第34話 Denouement - A
「邪魔すんぞ」
「あいよ。いつもの部屋に行くんだろ」
「まぁな」
俺は酒場の主人に断りを入れると二階に上がり、すぐそこの個室の扉を開いた。この店は一階が冒険屋の仕事斡旋場兼酒場だが、二階は宿屋として使われており、自宅を持てるほどではないがそこそこの小金持ちがたまの贅沢で泊まることが多い。
「よう、元気か」
「Wao、来テくれたんだネ、ベガー」
ゲフィはベッドの上で起き上がっていたようだ。
「そりゃ将来のギルド員なんだから見舞いに来るだろ」
むすっとして答えると、ゲフィは嬉しそうに目を細める。
「アハ…なら、一層頑張らないとネ」
そう答えたが、
「無茶すんな。いつまた症状がぶり返すかわかんねぇんだろ」
そういうと、ゲフィはこくりとうなずいた。
ゲフィを救出してから数日が経っていた。
幸いあの後、しばらくしてからゲフィは吹き返した。
最初は停滞症にかかっていることをどう伝えるか苦心したが、逆にあっさり知っていたと返され面食らったものだ。
彼女いわく、はじめてのことではなく、前々からちょくちょく起きていたことなのだそうで。
とはいえ、ひょっとしたらタイシャクとの戦いによる傷も影響を及ぼしているかも知れない…そう判断した俺は彼女の寝床へ連れて行こうとしたが、ゲフィは家を持っていないと言う。
確かに家を持たない奴はそれなりにいる。
だが、それは低レベルの冒険屋であることがほとんどだ。
家は倉庫に入りきれない品物を別途保管したり、料理を作成できる。のみならず、屋内でじっとしていることで体力や魔力を高効率で回復できるため、ある程度金が溜まったら早めに買いたい必需品の一つだ。
そのため、装備を揃え終えたら真っ先に買う物の一つとされることが多い。
そういう点で、これまでのペア狩りで最大の障壁である金銭問題をあっさりクリアしているはずのゲフィが持っていない訳が無い…俺はすっかりそう思い込んでいたのである。
つくづく思い込みというのは恐ろしいもんだ。
さて、寝床が無いのはわかったがそれを知った今はいそうですかと放り出すわけにもいかない。そこで酒場の主人に頼み、この部屋を仮住まいにさせた。
当初はそこまで迷惑を掛けるのはと遠慮していたゲフィだが、「将来のギルメンを放り出すわけにはいかん」と無理やり住まわせることに成功した。
そのときのびっくりしたゲフィの顔は特筆ものだった。
「そうイエバあのギルド、ドウなったノ?」
りんごを剥いてやっている俺をじっと見ていたゲフィが、ふと思い出したように尋ねた。
「ああ…ギルド自体はまず、取り潰しが確定しそうだ」
なんせ、革命を起こそうとしていた反体制派貴族が同じタイミングで検挙されたんだとか。
それにより、KoRとズブズブの関係を持っていた証拠が流れたのだという。KoRも、そのネームバリューをもってクーデターの正当性を裏付ける役割を担う予定だったため、ギルドマスターであるルークはじめ幹部連中は厳罰に処されることになる。
「また、それ以外も軒並み痛い目を見たらしい。どっかの誰かが引き起こしたモンスターテロのせいで装備も施設もぼろぼろ、幹部じゃない構成員も大半がレベルドレインされていたり状態異常を喰らわされまくってて当分は動けないだろうな」
巻き込まれた連中は気の毒な気もするが、まあそれだけのことをしてきたとも言える。
そう思っていたのは俺だけじゃなかったようで――
「しかも他のギルドモ来てたッテ?」
「おう」
俺たちが、KoRの陣営ど真ん中から無事脱出できたのはそのおかげだ。
ルークを倒した後ほぼ時をおかず、酒場の依頼を受けて「誘拐犯の討伐」という大義名分を掲げた冒険屋たちがなだれ込んできたのである。
グマは、実は国の諜報部の主任でもあったのだそうだ。
そして、彼女は貴族のクーデターを把握した。それと前後して、貴族と結託しているKoRに動きがあったことから、一斉検挙に踏み入ることを決断したのである。
しかし、KoRは神器を大量に個人所有しているギルド。迂闊に多人数での突入すると、激しい抵抗が想定される。
だから俺に指名依頼が回ってきたのだ。
一冒険屋が単独で忍び込み、ゲフィを助け出せればそれでよし。ゲフィを助け出したことで通報できるから、KoRのギルドメンバーたちはれっきとした犯罪者として扱われることになる。
そうでなくても、かく乱することでKoRと敵対していたギルドを召集する猶予を稼ぎ、混乱に乗じて攻め入ってルークを拿捕する――これこそ、グマの真の狙いだった。
ゲイングニュルについてはあえて情報を流し、一端国預かりにすることで功績を元に所有者を後々算定すると明言したため、冒険屋側の意気もかなり高くなった。
こちらに相談も無く勝手なことを、と腹だったが、グマは元々その算定で俺に色を付けるつもりだったそうだ。
…と、そこまでいろいろ計算しての作戦だったのだが――十天闘神が全部そろって暴れてるとか、ゲイングニュルを持ったルーク相手に俺個人があっさり勝ててしまったりとか番狂わせばかりが起きたせいで、予定より遥かにあっさりかたがついてしまったのだそう。
おかげでゲイングニュルは名実共に俺預かりとなった訳だが、手に入れる機会を失ったと今でも俺へ不満げに言ってくる奴がいるのはちょっと困り者だ。
「凄かったぞ。気づいたら十天闘神とギルド連中とが組んでKoRと戦っててな。俺は他のギルドがなだれ込んできたのを確認したところで離れたが、その後更にどっかからか話を聞きつけてきた、雇ってもいない他のギルドも続々やってきたんだそうだ。最後はKoRそっちのけで十天闘神と冒険屋混成軍との戦争になってたって話だぞ」
ちなみに後から参加した奴らはKoRに過去壊滅させられた他のギルド員たちだったそうな。そいつらも積もる恨みを晴らさんとだいぶ大暴れしたそうで、豪華なアイテムや神の武器がここぞとばかりに使われまさにお祭り状態だったようだ。
「…スゴい話ネ」
「まったくだ。お前を抱えてなかったら俺も参加したかったな」
きっと、石喰い鬼の巣穴で俺がその場にいた連中と肩を並べて戦ったときのような…いや、それ以上の興奮と連帯感に包まれていたことだろう。その光景を想像すると、年甲斐も無く心が弾む。
ともあれ、これでKoRは壊滅的な被害を受けたことになる。
ほうほうの体で施設を放棄したKoRは最強ギルドとしての面目を無くし、構成員は散り散りとなって自動消滅の未来が待つことだろう。
ハーヴァマールの末路と思えばちくりと胸が痛んだが、しかしいつまでも腐敗した残骸が残っているよりは遥かに良い。
こうしてすべて終わったとき、俺はようやく自分の中で一つの区切りがついたことに気づいた。
「そっカ…」
被害者とも言えるゲフィはしかし、嬉しそうには見えない。
「何だよ、KoRの連中に同情でもしてんのか?」
からかうように言ったが、ゲフィはこくりと頷く。俺はちょっと呆れた。
「なんでだよ。お前攫われた被害者じゃねぇか」
「ソウだけど…もしかしたラ、ゲフィもあそこにいたカモしれないカラ」
「はぁ? そうだとしてもお前のことだから別に馴染んだりしないだろ」
喜々として神の武器を振り回しギルド戦に参加しているゲフィとか想像できん。
「ゲフィ、偶々ベガーと会えたカラ、冒険するコトの楽しさ忘れずニいられたヨ。もしソウジャなかったラ…KoRに入ってタラ、違ってたカモしれないネ」
ゲフィは哀しそうに言う。
「アホか」
俺は向き終わったりんごを突き出しながら呆れたように言った。
「お前がKoRの風潮に染まるとか、ありえねーよ。お前、俺を雇うと決めたとき自分で言ったか覚えてるか?」
「ううん」
ゲフィはもう覚えていないようだったが、俺は忘れていない。
「お前は、俺に『鍛えてくれ』と言ったんだ。いいか、『連れて行ってくれ』じゃあねぇ。…俺に会う前から、お前は自分の力で生き抜くことを決めてた。安易に神の武器や強いギルドを頼ったりしないでな」
「…ウン、そう言えばそんなコト言った気がする」
「あそこに集まった連中は、どいつもこいつもルーク…いや、神の武器やギルドのネームバリューを利用することだけ考えていた連中だ。力が欲しいなら、自分で動くのではなく神の武器を恵んでもらうのを待つだけ。そんなところにお前、ずっといられた自信…あるか?」
ゲフィはぶんぶんと首を横に振った。
「だろ? そーゆーこったよ」
「ナルホド」
納得したようで、ゲフィが一つりんごを齧る。俺も相伴に預かったところで、ゲフィがつづけた。
「…ケド、ゲフィも神の武器もっともっと欲しい、考えるヨウになってたカモしれないヨ? だってレベル上げ大変、もっと楽したいネ」
「アホか。んなもん、誰だって同じだわ」
俺だって楽してぇよ。
「…けどよ、毎回欲しいからと手を伸ばしてたらきりが無い。神の武器はひっきりなしに新しくて強いのが世界に顕れるが、俺もお前も腕は二本しかないからな。しっかり握っておけるもんに自ずと限りが生まれる。そこで人の手を取ることを選んだお前は、宝珠にしかすがれなかったあいつらとやっぱり違うさ」
俺の言葉を黙って最後まで聞いていたゲフィは、りんごをまた一つ齧ってからサンクス、と小声で呟いた。
「ゲフィにとって、ベガーと会えたの最高のラッキーヨ」
「なんだ突然。おだてたって何もでねぇぞ」
そう答える俺は、そっぽを向いていた。なんせ、彼女の顔を見るのが無性にこそばゆかったから。
むしろ俺の方こそ、お前と出会えたことは最大級のラッキーだった。
以前は目的も無く過ごすだけの日常だったのが、今ではひよっこの世話でそれなりに充実しているからな。
そして何より、ハーヴァマールとの訣別。
別にゲフィが直接どうこうしたってわけじゃないが、結果的にこいつのおかげで冒険屋同士の結束が見れた。
もうハーヴァマールに固執する必要は無い、俺たちはいつでも結びつくことができる。
冒険屋も捨てたもんじゃない…そう、再び信じさせてくれただけでも余りあるのだ。
…ま、こんな臭いことを本人に言うと調子に乗りそうだから、面と向かって言う気はないけどな。
俺は感謝の気持ちを別の形で示すことにした。
「そんなことより、そんだけ言えりゃもう大丈夫だな。明日か明後日あたりにでも、ペア狩りを再開するぞ」
「エェ、もう…?」
ゲフィはがっくり肩を落とした。
「サボればサボるだけ夢が遠のくぞ」
「…判ッタヨ。じゃあ、明日から本気出すヨ」
「ゲフィ、こんな言葉を知ってるか? 『明日野郎は馬鹿野郎』」
「……ベガー、時々凄く意地悪ネ」
こうして、前と同じ悪ふざけの日常が戻ってきたことに俺は内心安堵していた。
だが…その実、ゲフィの不調は彼女自身ですら把握しきれないほど悪化していたのだった。
ペア狩りを再開してからすぐ、それを俺は思い知らされることとなる。




