第5話 Introduction - E
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「とほほ、余計なお節介焼いたせいでまーたお尋ね者になっちまった。ここ数年大人しくしてたってのになぁ…まーた一年ほど汚れ仕事しねぇとならんとか、やってらんねーわ…」
荷車を曳きながら捕縛に向かっただろう警吏に見つからないよう遠回りした結果、首都門前の草原に着いた頃には昼前になってしまっていた。
「やれやれ…スカートの中まで汗みずくになっちまったぜ…あっ」
今更になって気付いたが、考えてみれば商人のままでいる必要なんか無いじゃん。早速俺は重剣士の格好へ戻った。
「このベイカー様も動転してたってことかねぇ…お」
丘を越えたところで俺は、こちらに向けて笑顔で手を挙げて歩み寄る人影に気付いた。
「よぉ! …っとと、Ra_R5じゃねぇか」
いや、相手は歩み寄ってなどいなかった。
肩の高さまで挙げた手を下ろした俺は顔から笑みを消しすれ違う。
Ra_R5は、虚空の誰かに向けて笑いかけつづけていた――五日前からまったく同じままに。そして、これからも永遠にその誰かに向けて笑いかけ続けるのだ…恐らく、この世界が消滅するそのときまで。
「もう五日になるんだっけか、お前が【停滞者】になっちまったのは…気のいい奴だったんだがなぁ」
俺は足を止めることなくぽつり、もらしていた。
この世界において、肉体を破壊されることで訪れる“永遠の死”というものは存在しない。
仮に肉体が破壊され、生命活動が維持できなくなる死亡判定が出ても、蘇生魔法、あるいは蘇生薬を使えば人はたちどころに蘇る。そうでなくても、一定時間放置されるか自ら望めば拠点となる町の中心部へ転送され、蘇ることが幾らでも可能だ。デメリットもあるが装備を紛失したり、多少弱体化するくらいなもので過剰に恐れるほどのものではない――まあそれこそ死ぬほど痛い思いはするが。
が、その中にあって尚、唯一の回復不能な状態異常として認識されており、冒険屋全員から恐れられるものが一つだけある。
それが【停滞】だ。
これは原因不明の奇病で、健康そのものだったはずの冒険屋がある日を境に活動を止めてしまう。
日常をそこだけ切り取ったように、ぴたりと動きを止め…そして、そのまま。
一切の物理干渉も魔法も効かず、何ら手が打てないままやがてその身は木石の如く緩やかに苔むし、自然の一部となる。
冒険屋にのみ掛かるため原因は守護者を失ったためというのが現在の一般的な解釈だが、一方で直前まで接していたという者も稀にいる。十年前神の武器がこの世界に顕れてからというもの急激に増加しているという噂がまことしやかに流れており、また、ある者は停滞の間際に守護者から『ソツギョウ』だとか『シュウショク』、『アキタ』という託宣を受けた者もいるそうだが真相はなった当人にしかわからないのが実情だ。
問題は、未だに解決どころか、なんらの対策も採れていないにも関わらず、罹患者が増加の一途を辿っていることだ。
このせいで、一時期一般人から俺たち冒険屋は蛇蝎の如く忌み嫌われた。冒険の最中にどっかから拾ってきたと思われたからだ。
しばらくして一般人には一切罹患しないらしいことが判明したことで表向き落ち着きはみせているものの、未だ冒険屋に好感を抱く者は昔に比べ激減したままだ。
まあ、そうなったのには神の武器が出回るようになったことも大きいと俺は見ているけどな。神から強力な武器を与えられたことで偉ぶり、それまでお世話になった鍛冶屋などを見下すようになった冒険屋は枚挙に暇が無い。一方で神の武器に縁が無い俺は店屋の連中とはそこそこ上手くやっていると思う。
今いる冒険屋たちもまた、表にこそ出さないが、いつ自分たちも停滞するか心の底では怯えている者が大半だ。それもあって周囲で神の武器を得ようと狂奔する者が加速度的に増えてきているように思う。もしかしたら、いつ来るとも知れぬ停滞の不安を、神の武器に縋ることで紛らわせようとしているのだろうか。
さっきの若者も、自ら鍛えるよりも手っ取り早く不安を解消させるために紙の武器をかき集めたのかもしれないな。
「…ちっ、嫌なことを考えちまったな…」
そういえば結局水浴びも出来なかったし…まったく、余計な仏心を出したばっかりに踏んだり蹴ったりだ。
だが、落ち込む気分にさせられるのはまだ終わらない。
とぼとぼと城門をくぐる俺に門番が向けてきた冷たい視線が痛い。どうやらすでに俺が何したか、情報が伝わっているらしい。
彼には門だけを守るという重大な使命()があるから拘束しには来ないが…たった数時間前は談笑した間柄だってのに、まったく世間の風は冷たいもんである。
あの絡まれてたのが管理者に説明してくれれば解決するだろうが…終始ぼんやりしてやがったのを見るにそんな気の効いたことしてくれるなんて期待はできないだろうしなぁ。参るわホント。
ただ、相手が犯罪を犯していたことはすぐ判るだろうし、最小限の人死だから処置がそんなに重くはならないであろうことだけは救いか。連絡が行けば、門番もすぐに元通りに接してくれるだろう。
凶悪な場合正規店での売買まで制限されるが、露天商がそこかしこに溢れていた昔ならともかく、現在そんな羽目になったら到底生活が立ち行かない。
よし、気持を切り替えていこう。
むしろ朝っぱらから悪いことつづきなら、後は上がるだけじゃないか。
そうだ、午後。これからならいいことがあるはずだ。
ちょうど酒場も開く頃合だし、もしかしたら楽してがっぽり稼げる依頼が張り出されているかも知れない。