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第38話 Conclusion - A

「邪魔すんぞ」


 厨房にいるグマに声を掛ける。肉の焼ける匂いが漂ってきて俺はごくりと喉を鳴らした。


「あいよ。いつもの部屋に行くんだろ」

「まぁな」


 背を向けたまま尋ねるグマへ手短に返し、階段を二段飛ばしで昇る。


「よう、今日もかこの寝ぼすけ」


 以前と同じ部屋に、ゲフィは寝かされていた。


 声を掛けながら部屋に入ると買ってきた荷物を下ろし、窓を開けてやる。

 春の風がふわりとゲフィの前髪を揺らした。


 目を閉じたまま寝床に横たわっている姿は、こうしてみると本当にぐっすり寝たままのように見える。今にもひょっこり起き上がってきそうだ。


「いい加減御起きねぇと、契約金一生掛けても払いきれなくなっちまうぞ」


 だが、今日もゲフィからの返事は無い。

 俺は深く嘆息した。


「…そろそろいい加減、お前の声がどんなだったか忘れちまいそうだぜ」


 もうじきで一年が経つが、ゲフィは依然動きを失ったままだ。

 俺は寝台の傍の椅子に腰掛けながら、あの日のことを思い出していた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「グマ! グマ! 助けてくれ! 頼む!!」


 動転していた俺はゲフィを抱えたまま、他に頼れる伝も無く真っ先に酒場へ転がり込んだ。


「おやまぁ、何とも珍しいもんが見れたねぇ。まあいい、とりあえず嬢ちゃんの部屋へ連れてお行き」

「あ、ああ」


 稼ぎ時に血相を変えて飛び込んできた迷惑な客にも関わらず、グマはてきぱきゲフィを彼女の部屋へ安置させた後俺を下に連れて行った。


 彼女を詳しく調べるというので、俺はそのまままんじりともせず奥まった空き部屋で待機する。

 明け方近くになってようやく、最後の酔客を追い出し人気の無くなった店内に呼び戻された。


「ほれ、これはサービスだよ」


 度の強い酒を渡されたが、俺は傾ける気にならない。


「…なんかあんだろ、話が」


 そもそも酒場は基本、冒険屋のプライベートには関わらない。

 それがわざわざ無料の酒を出してまで話すということは、何かあるのだろうか。


「まあね。話しながらだが、あたしは()らせてもらうよ」


 そういうとグマは喉を鳴らして美味そうに酒を飲む。

 唇を湿らせたグマから聞かされた話は俺を驚かせた。


「あいつ、金を…」

「迷惑料兼葬式代って名目だけどね。あんたが来るほんのちょっと前に渡されたのさ」


 恐らく、ゲフィは覚悟していたのだろう――次がまともに言葉を交わせる最後だと。


「本来ならそういうのは受けないんだけどさ。だから条件として高めに吹っかけたんだが、それでもあっさり支払いやがった」


 そう言った額は、確かに個人の葬式の代金としてはありえないくらいべらぼうに高かった。


「幾らなんでもぼりすぎだろがババア。なんでそんなもん受け取りやがった。あんたはもう少しまともだと思ってたんだがな」


 こいつは確かに善人じゃないが、かといって無知な奴に付け込むなんてあくどい真似をするような女じゃなかったはずだ。

 さらに貶そうとした俺だが。


「あんたに言伝を頼まれたからさね」


 その言葉に、つづく罵声を飲み込んだ。


「…俺に、言伝だぁ?」

「ああ。あたしのような酒場の主人は中立な立場にいなくちゃならない。だから特定の冒険屋には肩入れしないことになっている――そう言ったんだが、あの子はどうしてもと言ってね。しょうがない、なら吹っかければ良いかと思って適当な金額を言ったら…」

「素直に払った、と」


 彼女は肩をすくめた。

 確かに、普通ならそこでひるんだことだろう…が、相手が悪い。

 あいつの場合、そういう駆け引きは通用すまい。俺は済んでのところで苦笑を飲み込んだ。


「さすがに躊躇無く差し出されてからブラフです、と言う訳にもいかないからね。だから…」


 受け取らざるを得なかった、と。俺は深く溜息を吐いた。


「事情はわかった。言い過ぎたことは謝る。んで、言伝って何だよ?」

「ああ。あの子から、あんた宛に倉庫のパスワードを預かっている。停滞症で完全に動かなくなる日が着たら、教えてやってくれ…ってね」


 そういって、胸元から折りたたんだメモを投げてよこした。そこにはいくつかの文字が羅列している。


 ゲフィ専用の貸金庫の番号とパスワードだろう。


「確かに渡したよ。ついでだ、今見るかい?」

「…ああ、頼む」


 そういって俺は再び彼女にメモを返した。


「ん。…ほれ」


 グラスを置いてメモを受け取った女主人はさっと手を振ると、俺たちと違う色のウインドウ画面を開く。そこを慣れた手つきでとん、ととん…と叩くと、ぽぉんという場違いに可愛らしい音が酒場内に静かに響いた。


「ほれ、空いたぞ。この中の物は今からあんたのものになる。好きにしな」


 そう言ってさっと手を俺に向けて振ってよこすと、ウインドウがすう…とすべるようにして眼前に移動してきた。


「…これか?」


 貸金庫の中には、いくつかの武器や道具、防具が順不同に無造作に羅列されている。

 そこから適当な物を取ろうと一旦手を伸ばしかけた俺は。


「…ん?」


 ふと違和感を覚え、手を引っ込めた。そして、サイドバーを動かし画面を下にスクロールさせていく。


[ベルファイア]

[イヴィルメイル]

[カラドリウス]

[アキナケス]

      ……, etc.


 上から道具、鎧、薬、短剣…と並んでいる。


 だが、そこからさらに下に行くにつれ、数枡開けてから今度は

[委員長のぐるぐる眼鏡]

[親父の腹巻・ステテコ]

[カイゼル髭]

[ギュルファギニング十周年記念盾]

[至高のハリセン]

[ひな鳥の巣]

[ヒヨッコサンダル]


 …と並んでいた。こちらはきちんと五十音順で、しかもその下にも幾つか段階を分けてこれまでに渡した装備や道具類がきちんと整頓されて保管されている。


「…どういうこった?」


 再びスクロールを上へ戻してみる。今度はちゃんと全部を確認してみた。


[ベルファイア]

[イヴィルメイル]

[カラドリウス]

[アキナケス]

[アキナケス]

[輪天刃(りんてんじん)]

[ガイアナックル]

[トライアームズ]


 …やっぱり、順不同だ。

 この並び方、何か意味が…数順見返して、俺ははっとした。


 ゲフィが買っていたのは、これらだったのだ。


「あの…馬鹿。口に出して言えっての」


 かろうじてそれだけを口にした俺は酒を呷った。

 …くそっ、久しぶりの酒は目に染みる。


「ばぁか、そうできる自信が無かったからだろ」

「んなこたぁ判ってるよ…判ってるとも」

「サービスだ。今日くらいはゆっくり飲んできな」


 それきりしばらくの間、二つのグラスを傾ける際になる氷の音だけが部屋に響いていた。


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


 そうやって小一時間ほどが経ち。


「ああ、あと、さすがに貰いすぎたからね。葬式費用を別としてもあと一年は置いておけるよ」

「…ああ」


 何度目か知れない酒を注ぎ足しながらようやく女主人はのんびり口を開いた。

 この婆さん、普通の奴なら一口飲んだらぶっ倒れるほど強い酒を茶みたいにすいすい飲みやがる。以前同じ事を大柄の男がやったら三口で気絶したんだが…。


「どうせあんたのことだ、()()するんだろ?」


 筋の通らん金を受け取れないというのは、雇用を預かる酒場の主としての矜持からといったところだろうか。


「…判ってて聞くのか」


 まだ少し鼻に掛かったような声だったが、グマはそれについては無視してくれた。そういう気遣いができるのはさすがの年の功というところだな。


「当たり前だろ。一年ありゃ人族の心は大抵踏ん切りがつくもんだが、あんたは飛びきり意固地だったからね。前も言ったが、口で言わなきゃなんも伝わりゃしないっての。金だけじゃなく言葉まで惜しむつもりかい。そんなんだから乞食って言われるんだよ」


 …年寄りの説教かよ。

 まあいい、俺はまた一口酒を呷り答えた。


「わーったよ。そうしてもらえると助かる。だから、頼む。…これでいいんだろ」


 女主人は満足げにうなずいた。


「あいよ。ただ、さっきも言ったけど一年があたし個人に融通できる最大限だ。そこから先はどうするかは酷な話だがあんたが決めな」


 今度は俺がうなずく。


 ここは宿屋であり、誰にも肩入れ(でき)ない女将の店。

 知己の伝手で占有するにも限度がある。


 彼女は暗に言っているのだ。


 ――一年過ぎても尚、復帰できなかった場合の覚悟を決めておけ――と。

 言われるまでも無い。この時点で俺の方もどうするか、すでに腹を括っていた。

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