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第39話 Conclusion - B


……………………

………………

…………


 トントンと扉を叩く音で俺は我に返った。


「入るよ」


 返事を待つことなく、グマが入ってくる。そして床にある荷物を見て呆れたように嘆息した。


「店はもういいのか?」

「ああ、あんたが着たから早仕舞いにしたよ。そんな気分になれないし」

「良いご身分だな」

「おかげさんでね」


 憎まれ口を叩きながらグマはテーブルの上に酒瓶とグラスを二つ置くと、対面に座るよう顎をしゃくって促してきたので大人しく従った。

 とくとくとく…琥珀色の液体がコップに注がれる。

 片方を受け取り、互いのコップを軽くぶつけた後、俺たちは酒を煽った。

 久しく忘れていた、胃の腑を焼く感覚が心地よい。


「まだ約束の一年まで時間はあるけどさ、あんたもいい加減自分の体を労わった方がいいんじゃないかい」


 グマにしちゃ珍しく、友人として忠告してくれている。

 彼女の痛々しげな視線は、俺の額から左頬に掛けて走る真新しい刀創に向いていた。

 だが傷はそれだけでない。

 一年前に比べると俺の身体には、無数の傷があちこちについている。


 それというのも今、俺は傭兵としてあちこちのギルドを渡り歩いていた。


 以前のようにちまちまモンスターを狩りして回るより、その方が圧倒的に実入りが良かったからだ。


 それほど金が必要な理由――


 ゲフィは、宿屋に『保管』してもらっていた。


 停滞者は一切動かない上硬直しているため放置しておくと埃が積もるし、倒れたりするともろにダメージを受ける。場合によっては部位欠損することもあるため、屋内においておく必要があるのだ。


 ちなみに当初は俺の家に置くことも考えたが、グマにその考えをしこたま怒られた。

 あのあばら家では雨露の被害を完全に防げないし、何よりゲフィが誘拐騒動のせいで元ゲイングニュルの所有者であることは世間に知れ渡ってしまっている。ゲイングニュルは俺預りになっているが、それを知らない奴もまだまだ沢山いる。そいつらが彼女の身柄を確保して脅迫…という可能性は十分に考えられることだ。

 はっきり言って、指摘されるまで防犯などまったく考えていなかった――何せずっと乞食呼ばわりされていたもんだから、そんなところにわざわざ盗みに入ろうなんて奇矯な奴はいないと思い込んでいたのだ――のでこういう措置と相成った訳だ。


 一応、宿屋で預かってもらう代金はゲフィ本人からすでに出ている。

 しかし、黙って彼女の快復を待つつもりは無い。

 何か、俺でもできることが無いか――考えた末に、俺は神の恩寵というアイテムに目をつけた。


 神の恩寵とは、ギルドメンバー全員の“死亡を含む全状態異常・体力・精神力をすべて即時回復させる”アイテムだ。

 だが、そんな便利な代物の需要が少ないわけが無い。

 入手方法は一定以上の格を持つギルドのマスターが、週一回所有する施設内で神よりランダムで与えられるのみ。

 そのため、大抵はそのギルドが自分たちの施設を防衛する際の切り札として保管されるためにほとんど市場には出回らないし、出たとしてもべらぼうな高値がつくことがほとんどだ。俺が以前調べた限りではノーイ・ラーテムと同額だったが、ゲイングニュルの存在が明らかになった今ではさらに値上がりしているだろう。

 

 それを手に入れるため、俺はしゃかりきになって働いていたのである。


 本当はゲイングニュルを売っぱらうのが一番手っ取り早くて確実なんだが、困ったことにそれが出来そうに無い。

 オークションへ出すため価格査定してもらおうとグマに預けたときに発覚したのだが、しばらくするといつの間にか勝手に俺の倉庫に戻っていやがった。

 ゲフィと共有扱いになっているからなのか…或いはひょっとしてバッドステータスが付いていないだけで、こいつ実は呪いのアイテムなのかもしれない。今のところ厄介ごとしか持ち込んでないし。

 …尚、それに気づいたグマと組んで、何度も売っては荒稼ぎするというアイディアもちょろっと脳裏に浮かんだが…ごめんゲフィ、流石にそこまで俺たちクズになれなかったよ…。


「あえて言わせて貰うが、きちんと弔うのがあんたにもあの娘にとっても良いと思うけどねぇ。停滞者が復帰したなんて事例はほとんど存在しないんだからさ」

「…………」


 んなこたぁ俺が一番よく知ってるよ。その言葉を、俺は酒と共に飲み干した。


 停滞してから一月くらいは、すぐ出来そうな対処法を調べまわった。停滞から復帰したといわれる者も可能な限り探し出し、縋る思いで話を聞いた。

 結果は…他人が能動的に打てる手は一切無い、ということを改めて確認したに終わった。


 暗黙の了解ではっきり口にこそしないが、正直に言えば神の恩寵を使ったとしても効果があるなんてお互い毛ほども信じちゃいない。

 だって、もしそれで快復した奴がいたならそういう話が出回っていないとおかしい。ギルドを所有している奴が誘い水に使えば、幾らでも身内に停滞症患者を抱えた有能な冒険屋を確保することができるからだ。


 やはり、運を天に任せるしかないのだろう。

 そうとわかっちゃいるが、それでも、何もせずにただ待つなんて出来ないから動いているに過ぎない。

 人は、理屈だけでなく感情と合わせて動く生き物なのだ。


 気まずい沈黙を破りたかったのか、蒸留酒のお替りを俺のグラスに注ぎながらグマがぼやいた。


「…やれやれ。あんたとこの子を引き合わせたのは失敗だったかねぇ」

「やっぱりそこから仕組んでやがったか、この腹黒ババア。道理で変だと思ったぜ」

「当たり前だろ、あたしを誰だと思ってんだよ」


 育成するなら、俺のような隠居なんかよりも現場で動いてる現役の奴の方が良いに決まっている。

 自分の立場を改めて省みた俺は苦笑しながら酒を呷った。


「だが、何故そこまで俺のことを気に掛けるよ。冒険屋個人には不干渉、それがあんたら酒場(冒険屋ギルド)の不文律じゃなかったのかい。さては年甲斐も無く俺に惚れたとか?」


 間髪入れず、馬鹿抜かせというお叱りを頂いた。


「あたしは酒場の主人以前に、国直営の管轄下にあるからさね」


 …ん?


「どういうことだ? 矛盾してないか」

「してないよ。…まあいい、ここからは独り言だよ。年を取ると酒に弱くなっていけないねぇ」


 言いながら結構度数の高い酒を大きく煽ったグマがぷはぁっ、と息を吐き出すと、ゆっくり語りだした。


「この国においてギルドシステムが発足した当時、国王の不意な病死により年若い皇子が継承した。そのため、古参の貴族からの支持が得られなくてねぇ…彼らの所有していた戦力が当てにできなくなったことで周辺国からの侵攻を危惧した国王は、苦肉の策を出したのさ」


 それが、国内に多く点在する遺跡を求めて諸国から集まってきた冒険屋を彼ら自身で束ねさせ、組織した集団を一時的に国軍扱いとすること。いわばハリボテの軍を見せつけることで国庫に負担無く国を守らせるつもりであったのだ。

 間諜が少し調べれば国とはなんら関係無いとすぐ露呈する策とも呼べない策ではあるが、国王はそうやって稼いだ時間で優秀なギルドを取り込み、為し崩しに軍扱いへ昇格することまでを想定していた。

 この一見子供だましとも見えた目論見は幸い当たり、ハーヴァマールが台頭していた頃までは事実各ギルドの立ち位置を懸念して他国からの侵略行為は無かった。

 そのための予算を捻出し、また国王派閥の貴族に周知するまで国は進めていた。後は各ギルドが国の代表として相応しいか見極め、認めた相手と交渉して軍属契約を結ぶだけ。


「だがねえ…国王一派の思惑が思わぬ所で狂いだしたのさ」


 その元凶が、神の武器。


 従来の、人の手により生み出された武器とは比べ物にならない強力無比な性能。

 そして、何よりそれを得る手段が基本的に守護者から渡される宝珠のみという極めて強い神秘性。

 この二点から、所持者が国民、そして底辺貴族の多数より崇められるようになってしまったのである。


「当初は国王はじめ大半が『それでも素人集団に何ができる』とたかを括っていたんだが…これが大失敗だったんだよ」

「そうなのか?」

「ああ。ハーヴァマールを乗っ取ることで急激に台頭したKoRが神の武器の所有率の高さでも有名になったろ? そのせいで、世論には神に愛されたギルドが国を代表するんだっていうイメージが根付いてしまったのさ」

「あぁ…そういう…」


 世間には、旧ギルマス()新ギルマス(ルーク)の確執など伝わりようも無い。新しいギルマスが神の武器をぽこじゃか手にしているという華々しい情報だけしか伝わらなかったら、持ち上げるのもむべなるかなである。


「その上利権の匂いを素早く嗅ぎ取った教会も協力していてねぇ。さしたる議論をする間もないまま、【戦闘経験を積めず弱兵ぞろいとなっていた正規軍に代わりKoRが国の防衛を一身に担うという形】を取り付けちまったのさ」

「…王は若過ぎてその辺見誤ったってことか」


 剣でもそうだが、新兵のうちは自分じゃ大きく踏み込んだつもりでも全然踏み込みが足りていないことがよくある。逆も然り。この見極めばかりは場数を踏むしか無い。


「ま、そういうこと。教会も、大抵表向きだけはよくても内心は如何に上手く利権を貪るかに長けてる連中ばかりだ。そんな古狸相手じゃ、正直分が悪いとしかいいようが無いさね」


 そうした紆余曲折の末、正式な抑止力の場に納まったことでさらに国内外への影響力を想定以上に強めた形になったKoRは、当然国王一派からすれば非常に目障りな存在である。


「国王としちゃあ当然の話だが、完全に自分に与していない勢力をこれ以上のさばらせたくないからね。本音としちゃどうにかして権力をそぎ落としたい…が、KoRに直接手を出すのはまずい」

「他国へ逃げられる危険もあるからな」


 俺だったらそうするだろう。その考えを述べると、グマも深く頷いた。


「だから表面上は好き勝手を許しながら、水面下で何とかしようと考えた訳だ。まあ幸いといっちゃあ何だが、KoRの構成員は大半が名声に惹かれて寄っただけのロクデナシばかりだったからね。その被害を抑えるという名目で、国は冒険屋ギルドと協力する(を取り込む)ことに成功したんだよ」

「それが“酒場”か」


 グマはもう一度頭を縦に揺らした。道理で弱腰に見える対応が続いてたわけだ。


「だからあたしらは一応国営機関でもある。その仕事の一環として各ギルドの動向には普段から注目していてね。国の運営に関わるようなことや、冒険屋全体の存在を揺るがすような出来事には秘密裏に動ける裁量が与えられてるのさ」

「なるほどね…納得したよ」


 思い返せば、ゲフィが攫われた情報一つとっても仕事を斡旋するだけの酒場ができる範疇を逸脱していたからな。

 幾ら神の槍を所持していたといっても、一冒険屋の動向を夜中に把握しているとか普通にはありえない。

 しかし、KoRを監視していたというならさもありなん。


「酒を飲んだら忘れとくんだよ。さもなけりゃあたしごと消されるからね」

「おお怖。そういうことならしこたま飲ませてもらうぜ」


 お替りを注ぎながら、俺は次の質問へ移った。

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