第28話 Turn - E
王城の地下に設けられた、入り組んだ通路と小部屋の数々。
その国属筆頭ギルドの施設でももっとも最奥にある執務室、さらにその奥にあるギルマス専用の武器保管部屋の中でルークは高級な酒を傾けながら感慨深げに室内を見回していた。
四方の壁や専用に誂えた台上には規則正しくも所狭しと神の武器たちが飾られているが、ルークが座る豪奢な椅子の頭上だけには槍一本分のスペースが空けてある。
彼が長年追い求めつづけたゲイングニュルのためのものだ。文字通り存在から伝説扱いされてきたそれを求め、ギルドメンバーはじめ、彼と長く接してきたものたちは偏執的ともいえる執着を抱いてきたことを知っている。
それがもうじき手に入るのだ、上機嫌にならない訳が無い。
ゲイングニュルを見たというギルドメンバーからの報告を受けたときは、興奮の余り卒倒しかけたものだ。
一時期は存在を疑い、神へ宝珠を奉げるのを止めようかと迷ったこともある。それでも奉げつづけたのは正解だった。
…いや、厳密には因縁浅からぬ相手が未だ所持しているのだが、己は神の武器に愛されていると思っているルークは近い将来必ず手に入れられると確信していた。
何故なら、自分ほど神の武器に愛された男はいないはずだから。
神の武器は、相応しい使い手に抱かれるためにこの世に存在するのだ…
この部屋を訪れるたび、その意識をルークは強くする。
「ゲイングニュルが手に入るのも、後は時間の問題…」
槍の所有者であると思われる女はすでに手の内にある。
今部下が譲渡するよう説得しているはずだが、他にも神の武器防具を多数所有しているという証言も併せて聞いているため、報酬としてはケチらず一介の冒険屋に与えるものとしては破格の額を提示するように伝えてある。何ならギルドに移籍するのがお互いにとって最善だが、槍さえ譲ってもらえれば仮にベイカーの元へ戻ったとしても構わない。
その槍こそ、ゆるぎなき正義を天下へ示すのに相応しいから。
そう、長年追い求めつづけたという以外にもルークがゲイングニュルに拘る理由があった。
「槍さえ手に入れば、後は俺が国王へ鉄槌を下せるようになる。そうなれば後はあるべき形になる…正しい形にな」
丁度先日格別親しくしている貴族から連絡があった。
『ついに王位を簒奪する準備が整った。貴殿にはギルドを率いてもらい、城内にいる王軍を抑えると共に国王一派を拿捕してもらいたい』と。
この重要な仕事、確かに自分とKoRにしかできないとルークは考える。
現在、KoRはもっとも神の武器を携えるギルドとして国内外へその存在感を知らしめていた。それにより、他国の侵略を食い止める防壁の役を果たしていたのだが、国王からの扱いはそれ以上でもそれ以下でもなかった。
神の武器を多く所有するということは、神に愛された存在であるということ。
それをこの国…否、世界でもっとも所有しているだろう自分は一ギルドの長で終わる器では無い。もっと自分に相応しい高貴な役職に取り立てるべきだ。そんな当たり前のことすら分からぬ現国王など不要――ルークは本気でそう考えている。
だからこそ、クーデターが成功すれば貴族として取り立てやるという反国王派の貴族の甘言にも乗ったのだ。
何なら自分が新しい国を立ち上げ、その王になってもいい。民衆は一も二もなく支持してくれるはず。
夢は際限なく膨らんでいく。
「このタイミングで神槍が俺の前に現われるとは、もしかしたらあの女は幸運の女神かもな」
これまでの事象すべてが、自身が栄光の階段を昇るため神によって都合よくお膳立てされているようにルークの曇り切った眼には見えていた。
しかし、もちろん現実は違う。
ルークは知らない。
自分に手を伸ばしているのが幸運の女神などではなく、雇い主を取り返しに来た顔なじみの貧乏臭いおっさんであることを。




