第27話 Turn - D
……………………
………………
…………
ゲフィと別れてから数時間後。
明日に備え早めに床に着いていた俺は、真夜中に玄関を激しく叩く音で起こされた。
「んぁ…なんだ? うっるせぇなぁ」
いったい何時だと思ってやがる。
しばらく布団を引っかぶって無視していたが、叩く音は止まない。
結局根負けしたのはこちらだった。
「はいはい、今行きますよ…」
寝ぼけ眼をこすり、上着を素肌の上に羽織ると玄関を開く。
「なんだよ、うるせぇなぁ」
これで押し売りだったりしたら怒鳴りつけてやる。そう思って開いた先に立っていたのは、酒場の見慣れたババアだった。
「ああ、やっと出たかい。人が呼んだらさっさとおいでな」
「あん? 何だよおめぇ、夜這いには少々時間早すぎるだろぼぉっ」
グマは俺のみぞおちに一発パンチをくれると、小声で囁いた。
「冗談言ってる場合じゃないよ。あの子が、ゲフィが攫われたんだよ」
「…ぁ?」
その言葉で、俺は完全に目が覚めた。
「どういうこった? 詳しく聞かせろ」
「どうもこうもないよ。さっきうちに来た客が話していたのを聞いてね」
どうやらその客とやらは、深夜帯の狩りから戻ってきたところだったらしい。
そいつは首都の北側を狩場にしているため、中央広場へ戻るには城の中を通らねばならない。その際、アジトに向けぐったりしたゲフィを抱えて移動している『ナイツ・オブ・ラウンド』のギルメンたちを目の当たりにしたのだそうだ。
「だが、何でゲフィを?」
俺が首を傾げると、グマが渋い表情になる。
「あんた、あいつとの逢瀬にかまけて情報収集疎かにしすぎだよ」
「なっ…だ、誰が逢瀬だ! お前の斡旋した依頼を受けてるだけだ!!」
俺の抗議をグマは面倒くさそうに手を振ってさえぎった。
「そんな屁理屈ぁどうでもいいんだよ今は。いいかい、あんたらはこの首都で多少なりと目端の聞いた奴らにとっちゃ今や話題の中心なんだよ」
「はぁ? あいつはどこにでもいるただの田舎娘だぞ」
グマは墨で線を描いただけの眉をひそめた。
「馬鹿お言い。ゲイングニュルを持ってるただの田舎娘なんざおいそれといるもんかい」
それを聞いてはっとした。俺は槍のことを誰にも話していない。
「何でそれを?!」
俺を睨むグマの目が鋭くなる。
「あんた、腑抜けちまったんじゃないかい? 一週間前にタイシャクと戦ったんだろ? そんとき、KoRの構成員が見たって噂で巷はもちきりだよ」
「…そうか、あいつらか!」
ようやく得心が行った。
あのときタイシャクを俺たちに擦り付けていった奴らだ。
後で戻ってきて、俺たちの戦いを見ていたのだろう。
罪悪感から…なんてことは多分無く、少しでも弱ったところを狙うか、あるいはこちらが狙われている隙に殴り掛かる心積もりだったに違いあるまい。
にしても、自分で横殴りする奴の悪辣さを偉そうに講釈しておいてこの体たらくとは…腑抜け呼ばわりされても仕方ないな。
「あんただって知ってるだろ、あそこのギルマスがゲイングニュルにご執心だったのは。なら、所在がはっきりした今手に入れようとするだろうさ…どんな手を使ってもね」
だから誘拐した…というわけか。
「通報は?」
彼女は首を横に振る。
「今のところはまださ…まだ一冒険屋の証言だけだからね。王国からすりゃ、国一番のギルドとどっちを取るかなんて聞くまでもなかろうよ。うちとしても、最低でも被害者当人からの通報が無いと動けないね」
俺は舌打ちする。
被害者を助けるのに被害者の深刻が必要とかふざけてるにも程がある。
そもそもゲフィ当人が通報できない可能性もあるではないか。
今日話したように、今のあいつなら下位構成員程度ならあっさり返り討ちにできるだけの地力はついている。
それが大人しく捕まったのは、魔法で昏睡でもさせられたか罠に掛かったか…いずれにせよ、抵抗すらできない状態におかれていると考えたほうがいいだろう。
「無論警備兵には連絡は入れてあるけど、あの子と今一番親しいのはあんただし、この件はゲイングニュルについても絡んでくるだろうからね。だからまずお前さんに状況を確認してきてもらいたい。これは指名依頼だよ」
そこまで情報を吐き出したグマに、俺は鋭い視線を向けた。
「そりゃありがたいこって。だが…何故俺に? 酒場は基本、冒険屋同士のいざこざには無介入のはずじゃないのか」
その疑問に、静かな声でグマは答える。
「ああ、その通りだよ…本来はね。ただし、何にでも例外はあるってことさ」
「例外、ねぇ…」
「あんたを選んだ理由は、あんたなら見識と武力どちらも信頼できるし、何より被害者と知らない仲じゃない。因縁ある冒険屋同士のいざこざという形なら、どこにとっても角が立たないってことさ」
「依頼主は?」
「それは言えないね」
国内最大のギルドが、ゲイングニュルを得ようと動く。
それが何の目的か、得た後何をするかを依頼者の誰かさんは確認しておきたい。適当な冒険屋を使い捨てにして確認させよう…ってところか。
「ふん…良い判断をしているじゃねぇか。さすがに利に聡い酒場の女主人様だ」
それを俺が皮肉るが、グマは黙ったままだ。
ま、女将の事情が何であれこちらとしてはありがたい情報であることには変わりない。せいぜい利用されてやろう、もちつもたれつだ。
「…最後に確認するが、盗賊でも無い俺に話を持ち込んだということは多少騒ぎになっても構わないんだな」
グマは目を逸らすことなく、一呼吸置いて答えた。
「ああ、それでいいよ。無茶するなって言っても今のあんたは聞きそうに無いしね」
なるほど…無茶するなというのは命令じゃないのか。
いざこざまで想定しているということは、KoRに一定の被害が出ることも許容するということ。
これは…グマのいう建前以外にも裏があるな。いや、あるいはそっちが本命か。
そうでなければ、幾らゲイングニュルに関わるとはいえ一人の新人冒険屋の動向を深夜にまで見張らせるなんて暇な真似するわけ無い。
ま、仮に大人しくしておけと言われていたとしても従うつもりは無かったけどな。仲間の危機に大人しくしてる腑抜けは冒険屋の資格が無いのだ。
「まあいい。手はずだが…」
しばらく俺はグマと話し合う。目的地は王城地下のかつて俺も利用したことがあるギルド専用施設だ。
「救出が無理そうなら無茶しないで捕まった証拠でも持って帰ってきておくれ。首尾よくいくことを待ってるよ。まあ、こちらも手は打っておくけどさ」
「頼んだぜ」
それだけ言うと、俺は準備もそこそこに家を飛び出したのだった。




