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第32話 Turn - I

『…なんだあいつ』


 俺が(ベイカー)とはじめて会ったのは、雇われ傭兵としてはじめてギルド戦に参加したときのことだった。


『はっ、ずいぶんくたびれたおっさんだな。あんなんがギルドマスターとか、どんだけ人員がいないんだよ』


 当時新進気鋭の若手冒険屋として売り出しはじめた俺は、ギルド戦何するものぞと高を括っていた。

 モンスター相手ではなく対人戦と謳っているが、どうせ個々の能力が高い者が揃っている方が勝つに決まっている――そう考えていた俺たちは、対戦相手であるハーヴァマールにけちょんけちょんにされたのだ。


 王城地下の施設を舞台にどちらが水晶へ先に自分たちが主か認めさせるという戦いで、勝った方は王直々にもっとも優れたギルドとして認められる。

 俺が属したギルドは、それまでに貯めた金にあかせて各地で名の売れた冒険屋を集めていた。核となる構成員も、どこでどれそれという有名なモンスターを単騎で倒したとかいう化け物ぞろい。

 対するハーヴァマールはおおよそ三分の一。着実に評価を上げてこそいたが、主な評判としては他と違い突出した強力な構成員がいるわけでも無く地味という他は無い。

 そんな二者がぶつかれば、俺たちの圧倒的勝利で終わるはずと思われた戦はその下馬評をあっさり覆して終わった。 


(あいつら…すげえ!)

『くそっ、こんなのなんかの間違いだ!』

『注目株のルーキーを集めたのに…』

『あの女騎士だ! あいつが執拗に俺の邪魔をして…』

『いいや、俺の方に回されていた魔法使いのほうが凄いんだ。ピンポイントにこちらの進路を塞いできやがった』

(……どっちも違う。本当に凄いのはあいつ…おっさんだ)


 共に参加した仲間は、殆どが何故負けたか判っていなかったが、俺は違った。


 先攻して突出した有名どころを、強力な個人がつかず離れずにして徹底的に足止めに専念し、俺たちのような遊撃隊は足の速いメンバーでかく乱し本来のルートと違うところへ誘導する。

 そうして手薄になったところを大人数で突撃し、一人を除きみんなで波状攻撃を仕掛けて目を引いておいたところで、気づけば水晶に触れられていた。


 俺がたまたま気づいたのは、かく乱されてさいる間に俺一人が道に迷ったせいだった。


『くそっ、どこだよここ! はやく合流しないとならないのに…一度戻るか』

『…おや』

『あっ、あんた?! なんでこんなとこに!』

『参ったな、まさか見つかるとは思わなかった。しょうがない、倒させてもらうよ!』


 偶然早めに引き返したおかげで侵入部隊を阻止するメンバーと行動を共に出来たのだが、そのどちらにもある男が居た。


『くっ、そぉっ…こいつ、強い!』

『いんや、俺は強くないよ。いずれは君の方が強くなる素質がある。ただ、まだ経験が足りていない。軌道が正確すぎて読みやすい。だから…』

『うぁっ!』

『こうなる。さあ、これで止めだ』

『お…<<オートカウンター>>!』

『なっ?! しまっ…ぐはっ』

『は…ははっ、やっ、やった、やってやった…うげっ』

『危ない危ない、金が無くてナマクラ使ってなかったら倒れてたのはこっちだった。やっぱお前、強いよ…』

『く……そ…おま、…名は…』

『俺か? 俺の名は――』


 そして、そいつこそが水晶にタッチした男――ベイカーだったのだ。


 一見うらびれたただのオッサンだ。だが、それから何度かギルド戦の傭兵として敵、味方の立場で観察するうちに俺は彼に並々ならぬ興味を抱くようになっていた。


 ハーヴァマールは、彼を含めて構成員自体突出した戦力を持つ者はいない。

 しかし、ベイカーはその凡人を誰よりも巧みに動かした。


『な、なんでここに伏兵がいるんだ! 聞いてないぞ!』

『マジかよ…本当に現れたぞ』


 それは自分が動かされる立場になってより顕著に分かる。


『…ハハッ、すげえ、すげえ! あのオッサンの言ったとおりだ! 勝てたよ、勝てちまったよ! 今まで勝ったこと無かったのにさ!』


 彼の指示通りに従うと、想定したとおりの敵と相対することができる。そして、一見自分の力量では勝てない相手でも、最後には勝つことができた。


『…オッサン、また俺の練習見に来てんの?』

『そりゃまあな。傭兵だろうと何だろうと、どこまで何が出来るかを自分の目でちゃんと確認しておかないといざって時に見誤るからな。俺自身は何も凄くないから、せめてこんだけでもしないと』

『…十分すごいと俺は思うけどな』

『何か言ったか?』

『いんや、何も』


 それは、普段から彼が事細かに仲間たちのことを把握するよう努めていたことからできることだった。つぶさに力量を見極め、足りなければ手ずから育成を手伝う。そうしてその力量に応じて適所に配置していく。

 知れば知るほどギルド戦の奥深さ、そしてベイカーへの信頼は高まり、ついには泣き落としに近い形で自分もハーヴァマールへ在籍することができた。


 彼の元で戦えば自分はもっと先へ行ける――その気になれば、世界の果てまでも。

 そして、実際一歩一歩確かに進んでいる実感もあった。


 だが…そうして実感できた時間も僅かのこと。

 程なくして流れが変わってしまった。


 ちょうど神の武器が現れ始め、それを偶さか手にした奴らがその存在感を大きくしはじめたころだ。


 ベイカーには、神の武器を手に入れるための宝珠は一度として与えられることは無かった。


 彼の強みは、様々な強さを恐ろしく精度の高い基準で図れることだ。その基準を元に、適材を適所に配置する力と言っても良い。

 しかし、神の武器を手に出来ない以上、それの正確な基準は作れない。どうしても他人が使ったときの数少ない事例を元に計算するしかできないから。


 一方で、神の武器を手に入れた者はギルド戦の本番に臨むまでその情報をできる限り秘匿する。当たり前だ、せっかくの強みを本番前にむざむざ曝け出すバカはいない。


 ぶっつけ本番で想定より強い力を相手にしなければならず。しかも新たな神の武器は過去の想定をはるかに強い力を持つため、次の本番でも誤差が修正しきれない。


 その差異が次第次第に大きくなり…個々の努力では賄えないくらいの差がつく頃には、ハーヴァマールは連敗を繰り返すようになっていた。


 悪いことはつづくもので、ただでさえ空気が悪くなったハーヴァマールを悲劇が襲う。

 創設メンバーが、次々と停滞病を患うようになったのだ。


 創設メンバーは、戦力は元よりベイカーほどではなくとも若手や新人との潤滑油の役割を果たしている。それがごそっといなくなったのである。当然、運用自体が立ち行かなくなる。

 慌てたベイカーは、まだ未熟だった俺たちを幹部にせざるを得なかった。だが、それまでは指導される立場にいた俺たちが急に指導する側になれといわれておいそれとできるものではない。


 当たり前だが、ギルドの空気はさらに悪化の一途を辿る。

 その打開策として、当面の戦力を確保するために神の武器を取り入れることを提案したのだが…


『ダメだ』


 ベイカーは僅かな検討をすることもなく即座に否定した。


『神の武器は所詮付け焼刃にしか過ぎない。安易に頼るのは危険だ』

『だが、少なくとも今を乗り切ることが出来る! そうすれば…』

『…で、いつまで頼るんだ? 今分かってる範囲でも凄い速さで強い武器が発見され続けている。それを延々と求めつづけるのか? 何より、そうやって力だけ求め続けたらハーヴァマールはハーヴァマールじゃなくなる。そんなことは到底許容できない』


 ベイカーの、こちらの心情をまったく斟酌しない言葉に、俺ははじめて失望した。

 だが、一方で活路が見えた気もしたのだ。


 神の武器の更新が延々とつづく中であっても、当時から噂になっていたものがある。


 神槍ゲイングニョル。


 ひとたび振れば天を割り、海を割き、大地を砕くとされる神の槍。

 誰もが手にしたことは無いにも関わらず、その槍の持つ強大な力だけは知っているという冒険屋は当時にして無数にいた。


 それを手に入れたなら。


 延々と力を求めることをいたちごっこと否定するなら、究極絶対の力さえ手に入れてしまえばいい。それならばベイカーも否定する理由はなくなるはず。


 そして、その槍があるとするなら…世界の果てとされる、前人未到の地。

 恐らく、そこにあるはずだ。


 この時点で俺とベイカーの間には、同じ世界の果てを目指すという目的がありながらも動機が大きく違ってしまっていた。


 そのことに気づかないまま、俺はこっそり神の武器を集めるようになる。


 今は俺の事を否定するかもしれない。だが、世界の果てへ行けたなら、彼も認めてくれるはず。


 その気持ちは、しかし次第に色あせていく。


『いやぁ、さすがっすね神の武器! これさえあればどんなギルド戦にだって負けませんよ!』

『…ダメなんだ。ギルドマスターは、神の武器を使うことを許していない』

『えっ?! 何でなんですか? 使えばいいじゃないですか。勝負なんて勝ってナンボ、負けたら何の意味も無いですよ』

『その通りだ。だが、それでも枉げてはいけないものもある』

『…それっておかしいんじゃないっすか? 個人でこだわりを持つ分にはいいっすけどね。大人数が参加してるギルドなのに、個人の思い入れを優先されるのはちょっと変っていうか』

『…………』

『俺、センパイだから言うっすけど、前々からあのギルマスあんま好きになれないっす。妙に厳しいし口うるさいし。つーかちまちまマンジュルヌ狩らせるとか、いまどき流行らないっすよ。それに比べてセンパイは新人の育成をちゃんとやってくれるから信用できるっすよ。神の武器を持って、新しいダンジョンのモンスターをサクサク狩る、それがいまどきの最強ギルドへの近道っすよ』

『そう…かもな……』

『俺、他の奴にも話したんすけど、センパイのことみーんな支持してましたよ。多分、ギルマスは…センパイに嫉妬してるのかも知れないッすね。むしろ便利に使い潰すつもりなのかも知んねえっすよ?』

『それは…』


 はじめは育成がスムーズになればと考えてはじめた神の武器の貸与は、新人を中心に好評を博した。

 それにより、ギルドメンバーも劇的な効果を上げられないギルマスより、目に見えて分かる力を与えてくれる俺の方を高く評価するようになっていた。俺もまた、評価されればされるだけ、自分の価値が高まったように感じていく。

 ベイカーに抱いていた感情が、やがて尊敬から失望へと変わるのにはそう時間は掛からなかった。


 失望が限界に達したとき、俺は考えを同じとするギルドメンバーを率いてハーヴァマールを乗っ取った。


 そのときの、ギルドを追い出されたときのベイカーの背中は、俺が思ったより小さく見えたものだ。


 ここに来て俺ははじめて自分のしたことが間違いだったのかも知れないと感じた…が、すぐに思いなおす。

 ハーヴァマールがあの男にとって真に大切というなら、俺が再興してやろう。そうすれば、ベイカーも自分の過ちを認め、そして俺のことを認めて戻ってくるに違いない。


 そこからの俺は、ギルドを大きくする手段として神の武器を最大限利用するようになっていく。


 ギルドメンバーへの貸与は当たり前。

 むしろ、神の武器を最大限利用することでギルドとしての箔をつける。そのため、日をおかず神の武器を手に入れることを心がけた。


 それにより、ハーヴァマール…いや、KoRは他のギルドからの参加希望者で溢れ、一躍最大手ギルドへと躍り出ることとなる。

 だが、それにも関わらずベイカーは戻ってこなかった。


 一方、ギルドにも大きな変化が訪れていた。


 余りに大きくなりすぎた結果、かつてのハーヴァマールで通用したやり方は通用しなくなってしまったのだ。


 名実共に一番となったことで、新人の大半、そして古参にも驕りが生まれていた。

 地道な死体漁りで集めた小金で市場に出回る神の武器を買うことすら見下し、宝珠をどれだけ得られるかが序列の規範となるギルド。

 それが、KoRの実態だった。


 もちろん、そんなギルドに錬度もへったくれも無い。


 新しい開拓地へ行けば、そこにいるモンスターは大抵強い。様々な能力を持って冒険屋を排斥しようとしてくる。

 一方で新たな神の武器を集め続けた俺たちは、ろくに一本一本の性能を把握することすら出来ていえない。

 今やKoRは、最前線とは名ばかりで、開拓に向かえるだけの自力を持つ冒険屋はほとんどいなかった――俺自身を含めて。


 虚飾がはがれていくにつれ、はじめは厚遇してくれていた国王たちも次第に態度が冷たくなっていく。

 それにあわせ、かつては持ち上げていたギルドメンバーたちも段々俺を見る眼が冷たくなっていった。


 仕事が無くなり、庇護も人望も失って行く。それによりさらに活動が縮小し、華々しい成果が何も出せないまま時間だけが過ぎていく…

 焦って大々的に神の武器を手に入れるところを見せ付けるも、返ってくるのは呆れたような視線ばかり。

 完全に負のスパイラルに焦った俺へ接してきたのは…評判の余りよろしくない貴族たちであった。


 彼らが秘密裏に資金を援助してくれることで、今のKoRは回っている。


 だがもちろん、世の中タダなものは無い。


 KoR、そして俺には彼らの旗頭になることが求められている。


 彼らが何をするつもりかは、薄々感付いてはいた。

 だが、もはや後戻りすることができる状態ではない。


 俺には、先に進むしかないのだ。


 そのためには、俺たちが生き残るには支援者以外の貴族たちにも納得できる旗印が必要だ。


 そして、突如として実在が明らかになった神槍こそがそれに相応しい。


 このタイミングで現れたことが、何よりも俺が所持者たるに相応しいことを示している。

 それを邪魔する相手は…かつて憧れであった男であろうとも容赦しない。


 ――俺の夢のためにも。

この回ですが、回想と回想が連続しているため分かり辛いと感じるかもしれません。


本当なら地の文とかでももう少し調整したかったのですが、どう弄ったら良いかまとまらず結局こういう形と相成りました。

自分の心情を判りやすく伝えるための文章を書くって、本当に難しいですね…。

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