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第33話 Turn - J

 幾度目かの、金属がぶつかり合う音が響く。


「く、そっ、なん…でっ」


 ルークが苛立ち紛れに突き込んで来るのをいなし、お返しとばかりに突く。が、槍の穂先が回転しそれを弾き飛ばした。


 こちらも決して余裕とは言えない。


 ルークも俺も、かつて袂を分かって以来ほとんどレベル上げをしていない。


 そのため、俺と彼とではレベル差が倍ほどもある。

 しかし、戦いとはすべてレベルだけで決まるわけではない。


 レベルは所詮、個人の指標を一元的に顕したもの。


 当たり前の話だが、外部の要因も大きく関わってくる。それは体調や場の状況、或いは天候、そして――経験。

 ここでいう経験とは、相対した敵の数や力量だけでは無い。

 武器として振ってきた数も含まれる。


 特に神の武器を振るう際は、その経験が大きく物を言う。


 なんせ神の武器は大半が強化されており、かつまったく同じ強化がされていない。その能力もピンきりで、同じ武器種だと思って使うとまったく使い勝手が変わるというのは常識だ。


 そして、俺は圧倒的に神の武器に接した経験が無い。

 神の武器に対してだけ言えば、KoRの新人にすら劣る自信がある。


 そんな俺が、武器としても使用者としてもはるかに高みにあるはずのルークに曲がりなりにも善戦できているのは、偏に戦いにおける経験の差。これだけに尽きた。


 だが、それもほんの僅かな気の緩みで簡単に覆される程度のものだ。

 薄氷を踏むようなつもりで剣を振るので精一杯で、俺の置かれている状況は悪態をつく余裕があるルークよりも分が悪と言えた。


(このままじゃジリ貧だな…)


 内心の焦りを表に出さないように気をつけながら、俺はひたすら剣を振る。


 俺とルーク、互いの手の内にある神の武器の特殊能力はすでに発揮済みだ。

 お互い使用者の能力を底上げしてくれる強力な能力だが、その結果完全に戦力は拮抗していた。


 だがルークは気づいていないようだが、膠着状態を覆すこれ以上の手がこちらにはもはや無い。そして、こう着状態がこのままつづくのも実は俺にとっては敗北と同義となる。


 幾ら命令してあると言ってもKoRのメンバーがいつ来ないとも限らないし、何より俺の集中力と体力も有限だ。

俺より肉体年齢が若いルークと比べたら持続力が違う。

 そもそも俺、ゲフィから依頼されるまで最低限しか鍛えていなかったし。


(…一か八か、賭けに出るしかないな)


 であれば、まだ余力があるうちに押し切るしか活路は無い。


 覚悟を決めた俺は小さく呼気を整えると剣尖をルークへ向ける。が、それを見たルークは一瞬だけ目を細めた。


「衰えが出てるぞロートル!」


 ルークが槍を横なぎにする。

 僅かな剣先の下がりを好機と見て、大振りの攻撃で仕留めようと考えたのだ。

 もちろんこれは俺の誘い水で、


「そうかな!」


 剣を跳ね上げる動きで槍の柄を弾く。


「くっ」


 槍が身体の外へ向けて弾かれた隙に、俺が間合いをつめ、剣を振り下ろした。


「…なんてな」


 だが、誘っていたのはルークも同じ。

 残りの体力が少なくなっていたのはお互い様だ。だからこそ、隙を見せて誘い込むことで逆転の好機と為す。


「これで終わりだ!」


 身体を大きくねじり、大きく弾かれたはずの槍ごと遠心力を伴って回転する。それにより、勢いを増した石突部分が俺の剣を弾き飛ばした。


「しまった!」

「これで終わりだ!!」


 返す刀、槍の穂先で俺の頸を飛ばそうとする刹那。


「…なんてな」


「な…に……?」


 螻蛄首に衝撃を受けたと思うより先に、ゲイングニュルが大きく跳ね上がる。


「まさか、<<オートカウンター>>…ッ?!」


 驚くルークの鳩尾にはすでに俺の拳が突き刺さっている。


「そうだ!」


 <<オートカウンター>>は、所持する武器によって特性が様々に変わる。

 剣であれば攻撃範囲が広角な反面、無手であればほぼ対面のみの範囲しか反応しない。


 その代わり、無手は発動があらゆる武器種の中でもっとも早いという特性がある。

 だからこそ、唯一の反撃手段として今の攻撃に割り込むことができたのだ。


「だが、その程度の攻撃など…今さら効くかっ!」


 ただし、多用されないのにはちゃんと理由がある。

 硬直や発動条件が厳しいこと以外にも、無手だと攻撃力が下がる点も好まれない理由として挙げる者は多い。

 そして、ルークもまたはじめて教えたときから同様の理由で<<オートカウンター>>を軽視していた。


 やけになった捨て鉢の攻撃と見たルークは今度こそ勝利を確信し、追撃のため槍を掴む腕を引き戻そうとする。


 そう、モンクではない俺の拳撃では、普通はそんなにダメージは無い。

 が…


 一拍の後、ルークは大量の血反吐をぶちまけた。


「ぐはぁああっ!?」


 オートカウンターは、発動した際に受けた()()()()()()()()()()()()()()()()


 ゲイングニュルの攻撃力が、そのまま自分へ跳ね返ったた形になったのだ。

 神の威力をそのまま受けたルークは、もんどりうってぶっ飛んでいく。

 壁に叩き付けられ、衝撃で散乱した神の武器たちが床に倒れる彼の上に降り注ぐ。


 ルークは、立ち上がってこない。


「…神の武器の所持者ばかり相手してきたから、無手を侮ったな」


 これこそが、俺の最後の奥の手だった。


 神の武器を所持している相手には警戒するが、それを失えば油断するだろう。そう睨んだ俺の目論みは、上手く当たったわけだ。


「…ぜえっ、はぁっ、はぁっ、はあっ」


 苛烈な戦いを終え、ひとまず息を整える。

 新鮮な空気が肺に送られ、ようやく人心地がつけた。


「だが急がないと…」


 休憩もそこそこにゲフィに近寄ろうとするが。


「ぐっ…げふっ」


 背後からルークの呻きが耳に飛び込んだ。

 まさか、もう気がついた?!


 俺が弾かれたままのノーイ・ラーテムを拾うのと、何かが飛来したのはほぼ同じだった。


 ギィン!


 鋭い金属音。


「ぅぐあっ!」


 悲鳴を上げたのは…ルークだった。


 振り返った俺の手に握られたノーイ・ラーテムは刃の半ばで折れ、切っ先がルークの左肩に深々と突き刺さっている。

 一方剣を折ったゲイングニュルはというと、くるくると回りながら通常ではありえない軌跡を描いて俺の傍に突き立った――まるで俺の元へ戻ってきたと言わんばかりに。


「…どうしてだ…なぜ、勝てない…ゲイングニュルは、最強の槍だったはずじゃないのか…」

 愕然としたルークの声。

 そう、噂話が真実ならゲイングニュルが打ち負けるなぞありえない。

 これはノーイ・ラーテムの特殊能力――【自分の攻撃力を大きく上回る相手と切り結んだとき、低確率で己が身を犠牲にして使用者を守るカウンター機能が発動】がもたらした結果だろう。

 しかし、俺にはそう思えなかった。

 これはルークにないがしろにされた武器による、無言の非難なんじゃなかろうか…


「……なあ、ルーク。一つ聞くが、俺たちが傭兵や冒険者ではなく、冒険屋と呼ばれるのは何でだと思うね?」


「何を、突然…」


 すぐには答えず、俺はぐるりと部屋の中を見渡す。


 あちこちに放置されている武器が蝋燭のか細い明かりに照らされてゆらゆら揺らめいていて、陽炎のように見えた。

 その曖昧さ。生まれてきた用途は果されず、未来永劫の虜囚となっている今の境遇を嘆いている…そんな風に俺には見えたといえば、少々センチすぎるだろうか。


「冒険屋ってぇのはな、元々は自分の腕だけを恃みに未開の地を旅する…だから冒険屋って呼ばれたんだ。ギルドってのはな、そういう奴らの拠り所なのさ。だから認め合えばお互い損得省みず助けるし、人が集まってくる。神の力があったからギルドが、冒険屋が生まれたんじゃねぇ。もう一度言ってやる、()()()()から冒険屋なんだ。それで言えば、まだそこのひよっこのほうがよっぽどお前らより冒険屋してるぜ」


 そう、ゲフィはこいつらとはまったく違う。


 新しい世界を自分の手で拓きたいからこそ、俺をコーチとして雇った。

 心根はとっくに立派な冒険屋だ。


「こいつ…ゲフィにしたってゲイングニュルを手にしていたが奢り高ぶっていないぞ。お前と一緒なのは、たまたま手に入ったって一点だけだ。自分で自分の欲望を自制できなかっただけの奴が、守護者や神のせいにするんじゃねーよ」

「それ…は……」

「守護者の力にひたすらおんぶに抱っこしてきておいて自分の思い通りにならなかったら駄々をこねる。手に入らない武器は力づくでも奪い取ろうとし、仲間は餌で従えるだけ。今のお前は冒険屋でも騎士でもギルマスでもない…ただの、我侭を抑えられない子供だ。もし神の武器に意志があるとすれば、そんな奴と共にいたいと思うかよ」


 俺だって、自分の行いのすべてが正しかったとは思わない。色々間違いも犯している。

 だが、それでもハーヴァマールは胸を張ってすばらしいギルドだったと言えるし、俺自身もまた冒険屋の端くれ足らんとして生きてきたつもりだ。


 そのあり方が積み重なった結果、今回の勝利に繋がったように俺は思うのだ。


「…………」


 ルークからの返事はもう無かった。今度こそ、気を失ったのだろう。


「…お前も。見ず知らずの俺の命を守ってくれて、ありがとよ」


 折れたノーイ・ラーテムを丁寧に鞘に戻しそこいらに立て掛けると、今度こそ俺はゲフィを起こそうと身体に触れた。


「おいゲフィ、無事か」


 …が、ゲフィの体はぐんにゃりとして反応が無い。肩に手が触れたとたん、どさり…と横倒しに地へくず折れてしまった。


「なっ?! まさか…死亡状態か?!」

 転送されていないから違うと思っていたのだが、万が一を考えあわてて蘇生薬を取り出すと口に含ませた。

 が、弛緩したままの唇はすぐに琥珀色の液体を吐き出してしまった。


「じゃあ他の状態異常か」


 もっと詳しく容態を調べようと震える手で脈をとった俺はすぐに気づいた。


 うそ、だろ…


 ()()()()()()()()――異常が、無い。


 慌てて傍の燭台から適当に一本蝋燭を抜き、閉じたままの瞳を無理やり開かせるとその眼前で水平に動かす。


 変化は見られない。


 肉体に異常は無いにも関わらず、反応が無い……俺は、この現象を嫌というほど知っている。





 これは――停滞症の兆候だ。

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