第8話 Description - B
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「つーか、改めて考えるとどういうつもりなんだかねいったい」
依頼を受け、待ち合わせ場所に向かっている間ようやく頭が冷えた俺はぶつぶつ呟きながら歩いていた。
ボディガードって話だけど、よくよく考えたらあのときの俺はか弱い少女だったのだ。そんな奴を雇うよりは、酒場で屈強な戦士でも紹介してもらえばいいじゃねーか。
いや待てよ? そういえば、話に聞いたことはある。
「まさか…ナンパ目的、かぁ?」
可愛い女の子に声を掛けてくる新人がまれによくいる…と。
俺は不幸にして…じゃなかった、幸いにしてそんな経験は無いが、こう見えて守護者が(無駄に手間掛けて)頬紅とか用意してくれたので、商人の見てくれは可愛い方だ――と思う。
…はっきりさせておくが、これは俺の趣味じゃない。
男でも女でもどっちでもいいが、せっかくなら自分でも引かない程度に整えておきたい、そう思ったから使っただけだ。守護者の意図が何であれ、他人と接するのは結局俺自身だからな。
ともあれ、そこに気付いた俺は商人で行くか迷った挙句…よく慣れた重剣士のままで行くことに決めた。
ナンパ目的ならこの格好で断れるはず。――まあ、そもそも野郎二人をあっさりぶっ飛ばしているのを目の当たりにしたんだから、そうそう血迷うこともなかろうて。
そんな益体もないことを心配しながら歩いているうち、指定の場所に辿り着いた俺は早速探し人を見つけた。
「やれやれ…気の早いこった」
探し人は、大きめの岩に腰掛けてぼんやりと傍のせせらぎを眺めている。両足をぶらぶらと所在無げに揺らしている様子は、その青年の見た目と裏腹にやけに幼い印象を俺に与えた。
「よう。久しぶりだな」
努めてのんきな声を掛ける。
男はこちらを振り向き、ちょっと驚いたような顔をした。
「アァ…エート、アナタ、ベガー?」
思わずつんのめりそうになる。
どこかあやふやな、たどたどしい喋り方ではあったが俺の名前だけはしっかり乞食と発音しやがった。
「ベ・イ・カー。俺のことはベイカーと呼んでくれ」
「ケド、名前ベガーッテ女将サンガ…」
「ベ・イ・カー。呼ばねえならこのまま帰る」
有無を言わせぬ口調で繰り返す。その圧に相手は折れた。
「…オーケー、ベイカー」
「そうだ、それでいい。人の名前呼ぶときはちゃんとしないとな。んで、ボディーガードだって?」
奴さんは慌てて首を振りながらノー、と答えた。
「じゃあ何だよ?」
「希望シタノハ、『コーチ』ネ」
「ふぅん?」
コーチ、ねぇ。
ここで俺ははじめてこの依頼に興味を持った。
が、まずは確認しておかないと。
「…どういうつもりかしらねーけどよ。荒事優先でこちらの格好でいさせてもらうが、かまわねぇだろうな」
もう一度、イエス。
ふむ、どうやらナンパ目的じゃないようだ。
嬉しいような、それでいて一抹の寂しさを覚えながら俺は先を促すことにした。
「よし、納得してくれて何よりだ。それで、えーと…」
「ゲフィオン。ワタシノコトハ、ゲフィト呼ンデクダサイ」
ゲフィがたどたどしく答える。やっぱりイントネーションが微妙に変なところから察するに、近郊出身じゃないようだ。
ま、その辺は今はどうでもいい。
互いに自己紹介を済ましたところで早速本題に切り込んでいく。
「ゲフィ、ね。分かった。んで、お前さんははどういうつもりでコーチを雇おうというんだ?」
俺としてはそこのところをしっかり聞いておきたい。
何せ全身高級装備の塊なんだ。今は装備に着られていても、ちょっと鍛えればすぐにどこにでも行けるようになるのは造作もないはず。
特に昨今は、弱いくせにやたら戦闘経験を積み易いモンスターがごろごろしている。何回か死にながらそいつらを狩りつづければある程度のレベルにすぐ到達するし、それまでに死んだところでデスペナルティはそうそう痛くは無い。装備だって転生するまでは落とさないしな。
わざわざ人を雇うなんてするほどのことじゃぁないのだ。
だが、そういうとゲフィは寂しそうに首を振った。
「時間、惜シイヨ」
出たよ。
俺は侮蔑の感情を強くした。
レベル一桁台で高級装備を持っている奴は、十中八九堪え性が無い――というのが俺の自説だ。
まあ、良い装備が欲しいという気持ちは判るし、誰もが求道者を目指すわけじゃないからさくさくレベルを上げたいので良い装備を使います、というのも理解できないわけじゃない。
だが…これまでに山ほど新人と接する機会があったが、そう言う手合いは俺の見てきた限り大抵ろくなことになっていない。
三分の一はレベル50にならないうちに停滞症を患っていた(興味深いことに、なぜか守護者からの最後の託宣が『アキタ』になるのはまずこのパターンが多い)。
残りのうち大多数は――こちらが大問題なのだが――、ある程度のレベルを超えた時点で、得た力と武具を頼りに暴虐の限りを尽くすようになる傾向が強い。
それが上位ダンジョンのモンスターやボス相手ならいざ知らず、ひどいのになると弱小ギルドや新人冒険屋を潰して回ったり、大型任務で良いとこ取りして掻っ攫っていったりするのだ。
そうやって得た金や宝珠でさらに力を増すし、何も知らない新人たちも負けじといいとこ取りをしようとしはじめた結果――誰もが相手の迷惑お構いなし、違法すれすれの行為を繰り返すようになった。
そのせいではじまった当初は和やかな交流の場だった大型任務は、今や誰もが敵ぞとぎすぎすしていて昔の面影はまったくなくなってしまった。
別に他人の生き様に口を差し挟めるほど偉い生き方をしたつもりはねぇが、しかしそういう連中のせいで人知れず消えていった無数の新人たちや、良心的な冒険屋たちを目の当たりにしてきた以上連中に好感を持てというのは難しいだろう。
そんな俺の気も知らず、ゲフィとやらは食い気味に言い募る。
「ワタシ、行キタイトコアル。ソノタメ、手伝イ欲シイ」
だが、これも仕事。俺は感情を表に出さないよう、努めて軽く問いただした。
どうせ仕事が終わればそれで縁が切れる。今さら一人、弱小ギルドクラッシャーが世に放たれたところで俺にはもう関係ない話だ。
「はぁ…つーても、場所によるだろ。例えばどんなとこよ」
しばらく頤に手をやって考え込んだゲフィ。
「マズ、『ビフレスト』。ソレカラ、『エデン』ト『ヒュペルボレイオス』、アトハエート…」
「はぁ?!」
幾つか飛び出た単語を聞いて俺は頭を抱えた。
「まてまてまて。どれもこれも、滅茶苦茶難易度高いダンジョンか、それを越えていかないといけないとこじゃねーか」
「ソウナノデスカ?」
ゲフィが首を傾げる。
おいおい、名前は知ってんのにどんなとこかしらねーのかよ…装備といい、なんかちぐはぐな奴っちゃなぁ。
「ソウナノデスヨ。つか、お前のレベル一桁だろ? 今から行くとなると半年くらい鍛えてからじゃねぇと…」
「ノー!」
ゲフィが叫んだ。
「ソレ、無理!」
「無理って言ってもなぁ…」
こっちの台詞だっての。
だが、ゲフィはそんな俺にずばりと切り込んできた。
「ベガーデモ行ケナイ? グマサンカラ、アナタガコノ辺リデ最高ノ【冒険屋】聞イタ。ダカラ…」
「ベイカーだ。うーん…俺なら、かぁ…」
そう言われたら、さすがにできませんとは即答しづらい。俺も男だから意地ってもんがあるのだ。
ひとまず、真剣に妥協点を検討してみよう。
俺はゲフィの傍にある岩に適当に腰を下ろすと自分の倉庫を開き、手持ちの装備、それに掛けられている保護の組み合わせ、おまけに保護の掛けなおしによる費用もろもろを込みで敵の分布と併せて考察してみることにした。