うん。そうするね」
きゅるるるる……。
ベストタイミングで彼女のお腹が鳴った。
ポッと真っ赤になると恥ずかしそうに軽く背を丸め、お腹を手で抑えて上目遣い気味に私を見てくる。
「き、聞こえた……?」
「少しだけ。もうお昼過ぎだもの、仕方ないよ。私もお腹ペコペコたし」
「うぅ……」
「あ、そうだ。よかったら一緒にお昼食べに行こうよ。カフェテリア?」
「ぇ、いいの……? わたしもカフェテリアだけど……」
「いこいこ! ちょっと聞きたいこともあったし。さ、問題集置いて行きましょ?」
嬉しさと困惑を混ぜたような表情をしている彼女の背中を軽く押して促すと、どこか緊張した様子で歩き始めた。
私と彼女はエレベーターを使ってカフェテリアへと向かう。
「そんな緊張することないのに……。齋藤美紅さんで合ってるよね?」
「う、うん。なんでわたしの名前を……?」
「ほら、何回か体育で同じチームになったでしょう? その時に」
「(うぅ、まさか椿姫ひめに覚えてもらえてるなんて……)」
ボソッと何か呟いてた気がしたけど……。
「うん?」
「な、なんでもない! なんでもない」
「そう? ならいいけど」
気のせいか。
「じゃあ美紅ちゃんでいい? 私のことも五行さんじゃなくて椿姫って呼んで?」
「え、いいの……?」
「もちろん! 折角お話するのに堅苦しいと嫌でしょ?」
「わかった、椿姫さん」
「まだちょっと堅いな〜」
「うぇっ!? え、えーっと……。つ、椿姫、ちゃん?」
「んー、よろしい」
エレベーターが停止し、ドアが開く。
カフェテリアにはいつもよりかは人が少ないようだった。
「土曜日なのに空いてるね」
「部活がなくて好きな時間に来れるからね〜。みんなお腹すいたときに食べに来てるのかもね」
「なるほど、確かにいつもみんな同じ時間に来るから……」
納得の表情を見せる美紅ちゃん。
私はいつも家か外で食べるから本当にそうかは見たことないので想像だけど、美紅ちゃんの様子を聞くと間違ってはいないみたい。
「土曜日も部活あるってことは運動部に入ってるの?」
「うん。ソフトテニス部なんだ」
「へぇ〜。確かにポニテだし、健康的なお肌の色してるよね」
「そんなことないよ! ごぎょ……じゃない、椿姫ちゃんの方が雪みたいに真っ白で羨ましいなぁ……」
彼女の手や首元から覗く肌は屋外で活動する部活らしく軽く焼けているようで羨ましい。
「私、真っ白すぎて逆に心配されるんだよ……。青白くて不健康そうって言われたこともあるし」
「ううん、そんなことない! わたしはすっごく綺麗だとおもう!」
「ありがとう」
そこまで言われるとちょっと照れちゃうかも。
「何食べよっか?」
「うーん、わたしは定食かな。椿姫ちゃんは?」
「そうだな〜、軽めにうどんかな」
それぞれ食券を買ってトレーを持って並び、料理が盛り付けられた器を受け取って窓際の空いている席に移動した。
「美紅ちゃんは試験の準備は順調?」
「んー、まあまあかな……。まだ全部の教科見れてないし。椿姫ちゃんは? また学年一位総なめ?」
「まだわからないよ。勉強会のこともあったからいつもより駆け足で進めちゃって不安かな」
「勉強会のために全部終わらせたの?」
「一応ね」
すごいなぁ……って呟かれて私は慌てて両手を左右に振る。
「そ、そんなに普段から勉強ばかりしてる訳じゃないよ? 私本当はそんなに勉強得意なわけじゃないし」
「そうなの?」
「昔はね、お姉ちゃんと比べられてばかりで不貞腐れちゃってさ、全然勉強してなかったんだ」
「お姉ちゃんって、姫奏先輩だよね……? わたし今年入学だから直接会ったことないけどみんな知ってるよね」
「そうそう。昔から完璧超人でさ、お父様お母様とお姉ちゃんは何も言わなかったけど先生とか周りの人がすっごくうるさかったの。お姉ちゃんなら、お姉ちゃんはってね」
「わたしはひとりっ子だけど、分かる気がする……」
そう呟いた彼女の表情は、あまり明るいものではなかった。
藍川海咲希さんの考案された『齋藤美紅』さん、やっと登場です。
キャラクターについてはこちらのnoteをご覧ください。
『齋藤美紅』(ページ中程)
https://note.com/tomitsukasa/n/n9bd6ff576bb2