第9話 Description - C
…五年以上前はよく行っていたエデンなら、今でもまあ何とか?
二年前に数回行ったっきりのビフレストは、三秒以内にショートテレポートを使いまくって逃げ回ること前提なら行けなくも無い…そんなことに何の意味があるのかといわれると困るが。
最近存在が明らかになったヒュペルボレイオスに至っては、うん。
どこをどうやっても自殺にしかならん。
「エデン…いや、ビフレストまでならまあ何とかなるかも知れん。だがヒュペルボレイオスは、無理」
そうはっきり伝えると、ゲフィが少し考え込み言った。
「…オ願イ。他ニ頼レル人、イナイ」
と言われてもなぁ…
これは色眼鏡を除外しての答えだから、お願いされてもできないもんはできん。
「酒場に行きゃ大手ギルドとかの手伝いを借りられるだろ。そのほうが良いと思うぜ」
そう促すと、ゲフィは哀しげに首を振った。
「大手ギルド、ダメ。ギルド戦ノ勧誘バカリデシタ」
「あー…」
それもそうか、俺は得心した。
そりゃあ大手ギルドからすれば、どこにも属していない新人を着込んだレア装備一式は手離したく無いわな。さぞや勧誘も激しかろうて。一昔前の俺だって、うちへ来てくれと懸命に頼み込んだろう。
「ナカデモ、”KoR”トイウトコロガヒドクテ…」
その名を聞いて俺は思いっきり顔をしかめる。
ギルド、『ナイツ・オブ・ラウンド』。
高潔な騎士たちによって発足したギルド――と謳っているが、発起人はあのルーク。
参加資格は宝珠を回して手に入れた高級装備一式で身を固めてあることが大前提。そうして持ち寄った神の武器の力で他のギルドを押し潰し回るのが三度の飯より大好きという、実に悪趣味な連中が集っている。大型任務でも素行の悪さは健在で、よそが討伐しているところへ斬りかかり、横取りするのもここの奴らが常連という、よそから見ればただのルール無用の悪党集団だ。
「ソコ、スゴクシツコイ。見カネテ酒場ノ主人、アナタ依頼スルカラト断ッタヨ」
そういうことかよ。
なんだよあのババア、自分で誘導してんじゃねーか。厄介ごとを押し付けやがって…
ただまあ、事情は分かった。これは確かに俺向けの仕事だ。
ここで見捨てたら、こいつはKoRに入るしか無くなる。個人での対応はもとより、他のギルドに入ったらそこごと粘着されるだろうことは火を見るより明らかだ。
余りの無法ぶりではあるが、国からすれば屈指の戦闘力を有していて手が出せず、教会としても良いお得意様なので誰もが手を出せないのである。
だが後もう一つ、確認しておきたい。
「他を頼らず行きたいのは判った…が、なんでよりにもよって目的地がそこなんだよ。他にもこの世界、色々あるだろが。先にそこいらから見て回っれば、俺にコーチされなくてもいずれ適正レベルに到達できるだろ」
「ソウカモネ」
そう言ってゲフィはどこか翳のある笑みを浮かべる。
「イズレハアチコチ冒険シタイネ。…デモ、多分無理。ダカラ、マズハ絶対行ッテミタイ所ニイク」
「絶対行きたい、ねぇ」
「イエス。自分ノ目デ、足デ。…行キタイネ」
その表情は真剣だった。
「ふぅん」
こいつのことはまださっぱりわからんが、どうしても行きたいという情熱だけは本物のように思えた。
「ダメ…カナ?」
しばらく腕組みして整理していた俺は、やがて考えを纏めると不安気に見つめてくるゲフィの正面に立ち、しっかり奴の目を見て答えた。
「まあ、そういうことならコーチの件を引き受けてやらんでもない」
こいつのような装備だけの奴は嫌いだが、KoRはもっと嫌いだしな。あいつらに一泡吹かせられておぜぜがもらえるなら上出来だ。
「ホント?!」
今にも飛び上がらんばかりに喜ぶゲフィだが、俺は手で制す。
「待った。まだ話は終わってない」
「ワット?」
ぬか喜びさせて悪いが、ここははっきりさせておかないとならない。
「言っておくが、俺の実力はそんな大したもんじゃねぇ。確かに技術だけはそれなりにある…と自負してるが、装備がそれはそれはもうしょぼい」
もう三世代ほど前の型落ち品ばっかりだからなあ…
「だから、お前の指定した先の三つをすぐ行けるようにするっつーのは、はっきり言って無理」
「ソンナ!」
がっくり落胆するゲフィに、俺はウインクしてまだ話は途中だと告げる。
「勘違いするな。今は、だ。つまり、ある程度時間を掛けて、お前、そして俺自身も強くならないとならねぇ。なんせ俺も前線から退いて久しいからな。だからまずは鍛える、それが最低条件だ。これが飲めるなら、契約してやろう。どうだ?」
さあ、これでどう答える?
もしここで、装備を貸すから連れて行けとか抜かすなら落第だ。俺は冒険屋であって乞食じゃねぇ。
ゲフィはしばらく考え込んでから、言った。
「…ドレクライ、時間カカリマスカ」
ほう。
それに対し俺はあらかじめの試算を答えた。
「そうだな…まず、エデンに向かうまでが三日。それからエデンを拠点にして一週間みっちり鍛える。ここでお互いがっつり底上げする。俺はレベルを5、お前は俺のレベルの半分まで上げるのが最低目標だ。それが終わればビフレストで何とか戦えるはずだから、今度はビフレストクラスで二週間鍛えるとして…お前の手持ち装備と相談になるだろうがおおむね一ヶ月。もちろん、これはミスなどが無く全部うまくいった前提での想定だから、場合によってはもっと伸びる――むしろ、その可能性が高い。だが、これより短くすることは無理だと断言しよう」
ゲフィは唇をきゅっと噛んだ。眉尻を寄せて考え込んでいるが、その間も俺はつづけた。
「それと報酬だが、一日に掛かる分の報酬はきちんと貰う。その上で倒したモンスターから剥ぎ取りした素材は折半だ。まあ、ビフレストから先で狩れればお前の提示した報酬の数十、数百倍はリターンが出るから損にはならんだろ。お前さんだって、金があるに越したことはあるまい? 以上、俺がこの仕事を請けるための条件だ…どうするね?」
報酬をきっちり提示したのは、そうしないと相場がわからないだろうと思ったからだ。こいつがものを知らない以上相場より多く貰うことは可能だろうが、それをすることは俺の名前に掛けてできない。
しばらく考え込んだ後、ゲフィは大きく頷いた。
「オーケー、ソレデオ願イシマス」
「納得すると?」
ゲフィはこくり、頷いて言った。
「アナタ、キチントワタシノレベル見テ、ソレカラ考エテクレマシタ。他ノ人、誰モソンナコトシテマセン。真剣ニ、考エテクレタ結果ダカラ納得シマス」
俺は肩をすくめた。
「…別に、お前だからってわけじゃねーよ」
単に他の連中にもそうやってきただけだ。
(…ま、それをこいつに言ってもしょうがねぇか)
俺は続けて言いかけた言葉を飲み込み、替わりに別の言葉を発した。
「んじゃ次だ。契約するにあたって、条件だ。俺の指示には必ず従ってもらう。それというのも、いずれもちょっとヘマこいたらお前どころか俺まで即死ぬ可能性が高い。その危険性をできる限り避けるためだ。これはお前の時間を無駄に使わないためでもある。…できるか?」
「イエス!」
ゲフィはしっかり、頷いた。
いいだろう。
「よし。それじゃあ、ひとまず一ヶ月契約ってことで良いな。その先は進捗状況などをみて改めて決める」
「ヨロシクデース!」
差し出した俺の手を、ゲフィが笑顔で握り返す。
…ま、所詮一ヶ月の付き合いと思えばいいか。
お互い納得できたところで、さっそく俺は最初の命令を下した。
「それじゃあゲフィ。装備全部脱いでくれ」
「…ハイ?」
次の瞬間、ビンタが飛んできた。