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第40話 Conclusion - C

「グマ婆さんたちの立ち位置は分かった。だが、俺に拘った理由がまだ見えないな」

「人を婆さん呼ばわりするくせにあんたもボケちまったのかい。さっき言ったろ、国直営の管轄下にあるって。その立場から、有能な人材をあたら腐らせるのは許されないのさ」

「ふうん?」


 さしづめ、KoRに対抗するために協力を取り付けようと考えたのは冒険屋ギルドのみではないということだろう。

 そしてそれは敵対ギルド、或いは俺のような個人も含まれる、と。


 俺なんぞにそれだけの価値があるかは甚だ疑問だが。


「買い被りすぎだろ」

「無駄な謙遜ほど嫌味なものは無いよ」


 横目で睨まれた。


「言っておくけど、あんたのことはすでに調べがついてるんだよ。ハーヴァマールはKoRに乗っ取られたことで影が薄くなっているけどね、あのギルドが他に齎した組織的な運用は実は国軍でもその域に達していないんだ。それを取り込んだ男が有能じゃなかったら何が有能になるってんだい。多分、宰相辺りが知ったら確保に動くだろうさ」

「…手間掛けてすまないな」

「まったくだよ」


 そうならないのは…俺の心情を酌んでグマが現場で握りつぶしてくれていたのだろう。こりゃまたどでかい借りができたようだ。


「あーあ、過去の栄光にすがって燻ってた腑抜けがようやく蘇ってくれたかと喜んでたのに…また振り出しに戻っちまって。大の男が情け無いったらありゃしない」

「けっ、このお節介ババァめ。そう思うんなら放っておいてくれりゃ良かったじゃないか」


 噛み付くように返すとグマは苦々しげに答えた。


「そうは行くもんかい。力ってのは、そこに責任がついてまわるもんだ。力を私欲のために振るう奴も、逆に誰のためにも振るわないのも迷惑でしかない。どっちもろくでなしさ」


 グマからすれば、所詮は俺もルークと同じ穴の狢ということなのだろう。


「…耳が痛いね」

「ふん」


 グマは鼻を鳴らすと無言で酒盃を傾ける。からん、氷の音が室内に響いた。


「事実、あんたが表舞台に戻ってからは他のギルドをはじめとした冒険屋の動きは活発になった。結果として、KoRナイツ・オブ・ラウンド一強の時代は終わりを告げ、各ギルドも力を蓄えるようになった。今も尚それだけの影響力を持ってんだよ、あんたは」


 俺の影響力としてみるのには納得いかないが、結果としてKoRの失脚によってそれまで力を失っていた国軍が冒険屋に対する制御を取り戻せたことには違いない。さぞやグマの雇い主も今の情勢には満足されていなさることだろう。


 それ以上話すことも無いと、俺たちは黙ってグラスを傾けあう。


「なあ」


 しばらく黙ってグラスを傾けていると、再びグマが問いかけるような視線を送ってきた。


「あんた、この子とは別にまだ恋人ってわけじゃないんだろ?」


 俺は黙って肩をすくめるに留めた。彼女の意図が読めなかったからだ。


「なら…いい加減終わりにしてやっちゃあどうだい」


 俺の敵意のこもった視線にもグマはひるまなかった。


「報われないと判っていることをつづけるのは馬鹿のすることさ。生産性の無いことをつづけるのは、あんたもそうだしその子にとっても無益なことだと思うけどね」

「案外冷たいんだな。長い間面倒を見てるからもう少し情が移っていると思ってた」


 一瞬、グマが柳眉を寄せる。俺が思っている以上に傷ついたようだ。

 しかし、すぐにいつもの飄々とした表情に戻って嘯いた。


「そりゃあ他人事だからね。多少馴れ合ったからと一々感情移入してりゃ、うちは商売上がったりになっちまうさ。冒険屋相手なら尚更ね」


 俺はちらりと頭を巡らし言った。


「その割にはきちんと掃除もしてくれているようだが?」

「それが仕事だからね。前金は貰ったんだ、相手が何であろうとどうなっていようとその分はきちんと対応する。それだけのこったよ」


 何がそれだけのこった、だよ。


 枕傍のナイトテーブルにはアマツにだけ咲くウメの枝が一枝、小さな陶磁の花瓶に生けてあった。

 思い入れが無ければわざわざそんなことはすまい。


 俺の視線の先に気づいたグマはぷいと顔を背けた。永井耳が心なしか赤い。


 ふと気づく。

 グマがこうしてただの一個人に便宜を図っているのは、直接ではないとはいえ巻き込んでしまったことによる償いのつもりもあるのかもしれないな。


 まったく不器用なことだ。


「あんたも…俺と同じだな」

「どこがさ」


 俺はグラスを呷り、残っていた酒を飲み干した。


「俺はこいつを鍛え上げてヒュペルボレイオスへ連れて行くと契約したんだ。それなのにゲイングニョルなんて報酬よこしやがって…おまけに突っ返すことも違約金として上納することもできねぇ。なら、最後まで付き合うしかねぇだじゃねえか、なぁ?」


 そういって、じっとグマを見つめる。


 やがて、グマが先に視線を反らせた。


「そうかい。…気持ちは変わらないってこったね」


 女将は大きく溜息を吐き、今回の説得を諦めてくれたようだった。

 ついでだ、安心させてやろう。


「それに、あんたは間違ってる。前のときとは違うぜ」

「何が違うんだい」


 俺は空の右手を差し伸ばし。


「掴んだものが違う」

 拳を握り締め、そう言った。


「ゲフィが攫われたとき、俺は選んだんだ。ゲイングニュルじゃなく、ゲフィをな。大抵の奴にとっちゃゲイングニュルは一生を掛けても得られない代物だ。なら、ゲフィを取り戻すにも、それ以上の手間隙を掛けないと世の中つりあいが取れないってもんさ。…だろ?」

「あんた…」


 俺のあまりに含蓄深い台詞に言葉も無いようだ。


「何だい、感動でもしたってか。ならその分多少色つけてくれても良いんだぜ」


 俺の顔を見つめたまま、グマは長々と息を吐いた。


「はぁ~~~…冗談、なんでわざわざそんなことしなきゃならんのさ。つくづく馬鹿な男だと呆れただけだよ」


 ええ…

 自分じゃ内心、結構イケてると思ったんだけど…その評価はちょっとショックだ。


「へいへい。ま、知ってたけどな」

「…けど、安心したよ。んな馬鹿言える位ならまだ平気だろ。頑張って稼いでくるんだね」


 そういって女将は部屋を出ようと立ち上がったが。


「次はいつだい?」

「明日だ。夜にライト・オブ・ラウンドの援軍要請が出ているからな」


 KoRナイツ・オブ・ラウンドの元メンバーのうち、ルークに反感を持っていた少数派や潰されて無理やり吸収合併させられた他ギルドの構成員たちが独立して作ったギルドだ。そいつらがKoR残存メンバーに占拠されている(首都のとは別の)拠点を奪うための手伝いをする契約を結んである。久しぶりの大仕事だ。


「食事は用意しておくから、せめて今日くらいゆっくり休んで英気を養っておきな」

「助かる」


 今度こそ部屋を後にした女将に礼を言うと、俺はゲフィの方を振り返った。


「はやく起きろよ。お前と共にギルドを再び立ち上げる日を待ってるんだからな」


 いまだ眠ったままの彼女の頬をそっと撫でてやる。と、髪の上に一片のウメの花びらが舞い降ちた。


「風で吹き飛ばされてきたのか?」


 それを取り、屑篭に入れがてら俺は窓を閉めようと立ち上がる。


 ふと、背後で布の擦れる音が聞こえた気がした。

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