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第29話 Turn - F

「ゲフィがいるとしたらどこだろうな…」


 ハーヴァマールありし日には、牢獄のような部屋は無かった。

 彼女がどこに捕らえられているかは勘に頼るしかない以上、見て回るなら最奥から出口に向かいながら確認するのが無駄足を踏まずに済むだろう。


 王城に向かいながらも、俺は頭の中で大まかなプランを組み立てていた。


 ナイツ・オブ・ラウンドの拠点施設は、王城の地下に首都の中央から北側へと位置するようにして存在する。


 これは元来、優秀なギルドを王の麾下にあると世に知らしめるため王城が元よりあった施設の一部を冒険屋へ開放したためだ。

 普通なら一般人を王城に入れるなどずいぶん思い切った政策ではあったが、国が民に歩み寄ろうとした証左だと受け取られたが故に当時は概ね好意的に受け入れられた。

 まあ…本来城を守るはずの国軍がギルドに押されて力を失っている現状、王侯貴族の代わりにただの冒険屋風情が我が物顔に城内を闊歩できるようになっているのを見るにその政策は失敗だったと言って良いだろうが。


 そうこうしているうちに、荘厳な石造りの城門前までやってきた。


「国王のお膝元でギルドが公然と人攫いとか、もう世も末だねぇ…」

 過去を知る身として溜息を吐きながら、俺はこちらを見ながら大あくびしている門番へ堂々と会釈して城門をくぐった。

 そのまままっすぐ石畳を進んでいたが、門番が俺への興味をなくしたのを確認して早足で道を逸れて木陰へ飛び込んだ。


 俺が向かうのは、人の出入りが厳しい城内真正面から下る正面階段…ではない。

 緊急時の避難経路だ。


 元々、王城には敵に攻め込まれたときのために避難経路を幾つも目立たない形で用意するものだとギルド創立メンバーの一人から聞いたことがあるが、それも理由の一つなのだろう。


 そうした道は俺がハーヴァーマールを治めていた頃に自分の目で徹底的に確認済みしている。

 俺がギルドを運営していたとき他との違いとして、リーダーの役割というものがある。

 飛びぬけた戦力を有し、前線に立って味方を鼓舞しながら敵を排除することがリーダーの素質だと考えていた者が多かった中、俺は逆にそこまで突出した戦力は必要ないと考えていた。

 一つの組織を束ねたとき、隅々まで確認して自分たちに何が出来るか、或いはどんな問題があるかなどを可能な限り前もって把握しておくことこそがリーダーの務めの一つだと俺は思っていたからだ。

 この辺り、やはり石喰い鬼の巣穴での影響が響いてると言えよう。


 さて、話は戻すがギルド同士の戦いを想定した場合、一番恐ろしいのは防衛戦力の手薄なところから攻め込まれることであり、そういう事態を避けるため調査したわけだ。

 全部を把握しているとまでは言えないが、それでもかなりの数は調査済みだと自信をもって言える。


 ちなみに、ハーヴァマールが奪われたときにはその情報は当然一切誰にも伝えていない。ルークたちにわざわざ教えてやらんとならん義理も無いし。


 ルークが俺と同じ考えの下にきちんと調査していれば大多数はふさがれている可能性が高い…が、元より地道な作業をおろそかにしがちだった奴が細々とした調査をしているとは思えなかった。


 昔を懐かしみながら、王城前を壁伝いにしばらく右へ行く。

 程なくして木立に囲まれている中ぽつんと開けたスポットに出たので、俺はそこの壁際に跪いて手を付いた。


「確か…この辺だったはずだが」


 しばらく壁を丁寧に手でなぞっていくとレンガの一つが他と違うざらついた手触りを返してきた。

 その隙間にナイフを差し入れ数分かけて取り出すと中に鎖と繋がった引き輪があるので、それを引っ張ってやると傍の空き地に人一人分が乗れるサイズのポータルゲートが現れた。


「…変わって無いな」


 案の定ここまで一切手を付けられた様子は無い。

 転送した先に罠がある可能性も0じゃないが、崩落させたり落とし穴のような施設に大きく手を入れないとならないものは許されないのでそこまで気にすることは無いと見ていいだろう。


 俺は誰かに見つかる前にさっさとポータルに乗り込んだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ひんやりとした空気に満ちた小部屋の片隅に出た。


 地下施設は、城の真下部分が構成員用の居住などに用いられる区画と、そこから北に伸びている戦闘や訓練をはじめとした大規模なギルド活動用の区画とに分かれている。

 俺が転送したのは、南側の居住棟の外れにある物置部屋だった。


 俺は用意しておいた石くれ帽子を被り、そっと扉を開く。

 扉は僅かにきしんだ音を立てて開いたが、周りに人影は無い。たまに酒を飲んで酔っ払っている男の声が響くくらいで静かなものだ。

 滑り込ませるようにして暗い廊下に出た俺は、まずは居住棟を確認することにした。


「いないな…」


 一時間くらいは経っただろうか?

 住人がいると思しき部屋は除き、道中にある部屋をつぶさに確認したものの探し人は見つからない。


「まずいな…思ったより時間食ってる気がする」


 記憶にあるより部屋が多い。もしかして見落としがあるのでは無いか?

 もう一度居住棟を確認するか、それともここにはいないと見切りをつけて先へ進むか…


 迷った俺は苛立ちが抑えがたくなり、自分では自制できているつもりでも早足になっていたがそれが失敗だった。


「あっ」


 早足で石くれ帽子の効果が切れているにも関わらず、廊下の曲がり角でばったりKoRの構成員と出くわしてしまったのだ。


「なんだきさ」

「シッ!」


 どうやら酒を飲んでいた奴が便所に向かうところだったようだ。


 相手が喋りきる前に全力で男の腹部に拳を突き込む。

 それにより呼吸できなくなった男は呻きながらくず折れたので、後頭部を力の限りどついて昏倒させた。

 しかし、一連の騒ぎですぐ傍の開いていたままの扉向こうにいる飲み仲間に倒れたときの音を聞かれてしまったようだ。


「おい、今変な音が聞こえたぞ!」

「どうした、何があった…あっ! 侵入者だ! 侵入者がいるぞ!」

「くそっ」


 慌てて身を翻し、適当な空き部屋に飛び込むと石くれ帽子を被りなおす。これで再び穏行は発動したが、廊下の外は蜂の巣を突いたような騒ぎになってしまった。


 数回深呼吸し、一端整理する。どうするべきか…


 撤退という選択肢は無い。

 このタイミングで現れた侵入者の目的がゲフィだと普通は思うから、そうと知ったら監禁場所を変える可能性が高い。


 同じ理由で、こうなった以上、居住棟をいつまでも探索するのは得策ではない。

 情報がルークに届くまでに、北側の施設へ侵入するしかないだろう。


 俺は今度こそ最新の注意を払い、先を急ぐ。


「…そりゃそうなるよな」


 居住棟を出た先には奥まった広間が広がっており、そこには幾人もの構成員がうろついていた。

 普段ここで戦闘訓練を行うのだが、今は侵入者を迎え撃つための布陣が敷かれている。曲がりなりにも国内でトップの組織力をもつギルドなだけあって動きが速い。


「こんなことならさっさと進んでおくべきだったかな…ま、ここまでは想定内か」


 俺は通路に顔を引っ込めると、明かりが漏れないようにして倉庫を開く。

 そこから幾つかの道具を取り出し、装備を付け替えた。


「まずはこいつを使って…と」


 俺が最初に使うのは真っ黒なランタンだ。

 こいつは『光吸いのランタン』といって、使用者が視認できないようにできる。石○ろ帽子と性質は近いが、数百倍の市場価格なだけあってこちらはモンスターには丸見えな代わりに、走るなどの能動的な行為がとれるという違いがある。この作戦における虎の子だ。


 さて、問題はこれだ。

 俺は握り締めたもの――タイシャクがよこした剣に視線を落とした。


「我は命ず。タイシャクよ、汝の力を貸せ」


 俺の小声に、剣の周囲を包む空気がぶわりと揺らめく。それはすぐにタイシャクの赤い顔へと変じた。


<<呼ンダカ…ホウ、貴様ハ>>


 実の口から発されていないせいか、その声はくぐもっていて聞き取りづらい。

 時間が惜しいので俺は挨拶もそこそこに頼みごとを言った。


「力を貸してくれ――俺はこの先の広場を抜けなくてはならない。なのでそこで暴れて、誰一人逃がさないようにしてくれ。全力で、だ」


 全力で、という言葉を聴き、タイシャクの口元が歪む。


<<ホウ。良イノカ? ソノ願イヲ叶エタラ、コノ剣ハ砕ケ散ル。二度ト我ノ助力ヲ求ムルコトハ能ワヌゾ?>>

 どうせたまたま手に入ったものだ。ならば必要な今こそ使い時だろうさ。

「構わん」

 即答すると、声が震えた。どうやら嗤っているらしい。


<<グッグッグ…天ヲ掴ム力ニ執着セヌカ…ツクヅク面白キ男ヨ>>

 ぶわり、とタイシャクの顔が揺らめいた。

<<良カロウ、力ヲ貸ソウゾ――()()()()()()ノ力ヲナ!!>>

 言うなり、剣がぱぁんと光を放って砕けた。


 ………何?


 いまあいつ、なんて言った?


 我ら、とか言ってたような…


 言葉を反芻していたら直後、広間が怒号と悲鳴で騒然となった。


「なんだ?!」

 あわてて顔を出してみると…そこには阿鼻叫喚の地獄が顕現していた。


『ハーハッハッハッハ! 我ら十天闘神、約定に従い力を振るわん!』

「うわ、本当に十天闘神そろい踏みじゃねぇか?!」

 隠れていた俺も仰天だ。

 突然ギルド所有の広間にボスが、しかもかの悪名高き十天闘神が揃い踏みで現れたのだからそりゃ大騒ぎになるのも当然である。というか十天闘神が全部揃ってるところなんて生まれてはじめて見た。


 それにしてもこの能力。

 確かに強力無比だが、十天闘神十体が現れるとなるとオーバーキルにもほどがあるし、その上一回こっきりの使いきりじゃコストパフォーマンスが悪すぎる。おいそれと試せないから、ほとんど情報が流れないのも納得である。


 呆れる俺をよそに、久しぶりの再会でテンションのあがっている十天闘神は群がっていたKoRギルドメンバーを木っ端のようにぶっ飛ばしながら四方山話に花を咲かせていた。


「ほ、ほ、ほ。祭りじゃ、祭りじゃ。我ら十天闘神が一同に集うなど、げに久しきことよ。ほ、ほ、ほ。誠嬉しや、ほ、ほ、ほ」

「この騒ぎに我らを呼び出したはタイシャク、そなたか」

「左様。タイシャクが認めし武士もののふの願いによりますれば」

「ほう、タイシャクに認められ、更に惜しげもなくその加護を使うとは。良い、実に良い。このバコラの斧、ぜひそ奴と刃を交わしてみたいものじゃ」

「いいや、次はこのアサラぞ。そ奴の頭蓋、妾の新たな護拳に欲しいわい。さぞやはめ心地が良かろうのう、うっひゃっひゃっひゃっ」

「しく。しく。しく。ああ、新たな犠牲者が…いとかなしきことよ…しく。しく。しく」

「ええいいかぬいかぬ。奴とはまた我が死合うと決めたのじゃ。貴様らでは加減ができぬ、おいそれと壊されてはつまらぬ」

「「お前が言うな」」


 えぇ…

 なんだか俺の預かり知らぬところで大人気になってやがる。止めてくれよ、まだ死にたくないから俺の命を勝手に取り合わないでくれ。


 そして何とも楽しそうな十天闘神とは対称に、悲惨なのはKoRのメンバーだ。

 待ち構えていた奴らは侵入者を狩るつもりでいたのかもしれないが、布陣のど真ん中へのよもやのボス乱入で大混乱を極めている。

 混乱で全うな連携を取ることも出来ず当たるを幸いになぎ倒され、逃げようとする者は俺の命令のために背中からバッサリ。

 さらに気の毒なことに彼らは――恐らくギルド戦の際、最奥へ侵攻してきた相手をゾンビアタックで挟撃するために――自分たちの復帰点をちょうどこの広場にしていたようで、殺されては蘇り蘇っては殺されてをひたすら繰り返していた。


 こりゃ下手しなくても今日一日でデスペナの累積によって一桁までレベルが下がる奴らが続出するんじゃなかろうか。


「とと、呆けてる場合じゃないな」

 余りの悲惨さに呆然としていたが、陽動としてみるにこれほどありがたい状況も無い。


 止まらぬ破壊音、怒号、悲鳴。これでは多少騒いでもばれないだろうし、仮に俺に気づいたとしてもちょっかいを出してくる余裕など無かろう。


 当初はタイシャクだけの想定だったので早期に鎮圧されるかもしれないという危惧もあったが、これならその心配は無用だ。


「ま、恨むなら自分たちの無法を恨むんだな」


 誰に言うとも無く吐き捨て、阿鼻叫喚の坩堝の中をすり抜けていく。

 途中目があったタイシャクに感謝の目礼だけ返し、俺は先を急いだ。

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