第7話 Description - A
「はぁ? もう必要ない、だぁ?」
早朝、人気の無い酒場に俺の怒りがこもった声が響く。
昨日引き受けた仕事のため、さっそく普段より更にはやく起きて来たってのにいきなりの門前払いときたもんだ。 そりゃ苛立つのもしょうがないことだろう。
「どういうこったババア、登録しなおせ!」
「あんたこそもう耄碌したのかい? さっき言っただろ。あの仕事は他の奴にやってもらってるって。今さら無理だね」
酒場の女主人のグマ――エルフだから見た目こそ小柄な少女のようだが、長い付き合いである俺は知っている。その実妙齢というには軽く見積もっても300年程オーバーした元美女――は眠そうな眼をこすりながらぶっきらぼうに吐き捨てる。
「おいてめぇ、どういうこったよ俺が受けた仕事を他人に斡旋するとか。そんな横紙破りな真似をするってんならこっちだって容赦しねぇぞ。そいつらを実力で排除したなら次はお前だ」
昨日あの後酒場で掲示板と睨めっこした挙句、比較的割の良い仕事として土の邪精霊狩りを選んだ。
首都を出て西へ結構進んだ先にある砂漠地帯に棲む土の邪精霊はかなり固い上に膂力が強いためそこそこ危険があるが、動きが鈍重なので炎の壁で隔離しながら焼き殺せば俺一人でも何とかなる。何より、落とす精霊石がそこそこ金になるので実績と小金を稼げるからと選んだのだ。
それを、むざむざ他の奴に回されるだなんて!
イライラを隠そうともしない俺に、グマが同じぐらいイライラしながら応じた。
「だーかーら! カタギも何も、あんたに対しての指名手配なんざ無いって言ってんだよ!」
「……は?」
思わず間抜けな声で返す俺。
「斡旋した仕事は、ブラックリスト登録者用の罰則用プログラム。おめーのような一般人はそもそも受ける権利も義務もねーの。OK?」
「…え? いやいやいや、待てよ。ちゃんと昨日は問題なく請けられただろ。てことは登録されてたってことじゃねーか。そもそも俺も警報はこの耳で聞いてたぞ」
無罪が確定した? だとしたら幾らなんでも早すぎる。
普段は早くても四五日は確認に時間を取られるもんなのに。
俺の反論に、グマはちょっと目を瞑る。が、すぐにけだるげに目を開くとああと得心したように頷いた。
「一応受けられたことからみても確かに殺人の通報はあったみたいだね。けど、昨日の夜遅く、助けてくれたって人からあんたはたまたま自分をカツアゲしようとした奴を排除しただけだと連絡がきてね」
「ああ…そういうことか」
「それにまあ、犯人は訓練所から盗みを働いて逃亡もしてたらしい。そうした余罪もあって、あんたはとっくに解放されてるって訳だ」
ようやく理解した俺に、グマはにやにや笑いながらお仕着せがましく言った。
「良かったじゃん、これもあたしが心配してやったおかげやね」
「はっ、抜かしやがれ。俺の日ごろの行いが良いからに決まってんだろう…にしても報告してくれたのかあいつ。酔狂なやっちゃな~」
事情を聞き、俺はようやく納得した。
確かに、事例としてはそういうことがまれにあることは知っていたからだ。
だが、実際にはそのようなことはまず起こりえない。
被害者なり、その事件を目撃した証人が事情を説明し、取り下げ手続きを行えば解除できることもある…のだが、その手続きが実に面倒くさいのだ。ほぼ丸一日は警吏からの現場検証やら尋問やらで潰されてしまう。
そのせいで、大抵の連中は助けてもらってもすぐにばっくれてしまう。というか俺がこれまでに助けてきた奴らはみんなそうしやがった。
そのせいでいらん罪を被りまくってきたわけだが…ああ、今思い出しても腹が立つ。
驚かされるのはこれで終わりではなかった。
「酔狂ついでに、そいつからお前宛の指名依頼が来ているぞ」
「はぁ? 依頼ィ?」
何でまた名指しで指定なんか…違和感があったが、つづく言葉で俺は納得した。
「ボディーガードだとさ」
「ああ…なぁるほど」
そりゃあレアアイテムに身を包んだひょろこい新人がうろちょろしてりゃ、昨日の手合いみたいなのは幾らでも湧くわな。
で俺はというと、ご覧の通り金には縁が無さそうな見た目だし、その割りにはそこそこ腕が立つ。強盗になるかもしれないという危険性も助けに入ったことから見てそこいらの奴よりは無さそう――そんな判断だろう。
「んで、どうするね? 受けるかい、受けないかい?」
いささかとんとん拍子で俺に都合の良い展開が起きすぎている気もするのがちょっと不安だが…
昨日のカツアゲ犯と組んで俺を嵌めるにしても、意趣返し以外のメリットは無いよな。何かの拍子に毒や麻痺喰らっても傷つけられることはないし。スリップダメージで削り殺されるのを待つより、回復するほうが断然早い。
実入りが悪くなければ受けるのもやぶさかではない…か。
「うーむ」
たださぁ、名前も言わず立ち去ったのに、金欲しさでホイホイ出て行くのってちょっとかっこ悪くない?
何より、金持ちのボンボンに永続的に従って行くのはルークとその取り巻きを思い出して嫌だ。
「うーむ…報酬と契約期間が幾らかによるかな」
そういうと待ってましたとばかりグマがにんまりとした。
「聞いて驚くなよ。これが、これで、こんくらいだ」
指定された額を聞いた俺は、一も二も無くその依頼に飛びついていた。