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第37話 Denouement - D

……………………

………………

…………


「落ち着いたか?」


 市場を抜け、町の外れに来た俺たちは水路の傍の石段に並んで腰を下ろした。ひんやり冷えた水に手巾を浸し、固く絞ってからゲフィに投げてやる。


「とりあえずそれで顔でも拭け、な?」


 言われたとおりおとなしく顔を拭いている間、この後につづける言葉を慎重に選んだ俺は、ゲフィがようやく顔を上げたところで切り出した。


「あー…落ち着いたところをすまんのだが。さっきの、すまんがもう一度言ってくれないか?」


 途端、ゲフィの目つきが剣呑なものになる。

 慌てて俺は補足した。


「い、言っておくが、別に聞いてなかったというわけじゃないぞ?! …ただ、お前さんがどういう心積もりで言ったのか、改めてきちんと聞かせて欲しいんだ」

「ドユコト?」


 ゲフィが小首をかしげる。まあ、そりゃあそうだよな…俺は咳払いをして説明した。


「…恥ずかしい話だがよ。俺、この年になってもその…色恋沙汰とかにはとんと縁がなくてよ。『好き』という言葉がどういう意味で使われた言葉なのか、いまいちわからねぇんだ。だから…」

「ベガー、ギルドメンバーとは…」

「だからそういう相手はいなかったんだってば。創設時のメンバーは家族みたいなもんだったし、その後から入ってきた連中は手の掛かる子供みたいな印象だったからな」


 嘘は言っていない…が、全てを話す必要もないだろう。


 実際にはいいな、と思う相手は一応いた。


 女騎士。

 俺と共闘しているとき、一度致命打を貰いかけたときに身を挺してくれたことで背中を預けあい、共に最後まで残った一回り年上のサブマスター。


 優れた冒険屋としての豪放磊落さと、女性としての繊細さを持ち合わせた、素敵な人だった。


 …だが、何くれと無く面倒を見ているうち俺が告白する前に彼女は他の団員とくっついてしまい、そのままギルドを抜けてしまった。彼女が抜けたときはちょうど停滞者がぽつぽつ出はじめた頃で、穴を埋めるため新しく入った団員たちを鍛えるのに手一杯でろくすっぽ感傷に浸る暇も無かった。

 風の噂では、二人とも停滞症になったと聞いている。


 また、下手に名前が売れたことで俺に取り入ろうとしてきた女も一人や二人じゃなく、そんな手合いに痛い目に合わされかけたことも何度かあり…気づけばギルメン相手にそういう関係を意識することは無くなっていたのだ。


「ソッカ…ソッカァ」


 ゲフィはというとなんだかニヨニヨしている。愉しそうなことで何よりです。


 まあいい、ここで俺は一つ息を吐いた。


 …すごい緊張する。


「で、だ。恥を忍んでストレートに聞く。お前の好き、って言葉は…友達として、か?」

「モチロン異性として、ダヨ」

「ええ…」


 こいつあっさりと答えやがったぞ。

 俺の不安とか覚悟とか、馬鹿みたいじゃねぇか…


「…デ、ベガーハ?」

「んぇ、俺?」


 不意に話を振られた俺はつい頓狂な返事をしてしまった。


「ゲフィ、自分の気持ちハッキリ伝えたヨ。なら、ベガーも返事する、当タリ前ネ」


 ごもっとも。

 気を取り直し、俺は改めて再び白眼視してくるゲフィへ向き直る。


「ありていのままに伝えるぞ」

「…ウン」


 こほん、と一つ咳払いして俺ははっきり言った。


「俺も好きだ! …と思う」


 一瞬嬉しそうな顔をしたゲフィだが、すぐにつんのめりそうになった。


「何ソレ!」

「…さっきも言ったろ、俺は色恋沙汰にはとんと疎いんだって。んでそりゃ、自分についてもなんだよ。だから、俺の好きって気持ちが、お前のと同じ方向を向いているかまだ自分でもよく判らん。ただ…」

「タダ?」

「…これからも、ずっと…一緒にいたい、とは思ってる」


 ゲフィの顔がほころんだ。


「ナラ一緒だヨ!」

「そうなのか? 微妙に違うように思うが…」


 俺としては異性とかというよりは…当人相手に随分失礼な話だとは思うが、そう、多分滅茶苦茶手の掛かる妹、あるいはペットが近いようにも思う。


 そう伝えたらゲフィはしばし腕組みをして考えた後で、

「今はソレでも良いヨ」

 あっけらかんと答えたものだ。


「おいおい、俺が言うのも何だが、それでいいのかよお前」

「だって、ベガーまだヨク判らないんでショ?」

「…まあ、な」

「なら仕方ないネ。何しろ急な話ダシ、まだ整理もツカナイとゲフィ思う。ソレニ…」

「それに、何だよ?」


 ゲフィは腕組みしたままふんぞり返った。


「他の人よりゲフィ有利。ベガー良い男ダケド、ライバルいないノハラッキーダヨ。好カレテルなら、後はジャンプアップしてくダケネ」


 …あれ、ひょっとして俺が思うより意外にしたたかなんじゃないかこいつ?


「お、おう…まあ俺が良い男かどうかはわかんねぇけど。そうありたいとは思ってるけどな」

「ソウいうトコロが好キなのヨ」


 今度こそ、ゲフィは満面の笑みを浮かべた。


「やれやれ…お前にゃ適わんね」

「ベガーに鍛エラレタからネ」


 互いにぷっと吹き出し、俺たちはたまに通る通行人の視線を無視してしばし笑い転げた。


「ヘイ、ベガー」


 ひとしきり笑った後、再びゲフィが真剣な表情で切り出した。


「オ願い、あるデス」

「何だよ改まって」

「手付け、クダサイ」

「なんじゃそら」


 またぞろ何か妙なことを言い出したなコイツ…


「酒場の主、言ってマシタ。大きな契約する時は簡単に裏切られないヨウ、何か貴重な物を預ケルのが決まりト」


 言われて思い出したが、確かに冒険屋を雇うときは悪質な依頼を避けるため、幾ばくかの金なりそこそこの貴重なアイテムなりを預ける規則がある。

 そのことを言ってるのだろう…が、今回の場合コーチ契約更新の手付けって意味じゃ無いよな、多分。


「…具体的には?」

「そうネ…キス、でドウ?」


 そういって上目遣いに見上げてくる。

 く、そんな顔されたら断りづれぇじゃねぇか。


「や、妥当なとこだと思うぜ」


 やや早口になってしまったが、それでも人生の先輩として情けない姿は見せたくない。なけなしの矜持で余裕ぶって答えられた…はず。


 ゲフィはくすりと笑うと、俺に向き直ると目を瞑り、顎を少し上げた。


 こうしてみると、こいつ整った顔をしているのがわかる。


 年甲斐も無く、鼓動が速くなった。


「ン…」


 緊張に手を震わせながら、俺はゲフィの顔にそっと手を伸ばす。

 そして、ゆっくり唇を重ねていく。彼女のやわらかい唇から、ほの暖かい感触が伝わってきた。


「…ゲフィ?」


 そのせいで、俺は直ぐに異変に気づいた。

 慌てて顔を離すが、ゲフィは目を閉じたまま動かない。


「嘘だろ……」


 震える手で、彼女の口元へ手を伸ばす――わずかな間に、彼女の唇は傍の石段のように冷たくなっていた。

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