第25話 Turn - B
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数分と掛からず大聖堂の裏にある墓地に息せき切って到着した俺は、辺りをすばやく眺め渡す。
「ゲフィ!」
尋ね人は――いた!
墓地の真ん中にある井戸。その傍のベンチで所在投げに足をぶらぶらさせていたゲフィは、俺の声にはっと顔を上げる。そして、俺たちは互いに駆け寄ると思いの丈をぶちまけた。
「今までどこほっつき歩いてたんだゲフィ!」
「今まで何シテタのベガー!」
ほぼ同時に、俺たちは同じ意図の質問を相手に投げかけていた。
「…ん?」
「…エ?」
一拍、沈黙が墓地を支配する。
それから小一時間もの間、俺たちは互いの誤解に基づいた討論を行った。
その間の俺たちの無為なやり取りを、改めてくだくだしく書くこともあるまい。
端的にまとめてしまうと、死亡後の選択について言及しておかなかったため、ゲフィは死亡後うっかり選択を誤って首都まで戻ってしまったのだとか。
「トいうか、私も聞きタイことあるヨ。何でベガー、あのトキ戦ッタ? 何故逃げナイ? アイツ危険、ダカラ見つかったら逃ゲル言ってた!」
「ああ…」
何だよ、一応覚えてたのか。
「いやだって、お前あのとき完全にパニックになってただろ? 落ち着いた今だから逃げるべきだったって言えるけど」
「ソレは…」
「だから、お前が冷静さを取り戻すための時間を稼ぐつもりだっただけだ。俺一人で倒すなんて気はさらさらなかったし」
「…モシ、冷静ニなれなかったらドウシタの?」
ちょっと考えて俺は答えた。
「ぎりぎりまで粘っても間に合わないようなら自分ひとりで帰ってたさ」
「嘘バッカ」
「嘘じゃねーよ」
「ホントに帰る気ダッタラ、ゲフィ殺して帰ればOKだったヨ。どうして見捨て無カッタ?」
「そりゃあもちろん」
冒険屋なんて商売は信用が第一だ。
「お前を見殺しに出来なかったからな」
「エッ」
依頼主をさっさと見捨てるような奴だと知られたら、この界隈では仕事がもらえなくなるからな。
「…あん? 何か顔赤くないかお前?」
「ナナナ、何デモ無い! ト言うカベガー、全然アテにナラナイ! 約束破るシ、待ってモ来ナイシ!」
「な、何だよ、急に怒るなよ…」
結局、これまでにそういう経験が無く順調に育成してきたことで失念していた(そして取り乱してすぐに酒場に連絡をつくことに思い至らなかった)俺がすべて悪いということで一応の決着をみたのであった。
「トいうワケで、ゴメンナサイは?」
ゲフィの分別くさい口調に内心癪に障りながらも、反論する余地の無い俺は不承不承頭を下げた。
「へいへい、悪うござんしたっすね」
何で最善を尽くしたのに謝らないとならんのか。世の中は理不尽で出来ている。
そのおざなり極まりない謝罪に、ゲフィは
「オーケー。ソレじゃ許スネ」
にこにこ笑いながらようやくお許しを出してくれた。
「…なんだ? 何か妙に機嫌いいな?」
「ベガー、何だかんだでチャンと来テクレタからネ」
「あぁ? あたりめぇだろ、曲がりなりにも雇い主をほっぽって…あ」
そこまで話してゲイングニュルのことを思い出した。
「そうだ、忘れてた。これ返すわ」
そういって倉庫からゲイングニュルを取り出しかけた俺の手を、ゲフィがそっと制した。
「ノー」
「はぁ?」
思わず耳を疑ってしまう。
幾らこいつが度を越した世間知らずといっても、ゲイングニュルが半端無い価値を持つ武器だってことくらいは知っているはず。
そういうと、ゲフィは大きくうなずいた上で、けれどと前置きして言った。
「ソレ、三つ特殊な能力アルんダよ」
ゲフィ曰く。
一つは、一定の条件下か、莫大な精神力を費やして強力無比な神兵の軍勢を呼び出す(ちなみに今の俺の力量ではどちらも無理っぽい)。
一つは、使用者が窮地に陥った際、能力を大幅に底上げしてくれる。俺がタイシャクとタイマン張れたのもこの能力のおかげだろう。
そして最後は、この槍自体が意思を持つ。
「ほーん?」
俺は最後のに殊更興味を持った。
「武器に意思、ねぇ。そんじゃあこいつとお喋りできたりするのか?」
実際に武器に話しかけてたりした日には、アブナイ人にしか見えないけどな。ゲフィが槍に向かって一人朗らかに話しかけている光景を想像してして俺は危うく吹き出しかけた。幾ら浮世離れしたゲフィもさすがにそこまでは…
が、俺の軽口にゲフィは怒った風も無く、逆に寂しげな微笑を浮かべて頭を振る。
「ソレ無理ダタ」
てことは、実際に試したのか。しかも声の調子からするとどうやら本気だったらしい。
「あー…なんだ、その」
マジかぁ…
ゲフィ、本当に寂しい奴だったんだなぁ…。
偶然とはいえ真剣にしたことを茶化した形になってしまい、ばつが悪くなった俺は話題を変えることにした。
「そういえばなんでお前、こんなすごいもん持ってたんだ?」
「倉庫に入ッテタヨ」
「…ん? 最初からあったってことか?」
ゲフィはこくりとうなずいた。
「えぇ…なんだよそりゃ? 聞いたことねぇぞ?!」
俺も冒険屋となって久しいが、如何に守護者から愛される奴であっても神の武器が直接倉庫に入れられていたなんて事例は一度も聞いたことが無い。しかもそれが、よりにもよって伝説級の武器とか異様にも程がある。
しかし、ゲフィは口を尖らせ尚も断言した。
「でも、ホントに初メテ倉庫空ケタトキからアッタヨ」
「ふぅん?」
…ひょっとしたら、超々低確率で手に入った希少な例ってことなのかも?
宝珠も、俺には真偽を確かめる統べが無いが報酬で貰う物以外は倉庫にいつの間にか入っているともっぱらの噂だし…何より、どこか浮世離れしているゲフィならひょっとしてありえるかもと思えてしまえる自分がいる。
「…ま、いいや。何はともあれ、そういうことだと思うことにするわ」
重要なのは実存している、というただ一点だし。
「ソウシテ。アト、サッキ言イ掛カケタけど、ソレはベガー使ッテクダサイ」
「うぇ?!」
ゲフィの申し入れにはただただ驚かされるばかりである。
えええ?
伝説の槍だぞ伝説の。
神の武器に手を出す冒険屋なら、誰もが喉から手が出るほど欲しがるシロモノだ。
しかも契約上のつながりがあるとは言え赤の他人に何の保障も無くぽんと渡すとか、常軌を逸して余りある。
大体、そんなこと言われたらさっきまで理念で無理やりねじ伏せていた所有欲がまたぞろ湧き上がるじゃないか。
しばらく何といって言いか迷った俺は、かろうじて三文字搾り出すにとどめた
「…いいの?」
俺としては自分の金を出して買ったわけではない物を使うのには抵抗がある。だが、こいつは金を幾ら積んだとしても手に入るとは言えない…いや、今後俺が一生をかけてシャカリキに稼いだとしても絶対無理と断言してもいいお宝だ。手放すのに迷いが無い奴がいるわけねぇ。
「ウン」
だが、こいつだけはあっさり頷いた。
「ゲフィじゃ使イこなせナイよ。ソレに他ノと同ジデ、元々倉庫に転ガッテタ物ダシ。ソレラもマダ使イコナセナイのに持ッテても無駄ね」
「お、おう…」
「セメテ見タ目可愛イなら迷ッタケド」
てことは他にも見た目重視な神の武器がまだまだ倉庫にあるのだろうな。だがそれにしたって…なぁ。
「はぁ、さいですか」
こういうところ、つくづくこいつは大物だと感心する。
「…ま、そんじゃあありがたく使わせてもらうわ」
なんかもう、色々考えるのがめんどくさくなってきた。
こうなりゃ後になって返せと言われたときにでも改めて考えれば良いや。
代わりに今度、何かこいつの好みに合いそうな装備を渡してやろう。ここが俺の心の平安との妥協点だ。
「ア、デモそのカワリ」
「ん?」
「ヒュペルボレイオス、チャンと連レテッテクダサイヨ?」
「ああ、なんだそんなことか」
不安げに言うからどんなことかと思ったが拍子抜けだ。
「当たり前だろ、ちょっとゴタゴタが起きたがこっちは元よりそのつもりだ。だからこそ探し回ったんだしよ…というかそこまで言うならもう少しペース上げるか」
ゲフィはたじろいだ。
「…その槍使ッテ、もっと楽デキマセン?」
「でーきーまーせーん」
即答した。
「確かにありがたく使わせてもらうとは言ったが、俺はずっと持って歩くつもりも普段使いする気も無いぞ」
「ドウして?」
「良いか、あんな身の丈に合わない力に頼って強くなってもそれは表層的なもんでしかねぇんだよ。武器を使うのは所詮人だ。槍の能力におんぶに抱っこでいつづけたら、格下を相手にしつづけるならともかく格上と戦うときにボロが出る。スキルだって、発動自体は簡単に行えても間合いやタイミングは自分の身体で把握していないとろくに使えないだろ」
もごもご何か言いたそうにしていたゲフィだが、やがて反論を諦めたのかおとなしく頷いた。
実際、自分がこの槍を持っていてもタイシャク相手に渡り合えるとは思えなかったから、飛び掛ったりせずわざわざ同士討ち狙いなんて回りくどい真似して渡してきたんだろうし。
…ずいぶん思い切った手ではあるが、こういう見切りの良さはゲフィの冒険屋としての資質が優れたものだと俺は思う。口にすると図に乗りそうだから内緒だけど。
「ヒュポレボレイオスは雑魚ですら今の俺たちより強い。お互い地力を付けなきゃ…ろくに進めずお陀仏だ。デスペナを重ねると、それだけ挑戦する時間が延びるのはお前にだって分かるだろ。何でもそうだが、急がば回れって奴だ」
そうやって説き伏せたところ、不承不承といった体ではあるが納得してくれたようだ。
「…ワカリマシタ。マダマダ地道なレベリング必要って事ですネ…ハァ~~~」
でかい溜息だな。
「あ、そういえば」
どうせ気落ちしたついでだ、そういえばもう一つ。
「あと、その格好だが…お前、男装してたんだな。ちょっとびっくりしたぞ」
指摘され、ゲフィははっとした顔になる。
「ア…ウン。……モシカシテベガー、怒ッタ?」
あの時、成り行きとは言え胸を見られたことで怒るかと思ってたが、逆に問われて俺は面食らった。
「あ? 何で?」
「騙シてたカラ…」
「騙して、ってことはあえてしてたんだな。なんでまた?」
ゲフィはうつむいた。
「前酒場覗イタとき、女性バカリ声掛ケラレテタの見タカラ怖クテ…」
あぁ…なるほどね。それだけで何となくだが察した。
確かにこの世界…新人、しかも女と見ると「守ってやるからあわよくば深い関係になりたい」と下心を持って接する奴は幾らでもいた。酷いのになると、「絡むチンピラ役と実はグルでした」なんてこともザラだ。
おおかたそういう手合いが怖かったから、冒険屋を雇う際にも舐められないようにという心積りでいたが、言い出す機会を失ってずるずるときてしまったってとこか。
さしづめ、あの似合わない装備の見本市もハッタリ(いや、自分を奮い立たせるためかも?)のつもりだったんだろうが、結果的に優男だから与し易しと見られるだけの逆効果でしかなかったのは世間知らずが故だろう。
ともあれ、事情は把握した。
「いや、別に? というか自分の身を守ろうとした考え方自体はいいと思うぜ。ただ、方向性が明後日に突き抜けていたけど」
「…怒ラナイ?」
「何でだ? 性別変えるくらいなら…ほれ」
そういうと、俺は商人に変身した。
「ア、アノ時の!」
口をあんぐり開けて驚いていやがる。やっぱり気づいてなかったか。
「あの馬鹿二人だって、俺がこんな格好していたから油断してただろ。重剣士の格好で行ったら警戒されてもう少し面倒になってただろうな」
言いながら再び重剣士に戻ってみせる。うん、この方がやっぱ馴染むわ。
ところでゲフィさんや、何でちょっと残念そうな顔してるんですかねぇ…
「騙すっちゃあ人聞き悪いが、性別や見てくれを変えて、敵を自分の戦いやすい条件や環境に持ち込むのも立派な戦術だ。だから別にそんなことくらいで怒りゃしねぇよ」
そういうと、ゲフィは明らかにほっとしたようだ。
「ただ、これからは男装しないほうがいいかもしれないぞ。高レベル帯では女性用の防具の方が高性能なのが増えるからな」
というよりこの世界、全体的に見ても女性用の武器防具の方が圧倒的に多い。特に年末年始の祭り時や、夏の水着は右を向いても左を向いても女性物ばかりだ。
オマケにそういう、生地が少ない奴のが防御力マシマシだったりする。
なんでだろうな。
「どうしても使いたい武器や防具があって、それが男性向けってんなら今のままでも構わんけど」
「…ベガーはドウ思ウノ? ヤッパリ女の格好のホウが良イ?」
「え、俺? なんで?」
…どういう意味だ?
さっきも言ったように好きな格好があるならそっちをメインにしたらいいだけの話なんだが。
真意を測りかねてちょっと考えた俺は、ようやくゲフィが何を気にしていたのか思い至った。
「ああ、なるほどね」
「!」
「別に今更もうそこいらの連中を警戒する必要も無いだろ? 今のレベルなら前の奴らにちょっかい出されても返り討ちにできるだろうし、俺の意見は特に気にしなくていいよ」
自分の力量がどれくらいか分からないから、俺の意見を参考にしたかったのだろう。
うむうむ、冷静な視点で自分を見つめなおそうと考えるのは良いことだ。強くなっていると実感している最中は往々にして下駄を履いて見積もりがちだからな。
自分の見事な推理に感心して、さらに褒めようとした俺はようやくゲフィの白眼視に気づいた。
「あれ、なんで?」
ゲフィは呆れたような視線をゆっくりはずし、頭を横に振る。
「…ハァ~~~…」
何か言いかけようとしたものの、たっぷりした間をおいて飲み込み代わりに嘆息した。
え、どんだけ呆れてくれてんのお前。
「何だ、何か俺変なこと言ったか?」
「……ハァ~~~~~~…」
そう尋ねるともう一度、今度は俺に見せ付けるようにして殊更大仰に溜息を吐いたのだった。
だから何、そんなに俺変なこと言ったか?
うーむ、若い娘の考えることはよく判らん。




