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第4話 Introduction - D

「…あん?」

 渓流に近づいた俺は、思わず顔をしかめた。

 かすかにではあったが、普段めったに聞けない人の声が確かに聞こえたからだ。


 渓流はとても澄んでいて冷たい。そこでの静かなひと時が憩いの時間だったんだが…

 係わり合いになりたくない俺はきびすを返しかけた。


「いいじゃん、ちょっとくらい貸してよ~」

「俺ら、そういう普段見かけないレア憧れてるんだよ~。わかるっしょ、この気持ち」

 聞こえてきた声の大きさからしてそう遠くないようだ。

「ちっ…」

 俺はもう一度舌打ちするとそちらに向けて歩き出した。


「デモ…ワタシ、コレ貸スト他、武器無イヨ」

「へーきへーき。そのための臨時パーティーじゃん?」

「そうそう。それに大丈夫大丈夫、すぐ返すからさ~」

 到着してみると、せせらぎの(ほとり)に三人の男が立っていた。弱々しい雰囲気をたたえた金髪碧眼の青年に、その左右には柄の悪そうな剣士と魔法使い。


「<<鑑定>>」


 俺は見つからない距離で彼らを目に留めると、早速鑑定スキルを使った。

 これは元々は商人専用のドロップアイテムを鑑定するのに使うが、それ以外にも他人に使うことで簡単な強さを測ることが出来る。

 まずは真ん中から…と意識を集中させた。


「真ん中のはレベル1か。だが…おーおー、すっげえなぁ。【神の武器】の移動博覧会でもしてるつもりかよ。なるほどありゃいい鴨だわ」

 俺は思わずこめかみを押さえた。

 頭には『聖者の帽子』『クロノグラス』『トレファス』。

 防具は『鬼神の鎧』『天魔の兜』『魔王の具足』『堕天の小手』フルセット。

 武器は『磁双剣マグネティウム』。

 何れも最上位とは言わないまでもなかなかに強力なレアアイテムばかりで、一つで俺の一年分の生活費が賄える。宝の持ち腐れという言葉が二足歩行してるようなもんだ。

 Lv1じゃ何れも使用制限付きまくりで、到底まともに戦えないだろうに……。

 おまけに、重剣士と魔法使い、双剣士…と適正がてんでんバラバラでまったく揃っていない。

 とことん守護者に甘やかされたのだろうなと思うと反吐が出る。


「んで、後の二人は…レベルたったの15か。ゴミめ」

 どいつもこいつも…

 その間にも、ゴミのゴミによる自己(ゴミ)アピールがつづいていた。

「ほらー、はやく貸してダンジョン行こうぜー」

「そうそう、俺らが使ったほうがその装備も喜ぶって」

「俺レベル30もあるから、ばりばり倒せる分そっちも経験値が入るんだぜ。そのほうがお得だろ、な?」

 残念、レベル15でも全部装備制限が掛かってるので変わりません。

 恐らくしょぼい装備としょぼいレベルから見て元々は手っ取り早く寄生するつもりだったのが、相手が完全に素人と判ってアイテムを毟り取る方針に変えたのだろう。


「ああもう…」

 俺は太い息を吐いた。

 俺は他人と関わるのは嫌いだが、他人を食い物にする手合いはもっと嫌いだ。


「おい」

「うわっ?!」

 出し抜けに声を掛けられた連中がこちらを向く。

「…なんだよ、商人かよ…しかもガキの」

「びっくりさせんな、管理者かと思ったぜ」

 レベル15のゴミどもが一旦は慌てたものの、声を掛けたのが(俺が言うのもなんだが)可愛らしい少女だったことに安心して胸を撫で下ろしたようだ。


「んで、何のようだよ。こちとら臨時パーティーの準備で忙しいんだけど」

「何が臨時パーティーだ。カツアゲするならモンスター相手にしてろや」

 俺がわざと荒い口調でそういうと、剣を使うゴミが目を吊り上げた。最初は丁寧口調で油断を誘うことも考えたが、こいつらが百人いたとしてもそんな小細工必要ない。

「あぁ? なんだと?」

 と、魔法を使うゴミがちょっと考えなるほどともらした。

「ははーん。なんだよあんた、仲間に入れてくれってことか。そういうことなら回りくどい真似しねぇでよ、はっきり言えよ」

「あ?」

 こいつ、何言ってんだ?

 意表外な反応に、思わず間抜けた声をあげてしまった。が、剣を使うゴミはこれで理解できたのだろう。

「ああそういうことね。まーちゃん(商人)は今や絶滅寸前。ろくな装備ももってねーみたいだし」

「まあ、今アクティブで動いてる中でも俺ら強い方だからそう考えるのもしゃーねーな。だから乱暴な口調で優位をとろうとしたんだろ」

「…はぁ」

 俺は呆れ果てて大きなため息を吐いた。


 初歩スキルの鑑定すら使えない癖に何をボケたことを。幾ら安物を装備しているからとはいえ、何が悲しゅうて俺がレベル百分の一以下のお前らに寄生せにゃならんのだ。

 俺のことを知らんのは良いが、こういうパターンも面倒だな。やっぱ余計なことに首を突っ込むんじゃなかった。


「よし、そんじゃ後で一緒に固定パーティー組むべ、ベッドの中まで…」

「寝言は寝て言え。俺がそこの鴨と五十どころか五歩十歩程度しかないお前らヒヨコと組んで何の得がある」

 もうまともに会話するのも面倒になった俺はさっさと本題に入ることにした。

「全盛期に比べたら鈍りに鈍った身ではあるが、お前らのような寄生虫と組むぐらいなら一人で行くわボケ。判ったらこんなとこで他人様の経験値吸おうとしてないで、さっさとおうちへ帰ってママのおっぱいでも吸ってろや」

 ゴミ二人がぴたりと口を噤む。


 そして、季節の広葉樹のように顔色を黄色、赤へと鮮やかに変えた。

「んだと…いい度胸だ、商人風情が!」

「おい、せっかくだ。こいつもぶちのめして有り金巻き上げようぜ」

「それもそうだな。よし、やるか!」

 魔法を使うゴミの提案に剣を使うゴミが同意し、剣を抜き放つ。同時に、たらたらと魔法使いが詠唱をはじめた。


 その間、鴨はおろおろするだけ。

 他二人もバカならこいつもバカだな。この間に逃げればいいだろうに。


「…いや、バカというなら俺もか」

「へっ、今更後悔してもおせぇぜ!」

 真のレベル30戦士相手ならもう5回ほど切り殺されているだけの間を置いて放った魔法を、俺はみじろぎもせず受け止める。

「おら、これで終わりだ!」

 派手な爆風の見た目を縫い、ゴミが剣を振るった。それを、俺は斧を持つ手首のスナップだけでぺちんと叩き落とした。

「ほう、何が終わりだって?」

「…えっ?!」

 驚いている隙に俺は懐にもぐりこむと、荷車を横殴りに振り回す。傍からは剣を軽く振るくらいの速度に見えたろうが、中には先日買い置きした水薬が100本はじめ種々雑多な荷物が所狭しと放り込まれている。ぼきごきめしゃあっという骨がこっぱみじんになる音と共に、剣を使うゴミは宙を軽やかにぶっ飛んでいった。

「なん、え?! 商人、え?!」

「呆けてる暇があるか、次はお前だ」

 魔法を使うゴミ、そしてぶん回したカートの車輪の向きと俺とが同一線上に並んだのを見計らい、全力で突進する!

「おげっ」

 どずんっ、という小気味いい衝突音を立てて魔法を使うゴミが渓流へとぶっ飛んだ。くるくるくるくるくるくるくる~っと七回転半したところで、顔面から川面へ突き刺さった。うむ、新記録だな。

「そこで頭を冷やすんだな…って、死亡判定出てるじゃねーか」

 俺が呟くと同時に、魔法を使っていたバカの体が一瞬ざざ…と歪んでから消えた。

「ああもう、どんだけもろいんだよ…つか久しぶりだったから加減間違えた」

 嘆いている俺の背後で、剣を使うバカの喚き声が聞こえた。

「ああっ! は、はもチン! て、てめぇ、よくもやりやがったな! もう絶対ゆるさねえ、お前のことは必ず殺す!」

 はもチンって、魔法を使っていたバカの名前か。名は体をあらわすじゃねーが、奴さんの守護者様はなんともセンスが無いようだ。

 …いや、名前のセンスは俺のも他人のことを言えた義理じゃねーな。名前を弄るのは止めよう、その口撃は俺に効く。


 まあいい、今は一応戦闘中。すぐに思考を切り替え、俺は振り向く。

 この間に剣を使うバカは回復ポーションを浴びたようで、きらきらした光をまとっているところだ。

「おいおい、逃げないのかよ」

 逃げてくれよ、手加減も案外難しいんだからさ。面倒くさいなぁもう。

「当たり前だろうが! 商人ごときに尻尾巻いて負けられるかよ!」

 威勢の良いことを言いながら剣を構えると、同時にシャキーン!と鋭い、しかしどこから出てるのか判らない音が周囲に鳴り響いた。

「…はぁ」

 負けられるかよ、といってやったことが<<オートカウンター>>かーい…。


 呆れた俺はバカの横をとことこと回り込み、そのまま蹴りを技発動中で動けないどてっぱらに入れてやった。商人の場合、無手の格闘が一番火力が弱い。

「げほぁ!? な、なんで…」

 どうと横倒しになったバカに何度も蹴りを入れてやりながら、俺は解説する。

「なんでも糞もあるか。剣を使ってのオートカウンターは発動後前方160度までにしか判定ねーし、発動後はしばらく硬直で動けない。だから低レベルでも覚えられる」

「なっ…お、お前? だって…」

 商人だろ、そう言いたいのだろう。

「そう、普通の商人ならしらねーだろうな。けど俺は()()()()()()()何度も転生してるの」


 転生とは、レベルを100に上げることで各職業に設けられた次の階梯へ進めるシステムのことだ。

 要するに、レベル100なんぞはとっくの昔に越えている。しかも、全部の職業で複数回転生済み。


 蹴りつけつづけながらそう説明してやったところで、剣バカは顔面を蒼白にした。ようやく自分と相手の力量の差を理解したらしい。

「んでもう三つ説明してやると。ここ、俺のお気に入り。俺、カツアゲ嫌い。だからお前凹る。オーケー? …ありゃ」


 返事は返ってこなかった。

 代わりにこいつも歪んで消えた。


「でぇえええ?! おいおいおいおい、もうかよ?! 戦士だろ、もうちょっと粘れっての!」

 絶対に許さないとかほざいていたので念入りに心を折っておこうと思ったのが間違いだったらしい。

 呆れる俺をよそに、問答無用で両手のうちにバカ連中の使っていた武器が握りこまれる。相手を倒したことで、使っていた武器が自動的にこちらに渡ったのだ。


 この世界では、冒険屋は一定の条件の下で他の冒険屋や一般市民を襲撃して装備や金を奪うこともできる。だが一度でも強盗した奴は永続的に、相手に返り討ちにあうと逆に奪われるようになってしまう。

 つまり、こいつらは過去にも他の冒険屋を倒して装備を奪っていたというわけだ。


 ま、奪っちまったもんは今さら嘆いたところで仕方ない。売って財布の足しにでもするかと鑑定したが。

「…おいおい、数打ちどころか練習用の剣と杖じゃん。訓練所のパクってんじゃねぇかこいつら」

 最後に触れたのが余りに遠い昔なもんで意匠とかすっかり忘れてたが、確かにこれ最初に渡された刃引きの剣だ。

 こんなもん棒切れよりマシって程度でしかない。

 せめてそこいらのモンスターを狩って武器を拾うなり、素材売って数打ち買うくらいしろよ…。

 呆れ果てて脱力する俺をよそに、不意にどこからかヴィー、ヴィーという姦しい警戒音が鳴り響いた。

「げっ…」

 それを聞いた俺はさぁっと顔を青ざめさせる。

 

 おいおい、まだ時効になってねーのがあったのかよ!


 この音は、所謂人殺しが行われたことを周知させる警報音だ。すぐにここへ犯罪者――この場合俺のことだ――を捕らえようと衛兵がやってくるだろう。

 少し駆け出したところで俺は振り返り怒鳴った。相手はこの期に及んでも未だに呆然と事の成り行きを見守っていた鴨君だ。

「おい、そこのお前! 衛兵がやってくるぞ! 俺は逃げる、面倒ごとが嫌ならお前もチンタラしてねーで逃げろ!」

「ア…」

 鴨が何か言いかけたがそんなものを悠長に聞いている暇など無い。

 俺は奪った剣をその場に放り出し荷車をしっかり掴むと、今度こそ一切振り向くことなく全速力でその場から駆け去った。

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