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第23話 Development - J

 俺は恐怖に駆られた感情を理性で無理やり押さえ込む。

 ボスにターゲッティングされた以上、どこまで保つかわからねぇが少しでも足止めをするのが俺の役割だ。


 覚悟を決め、手早く最低限のボス用の装備に換装するとゲフィの前に出る。


 まずは鎧を『邪鎧:ブラックレネゲイド』に。

 こいつは素の防御力は低いが、物理ダメージを無効化する。

 次に盾はおなじみの『ギュルファギニング十周年記念盾』。ゲフィにくれてやった分以外にまだ5個ほどとってあって本当によかった。

 アクセサリを、回復系含む状態異常を全部無効化する『ムッコウス』と装備破壊を50回まで防いでくれる『まもっちゃうおじさん』へ。

 そして武器は『【妖槍シメサバ丸】』。これは呪われてHPが回復しなくなる代わりに高い確率でオートカウンターが発生する。

 いずれもB級・C級装備なため、お値段据え置きで大変リーズナブル。奥様方もご家庭に1セット、いかがですか!


 HPが一切回復しないという一見悪手に見える装備だが、どっちにしろかすり傷を負った時点でこちらの負けなのでこれで構わない。

 また、オートカウンター持ちで当面は即死や石化などの致命的な状態異常からは防げる…が、支援が無いから、武器や防具が破壊されてそこからあっというまに押し切られるまでには一分も掛かるまい。


 だが今は、その一分こそが喉から手が出るほど欲しいのだ。


 ここまでで、タイシャクは俺たちと指呼の間にまで迫っていた。


「ぼっとしてんなっ!」


 俺はそう叫びながら右に握る槍の柄でゲフィを突き倒し、返す刀でその首を切り離さんと差し迫っていたタイシャクの剣を受け止めた。


 その間にさっと周囲の状況を把握する。

 取り巻きは他の奴らとでも遊んでいるのか、幸いどこかに引き剥がされたのだろう。

 これだけは唯一ツイていた。取り巻きと一緒にたこ殴りにされたら、命が幾らあってもたりゃしないからな。


「ほう。今度の対手は幾分骨があると見える」

「そいつぁどーも」


 タイシャクがにやりと口元をゆがめる。

 だが、こちらはそれどころではない。受け止めた手がびりびり痺れているのを表に出さないようにするので精一杯だ。


「だがあんまり期待されても応えらんねーと思うぜ」


 そう言ったのにも関わらず、何が気に入ったのかタイシャクは機嫌を良くしたようだ。


「ふふ…和光同塵。激しい闘争こそ我が欣悦きんえつ! さあ弱き者よ、わずかなりとも我が無聊を慰めてみせよ」

「だからそんな余計な期待、迷惑だっつーの!」

「まずは小手調べだ、脆弱なる人間よ! 我が神技、受けてみよ! <<六峰千華>>!」


 タイシャクは複数の右腕をさっと振り上げ、激しい攻撃を繰り出してきた。


「くそっ! <<カウンター>>! <<連続攻撃>>! <<カウンター>>! <<後の先>>! <<燕返し>>! <<カウンター>>!」


 続けざまに防御系のスキルを使い、どうにか攻撃をしのぐ。


「くくっ、やるではないか。そうだ、それでいい」


 だが、余裕一杯のタイシャクと違い、こちらは既にこれだけでどっかり疲労が圧し掛かっている。実戦から長く遠のいていた代償がここに来て出ているのだろう。


 判っちゃいたが、やはり長期戦はできそうにない。


「ゲフィ!」


 小さく呼吸して酸素を確保すると、俺は手短に指示を出した。


「逃げろ!」

「エッ?! デモ、ベガーが…」

「命令だ!」


 転送しろ、そう言う前にタイシャクの持つ無数の剣、斧、棍、戟…あらゆる武器が襲い来た。

 それらを受けるたび、しゃりしゃりと細かい金属音が鳴り響くと同時に氷霧のようなものが巻き起こる。もちろん冷気由来のものではなく、俺の武器が奴さんの余りに速い斬撃によって細かく削られているために起きたものだ。


「貴様の精魂が尽き果てるが先か、愛槍が果てるが先か。果てさて、見物よのう」


 タイシャクがにたり、と笑う。この野郎、楽しんでいやがる…!

 それに気付いた俺の背筋を冷たい汗が伝った。


 こいつ、逃がす気がねぇ。


 もしここで転送の準備でもしようものなら、即座に首を飛ばしてくるに違いない。

 首が飛ぶだけならただの死亡扱いで済むが、恐らく状態異常もてんこ盛りのはずだ。

 というか、早いか遅いかの違いだけで、どちらにしろ俺を待ち受けているのは死。


 大赤字、確定である。


 ああもう、畜っ生、今日は大厄日だ!


 内心で毒づきながら、俺は尚のこと必死にタイシャクの太刀筋に喰らいつく。


「ほう、まだ我が斬撃をここまでいなすか。久方ぶりだな、これほどの猛者と死合うたのは。惜しむらくは武器、仲間の何れにも恵まれておらぬことよ」


 タイシャクの剣速が更に速度を増した。手にしている槍の柄から、べきべきとひっきり無い音が聞こえてくる。

 だめだ、このままだとまず先に槍がへし折られる!


「はやくっ!」


 もう、俺は自分の身を守るので手一杯でもはやゲフィの方を確認する余力も無い。


 だから、ゲフィが何をしようとしているのか、気付かなかった。


「ベガー、思イ切リ突いて!」


 その言葉の真意を考えるより早く、俺は言われたとおり力の限り槍を振る。


 直後、ぞぶり――ぼろぼろの穂先から柔らかい肉を断つ感触が伝わってくる。


「…ほぅ」


 そして、視界を染める紅。


「…あぁ? あ?」

 俺の砕けかけた槍は。


「ベ…ィガ……」


 剣を引いたタイシャクとの間に飛び込んだゲフィの簡素な胸当てを根元まで貫いていた。

 一呼吸置いて、背後からの太刀が鎧を断ち割った。


 ピキピキ、パキリ。


 罅が前後でつながる。砕けた鎧の隙間からむき出しにされた純白の双房の中間を、衝撃で砕けた白刃の欠片、そして血飛沫が瞬く間に染め上げていた。


「え? おま、え? 何して…?」

 それは、かつての記憶――石喰い鬼の巣穴で後に友と呼んだ女騎士に庇われた光景をフラッシュバックさせた。


「ソレ…使ッ、テ」


「ふん、女が水を差しおって。失せろ」


 開いた口から迸ろうとする血を飲み込み、かろうじてそこまで口にしたゲフィをタイシャクは無造作に振り払う。その衝撃で、シメサバ丸は柄から完全に砕けてしまった。


「これで武器がなくなったようだが…む?」


 ここで視線を戻したタイシャクは、ゲフィの行動の意味をようやく理解した。


「…なるほど、味な真似をする」


 俺の手には、真新しい――そして、見たことも聞いたことも無い――槍が握られていた。


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


 それからのことは、あまりよく覚えていない。


 護るべきはずのゲフィに庇われてからというもの、俺の脳みそは一刻も早く彼…いや、彼女を助けることで一杯になっていた。


 切っ先が霞んで見えるほどの高速で繰り出されるタイシャクの攻撃。だが、それが何故かよく視える。


 恐らくは槍の持つ加護の力なのだろう。


 敵の攻撃を冷静にねじり受け、払い、弾く。ありえないほど細い防御の間隙を縫って薙ぐ、突く、抉る。振れば振るほど俺の意識は研ぎ澄まされていき、集中を一層深めていく。

 まるで俺の五感が槍と同化したかのようだった。


 …気付けばぼろぼろになったタイシャクが俺の前で膝を付いていた。


「ふふ…良き闘争であった」


 その言葉に、俺は首を振る。


「冗談は止してくれ。俺の力じゃねぇよ」


 苦々しげに応える俺に向け、タイシャクは気にした風も無く言った。


「先の無礼を詫びよう。貴様は武器にも、仲間にも恵まれておった」

「仲間はともかく…武器?」


 つづくタイシャクの言葉に、俺は仰天した。


「それなるは『神槍ゲイングニュル』。我もはじめて見る。そのような武器を携えた猛者との心行くまでの闘諍――実に至福の時間であった」

「ゲイングニュル? これが?!」


 確かに、不思議な力があるのは俺でも判る。だが、何故それが今、ここに?

 聞きたいことは山ほどあったが、タイシャクはここまでのようだった。


「時が惜しい。戦士よ、これは我を一騎打ちで斃した褒美ぞ。受け取るがよい」


 そう言うと、手をゆっくり差し伸べる。何だろうと掌を差し出すと、握りこんでいたものをぽとりと落とした。


 幅広の両刃剣だ。


 剣身に刻み込まれている戒の字を見て、俺は仰天した。


「これは…まさか、『剛烈剣』!?」

「左様。貴様なら、それで我を愉しませる使い方をできるであろう。決して死蔵などというつまらぬ真似はしてくれるなよ」


 剛烈剣は低確率で壊れるもののタイシャクを何回も手勢として使役できる(しかも噂によるともっと滅茶苦茶な使い方もできるらしい)ため、ギルド戦を行う奴にとっては垂涎のアイテムとして取引されている。需要が供給にまったく追いついていないため、ボスが落とすアイテムとしてはノーイ・ラーテムに並ぶほどの高値がつく代物だ。


 もちろん俺も今回が初入手だ。


 これが、こんな形で手に入ったんじゃなければ狂喜乱舞していたところだが…


「また…一対一で死合おうぞ……ああ、好き日じゃ、好き日じゃ……」


 こうして用件を済ませたタイシャクの巨躯は、光の粒子となって天に帰っていく。


「冗談じゃねぇや」


 金輪際、あんな化け物とタイマンなんざごめんだってーの。俺は戦うのが好きなんじゃない、生きて帰るのが好きなんだ。

 タイシャクの末期を見届ける前にそう吐き捨てた俺は、ゲフィを蘇らせるべくそちらへ駆け足で向かう。


 もうへとへとにも関わらず、とどめのタイシャクからのラブコールでいい加減うんざりしていた俺は、だからこちらを伺う視線にまったく気付いていなかった。

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