第30話 Turn - G
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焦らず、しかし急いで各部屋を回る。
北棟のどこにも、ゲフィを見つけ出すことは出来ないでいた。
そうこうしているうちに、広場の喧騒が次第に落ち着いていく。
幾ら個々が有象無象とはいえ、随一の戦力を有するギルド。落ち着いて対処できるようになれば、十天闘神相手といえども負けは無い。
完全に騒ぎが収束する前に見つけ出さなくては。
それにしてもこれだけ探し回ってもいないということは、本当はここにいないのではないか?
しかし、俺はすぐに頭を振ってその考えを追い出す。
他に移す時間は無かったはずだ。幾らKoRでも、公然と誘拐をして衛兵から見咎められない訳ではないから、適当な場所に連れ込むということも出来ない。
そもそも、KoRはルークから与えられる神の武器の恩恵を求めて集った連中が大半を占めている。
そんな中、最上級の、ルークすら手にしていない神の武器の情報を持った女が連れ込まれてきたなら…ルークを出し抜いて自分こそ手に入れてやろうと考える奴も少なからずいるはずだ。
そして、ルークもまたそれを弁えているはずで、可能な限り情報が下部に漏れないように考えるだろう。事実、これまでに宿泊棟を探っていた際にゲフィのことはまったく耳にしなかった。
であるなら…
俺はルークが隠し部屋や隠し通路の存在を知らないという前提で動いてきた。だが、全てではなくても一部を知っていたという可能性は無いだろうか?
そこまで考え、ふと思い出したことがある。
ギルド施設は訓練場の先にある通路を抜けると小ぶりの広間に出る。
ギルド戦の際はその広間に、ギルドの所有権を承認する巨大なクリスタルが出現し、規定の時間までそこを防衛するか、承認を塗り替えるかで所有者が決まるわけだ。
ただ、この広間、一箇所しか出口が無いため攻め込まれた後陣取られたら手も足も出なくなってしまう。
そういう事態を避けるため、非常時に伏兵が詰めている小さな隠し部屋があった。
外部からの侵入の心配もなく、非常時に備えているためそうそう頻繁に利用されるものでも無い。何より、選りすぐった精鋭だけが知っていれば良い部屋。
連れ込むなら、そこがベターでは無いか?
「…うん、十分ありそうだな」
自分で言うのも何だが、改めて考えて勝算は十分あるように思う。
俺はさっそく考えを確かめるべくクリスタルが現われる広間へ向かった。
「…この辺は昔と変わらず、か」
魔法や剣戟が入り乱れても構わないよう石造りで作られた小部屋の正面には、一対の赤錆びたフルプレートアーマーが入り口を向いて立っている。
施設を譲渡されたときにはすでに置いてあったが、当時からすでに錆が回っていた。
古い装飾物だから、普通は弄ってみようという気が起こりにくいのだろう。
俺は右手のフルプレートアーマーへ向かうと、兜の左右から映えている角へ手を伸ばす。そのまま、右の角をぐいと前へ倒してやる。
間を置かずして、ごごごご…と重い音と共に、入り口の右脇の石壁がずれて新たな通路が開かれた。
「…これじゃ伏兵の役にたたねーじゃねーか」
俺が管理していたときは小まめに油を差していたのでこんな馬鹿でかい音は立てていなかった。これだけでどれだけズボラな運営をしているか判ろうというものだ。
だが、今回に限っては相手にとって有益に働いている。
これで侵入者がギルドの隠し部屋の存在を知っていることがばれてしまった訳だ。
俺はこの先に待ち受けているだろう現ギルマスに備えて緊張しながらも通路に足を踏み入れる。
「さあて、鬼が出るか蛇が出るか」
この通路、終着点までは直線距離にするとそう遠くは無い。だが、建物の構造の都合上何度か角を曲がる必要がある。
いつ何時、曲がり角で待ち伏せされているかと警戒したが、邪魔の入ることは無かった。
もしかして、俺の推察は間違っていたのか?
不安になりながら三つ目の角を曲がったところで。
「ゲフィ!」
通路の先に開けた部屋の中央に備え付けられた椅子に、縄打たれぐったりとしている彼女を見つけた俺は駆け寄ろうとした。
「ッ!」
それに気づいたのは偶然だった。
ゲフィを照らし出す蝋燭の灯りが、余計なものまで照らしていたのだ。
駆け寄ろうとする俺の眼前で、部屋の外から入り口へ向かってさっと影が伸びた。
頭で何か考えるより早く、俺は頭を下げて飛び込むようにして部屋の中へ突っ込む。それと同時に、俺の後ろ毛を掠るようにして剣閃が流れていった。
「ちぃっ! 偶然転ぶとは運の良い奴め!」
「ルーク!」
地面を転がりその勢いのままに膝を付いて立ち上がる。ゲフィを守るようにして立つ俺と、入り口を塞ぐようにして俺を睨むルーク。
「それにしても、呼びもされないのに人のギルドに忍び込むとは乞食から泥棒へ宗旨替えか?」
「誘拐犯に言われる筋合いは無いな」
ちらと後ろを確認する。
ゲフィは未だぴくりとも動かない。これは…麻痺か睡眠のような身動きを取れない状態異常にさせられているのかもしれないな。
「ところで何でわざわざこんなところまで来たんだ?」
「彼女を返してもらおうと思ってな」
そういうと、ルークは構えを崩さず返した。
「そうはいかないな。その女からゲイングニュルを渡してもらわないとならないんでな」
その言葉に、俺は内心首をひねった。
何故かルークはゲフィが槍を所持していると思っているようだ。
別に隠すような性格でも無いし、問われれば素直に俺が所持していると答えたはずだ。
「…ゲイングニュルが手に入りさえすれば彼女を解放するんだな?」
「ああ。期待の新人として我がギルドに入って欲しいところだが、勧誘は別に他の機会でも良いからな。槍さえ手に入ればそいつに用は無い」
何故そこまで性急にゲイングニュルに拘るのか。気になったが、ともあれゲイングニュルさえあれば返してくれるというならそれで良い。
「そうか。なら、渡してやるよ」
「…あん?」
怪訝そうに顔をしかめるルークを見すえたまま、俺は倉庫を開くと放り込んでおいたゲイングニュルを取り出した。
「それはっ!」
「ほれ」
反射的に足を踏み出そうとしたルークへ、俺は無造作に槍を放ってよこす。
「…え?」
俺がゲイングニュルを持っていると判った以上、渡すまで今後あの手この手でちょっかいを出してくるだろうことは容易に想像がつく。ならさっさと渡し、これ以上関わらないことを宣言するのが良い。
未練がまったく無いというと嘘になるが、俺とゲフィの安全とでは到底引き換えにならないからな。
「何呆けてるんだよ。お前のお望みどおり渡してやったんだ、彼女は返してもらうぞ」
そういうと俺はゲフィの肩に手を置いた。力を入れて揺すったが、顔はうつむいたままだ。
「ちっ、おぶって行くしかないか」
彼女を背負うため振り向いた俺の眼に、槍の穂先が飛び込んだ。
 




