第6話 Introduction - F
守護者が降臨するまではまだ幾ばくかの時間がある。
普段なら家へ直帰したいところを足を伸ばし、俺は首都の中心へと向かうことにした。そこにはランドマークの噴水広場があり、北東の一角に面するようにして首都最大の酒場がある。
だが畜生、『午前が悪かったから午後こそは良くなるだろう』という俺のささやかな楽観は適わなかった。
「うわぁ…」
広場へつづく角を曲がったところで俺は思いっきり顔をしかめてしまう。
噴水広場の前には高台が設置されているのだが、その周囲にはちょっとした人だかりができていた。
「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」
注視の中、高台の上でそう大声で呼んでいるのは大神官だ。遠目からでもよく判る弛んだ面が、普段奢侈な生活に浸っていることをよく示している。
その前でにやけたアホ面をさらして立っているのは、ルークとかいうある意味良く見知った男だ。
それは他の野次馬も同様で、
「ちっ…まーたあいつかよ」
「いい加減使いこなせるようになれよ」
「他の奴ならともかくルークかよ、アホくさ。帰るか」
といった声がちらほら聞こえてくる。
当の睥睨しているルークはというと、それに怒るどころか楽しくてたまらないといった風情で周囲を笑みを深めている。
「偉大なる神ヴァール・フォーズルよ! 敬虔なるかの者は素晴らしき供物を用意いたしました。その功を認め、あなたの力を分け与えたまえ!!」
幾度と無く言いなれた口上を述べ終えた大神官が、ルークから人の頭ほどもある【宝珠】を受け取ると大きく捧げ持つ。
直後、眩い光を放った宝珠は頭上へと浮かび上がった。
かと思うと十の光球へと弾け、ゆっくり一つずつ順番にルークの元へと降りてゆく。掬い上げるようにした掌に触れた光の球は、様々な武器や防具、道具へとその姿を変えていった。
「吼竜剣ディノブランド! 氷杖アウラーエ! 音叉剣ゲイド・メギデイオン! 炎皇拳カグツチ! 聖凱盾ギルバレオ! 氷杖アウラーエ! 炎皇拳カグツチ!」
「…ちっ!」
呼び上げるにつれ、顔が目に見えて険しくなっていくルーク。それに反比例して、大神官の口調が焦りから早口になっていく。まったく、これじゃ神に仕えているんだかルークに仕えているんだか分かりゃしないな。
「おお…これは!」
しかし、幸い大神官はルークが最悪の機嫌になる事態は避けることができた。
最後の最後、一際大きな光の球が荘厳な雰囲気を称えた長剣になったのだ。
「至高剣ノーイ・ラーテム!!」
周囲がいっせいにどよめく。俺も思わず身を乗り出していた。
『至高剣ノーイ・ラーテム』。
これはこの世界で二番目に優れるとされる剣で、至高神ヴァール・フォーズルの佩剣の分霊だとも、彼の魂を削って生み出されるとも言われている。
二番目なのに至高とはこれ如何にとは思うが、能力はその伝説に相応しく、装備するだけであらゆるバッドステータスを跳ね除け、傷を癒し、弱いモンスターを寄せ付けない。剣の能力も優れたもので、一閃で古竜数体の首を跳ね飛ばしたという噂さえ聞く。おまけに自分の攻撃力を上回る相手と切り結んだときには、己が身を犠牲にして使用者を守るカウンター機能付きだ。
そんな飛び抜けた高性能装備なので、一本手に入れば俺が普段身につけている装備はダース単位が新品で買い揃えられる。まさに至高の逸品だ……本来なら。
そんな剣を手に入れたルークはしかし、ふんと鼻息一つ鳴らすと詰まらなさそうにウィンドウを開き、倉庫へ送ってしまった。
「またノーイ・ラーテムか。これで5本目だぞ。何が伝説なもんかね」
その独り言で、あちこちから唾を吐き捨てる音が聞こえた。もっとも身近なものは俺の鼻先からだ。
隠しきれていないにやにや笑いを俺は見逃していない。あいつは野次馬の反応が知りたいからわざわざでかい声で独り言を呟いたのだ。
そして、ルークを更に悦ばそうと取り巻きどもが周囲で騒ぎ出す。あわよくば覚えを良くしておこぼれを貰おうと狙っている連中だ。
「でもさすがっすね! 至高剣ノーイ・ラーテムを五本も持ってるなんて他にはいませんよ!」
「まったくですわ。三種の至宝の残り、至聖弓ジェールピュール、至極典シトルリデンもお持ちなのはルーク様しかおりませんわ!」
「他にも八極防具も揃えているんだからさすがっすわ!」
ルークはそれらの賞賛に対し、鷹揚に頷いている。
何れも、一つで一財産築けるほどの俺からすればまったく手の届かないところにある品だ。それを、あいつは一人で幾つも持っている。
だが、何よりかにより不愉快なのが、こいつはそれを使う気が一切無いということだ。
鑑定で見れば分かるが、こいつはレベル280ちょっと。ここ一年変わっていない…どころか、五年前から5レベルも上がっていない。
三種の至宝も八極防具も、強力すぎるが故に全うに使うにはレベル制限がある。確か八極は300、至宝は400だったか?
つまり、ルークの奴は使う気も強くなる気も無いのに、世界でも有数の武防具をただ死蔵するためだけに毎日貴重な宝珠を捧げていることになる。
我らが神ヴァール・フォーズルが捧げられる宝珠に応じて武器防具などを分け与えるのは、『やがて来る終末に神と魔の最終戦争が起こるが、それに備えて人々に強くなってもらいたい』という願いの顕れらしい。それがこの体たらくでは、神様もさぞやご立腹だろう。
「じゃあ、そうすると残る未入手は…」
その間、取り巻きたちと談笑していたルークが笑って頷いた。
「ああ。伝説の【神槍、『ゲイングニュル』】だけだ。それさえ揃えば、我がコレクションは完成する!」
神槍ゲイングニュル――俺も噂にだけは聞いたことがある。
今現在、誰一人として手に入れたことのない伝説の槍。
一度振るえば山を砕き、海を割る。
無数の龍を降らせる。
金運が上昇する。
恋人ができる。
成績(…何の?)も上がる。
などなど…正直実在するかどうかすら分からない、嘘臭い伝説には事欠かないシロモノだ。
まあ、実在しようがするまいが。
「…俺にゃ関係ねーな」
天上の話しすぎて俺程度がどうこうできる筋合いではない。俺はとっくに、神の武器なんてもんは自分の人生において決して交わることの無いものとして割り切っていた。
唯一仮に手に入る可能性があるなら、宝珠をヴァール・フォーズルに捧げることだけだ。
しかし、宝珠は二種類しか手に入れる方法は無い。
一つは、国が主催する討伐依頼などの大型任務での褒章。
ただ、これは手間隙がべらぼうに掛かるので毎日は到底不可能だし、何より小さくくすんでいるのを見て判る通り質が悪いのでノーイ・ラーテムどころか八極防具すらめったに出ない。
そしてもう一つ――それは、俺たち一人ひとりに憑いている守護神からの贈り物だ。
ただ、この加護だけはそれこそ守護者によって能力がピンからキリまで変わる。俺のなんてそりゃもうしけたもんで、一度足りとて贈って貰ったことは無い。
今となっちゃこういうのは人それぞれと割り切れるようになったが、神の武器が出始めた頃はどうして俺には加護が無いのだと恨んだもんだっけ。特に、頬紅が倉庫にぶち込まれていたときはこんなもんいらんから宝珠くれよとしばらく荒れた。
ともあれ、これ以上ここにこうしていても胸糞が悪くなるばっかりで何も良いことは無い。万が一、俺を敵視して止まないルークに見つかったら厄介なことになるのは火を見るより明らかだし。
俺は小さくため息を吐いて未だつづく広場の喧騒から眼を背けると、割の良い依頼を確認すべく酒場に向かったのだった。