第26話 Turn - C
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「それじゃあ、次は明日でいいんだな」
「OK」
ともあれそんなこんなで俺たちは今後の予定を大雑把にまとめた(その際あいつの塒を聞こうとちらと思った…が、雇い主の住居まで知ろうとするのは領分を越えているんじゃないかと思い止めておいた)後、別れ際市場へ道具類の買出しに向かった。
俺たちは一週間という空白を埋めるように、他愛ないやり取りを繰り返しながらあちこち店を冷やかして歩く。気づけば昼前にはじめたはずだったのが、気の早い星がちらほら空に現れている。
「結構買ッタネ」
両手に薬瓶など抱えたゲフィが言う。俺の方も似たような状況だ。
倉庫にいきなり放り込まないのは、久しぶりに出ていた露店で安く売っていたのを纏め買いしたため、それを広い場所で分配する必要があったためである。
「そりゃまあな。幾ら死なないっつってもやられまくればそれだけ目標からは遠のくし、何よりやられ癖がついちまったら厄介だ」
「ヤラレ癖?」
「ああ。死ぬことを前提にして強い敵に突っかかることさ。最初のうちはそれでも少しは強くなれるんだが、あまり長期に渡って繰り返すととんでもないしっぺ返しがくる」
「何が起コルの?」
「記憶ができちまうのさ」
俺は荷物を持ち替え、空いた右手でとんとん、と自分の頭を突いてみせる。
「あんまりに力量がある相手に殴られつづけると、ある日突然自分じゃ認識していなくても恐怖として刷り込まれちまうんだ」
その言葉に、ゲフィはびっくりしたようだ。
「エ? デモ、ゲフィ、ソレにベガーも沢山殴ラレてるヨ?」
ゲフィが言っているのはレベリング中のことだろう。
幾ら俺がターゲッティングされていても漏れはどうしても出るし、緊張感を持たせるためあえて取ってない奴をひっそり混ぜておくこともある。
「ああ。けど、お前の場合『相手が殴ってこようとしてくる』のは見えてる。そうじゃなくて例えばだ、見えないところからいきなり殴られたらすごくびっくりするだろ?」
ゲフィはこくり、頷いた。
「見えていて殴られたなら、内心で準備ができる。一方、やられ癖が付く奴はそれがない。結果、自分でも把握できないうちにさらに心が壊されていき…最後には、一切の成長ができなくなる。相手の攻撃に無条件で怯えるようになっちまうからな」
「ナルホド…」
「まあ、まれにそれでも戦う奴はいるがな。ただ、そういうやって育った手合いは大抵間合いを掴む修練を積んでいないから、やっぱり強い相手には歯が立たない。で、手っ取り早く力をつけようとするため、横殴りとかやるようになる」
「横殴リ?」
怪訝そうにゲフィが尋ねる。
「ああ。強いボスとか相手に誰かが戦っているにも関わらず、安全なところからちょっかいを出してくるクズどものことだ」
またゲフィが首をかしげる。
「ウーン…デモ、強いボスなら手伝イはアリガタイのデハ?」
ゲフィの豊かな表情を前に、俺も知らず口が軽くなっていた。
「ありがたくあるもんかい。まず、連携も糞も無視してちょっかい出してくるからこちらの連携の邪魔になる。場合によってはなりふり構わず、取り巻きやそこらの雑魚を擦り付けてもくるから危険度が跳ね上がるんだ。それに、こいつらの獲物はボスに限らない。何より悪質なのは、本来なら報酬は倒した奴の総取りになるが、撫でるくらいの傷を与えただけでも幾ばくかの金などはどうしても持っていかれる。まれに良い物を奪われることもあるしな。最悪、こちらが殺された後で倒されれば全部奪われてしまうことにもなりかねない」
ゲフィが顔をしかめた。
「Oh…確カにソレ、良クナイね。ケド、ボス以外も?」
「そりゃ、稼ぐだけだったら無理して危険なボスとそれに渡り合える冒険屋を相手するより、確実に収入が見込める雑魚とそいつらを狩れる程度の冒険屋を相手するほうが楽だからな」
神の武器が市場に出るようになり、目ン玉が飛び出るくらいの値が付いていても飛ぶように売れた時代のことだ。
人が戦っている最中の敵を弓矢や魔法で横から殴っては安全に素材や報酬を横取りし逃亡する、そんな奴が横行していた。
倒した数だけが重要な討伐任務ならいざ知らず、そこいらの雑魚ですらやるもんだから、あまりの人心の乱れに神が怒った結果一定以上ダメージを与えた者でないと素材に一切手が出せないようになっている。
しかし、それでも弱い雑魚を狩るよりも経験値がたんまり貰えることが多いので、さっさと強くなりたい奴が手を出すことは現在もあるのだ。
無論、そんなことをされる方としてはたまったものではない。場合によっては制裁、私刑を行う奴も出てくる。
共感できることとはいえ、実はこれかなり危険な行為だ。
これは風の噂で聞いた話だが、あまりにひどい横殴りをつづけてきた奴を【脱出できない壁の中に飛ばした】冒険屋がいた。
しかし、何故かそいつの方が神の怒りに触れ、停滞者にされたという(ちなみに、一時期これは首都でかなりの話題を呼び、またその停滞者と知己だったという者も幾人もいたことからかなり信憑性が高い話だったのではないかと俺は睨んでいる)。
まったく、神よあなたは無常なり…だ。
こういう積み重ねがあったればこそ、俺は神を絶対視していないのだ。
「まあどういう生き様をしようとそいつの責任だが…お前の場合は俺が教育するんだ。そんな恥ずかしい真似をされたらよそ様に面目が立たん」
「ダイジョブ、ゲフィモそんなコトしないヨ」
ゲフィもこくりと頷いた。
お前の場合、されまくりそうで心配なんだが…まあ、いいか。
そうしているうちに、俺たちは当面の目的を達成した。
「ま、話はこんなもんで良いだろ。それじゃあ、また明日な」
「OK」
市場の外れに来たところで、ゲフィがここでというので別れることにした。
「ソレじゃベガー、マタ明日」
「…あ」
「ン?」
思わず呼び止めたが。
「…いや、何でもねぇ」
もう少し、一緒にいたい。すんでのところで出かけた言葉は、違うものとなって口をついて出た。
「? 変なベガー」
「うっせ。…んじゃ、明日な。寝坊すんなよ」
「ベガーもネ」
そういって人ごみに消えていく彼女の後姿が見えなくなるまで見送っていたが、その間妙な寂しさを覚えていることに俺は気づいていた。
「…ちぇっ、らしくねぇなぁ俺」
今日一日過ごしてみて、改めて分かったことがある。
あいつと一緒にいる時間が、楽しい。
ギルド狩りや、ペア狩りなどはこれまでにもごまんとやったし、楽しいと思うこともそれなりにあった。
だが…どうも、今回は勝手が違うようだ。
今となっては、あいつとギルドを組むのもやぶさかではなくなっている。
それがどういう感情から来るものなのか答えが出せないまま、後ろ髪を引かれる思いを残して俺はきびすを返した。
もし、このとき俺がもう少し冷静だったなら、あいつの後を尾けるようにして動いていた連中にも気づけただろう。
だが実際には気づかないまま俺は暢気に呟いていた。
「ま、明日も会えるか」




