第22話 Development - I
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「…ベガー、コレ被ラない、ダメ?」
ゲフィは俺から手渡された帽子に一旦目を落としてから俺、そして俺の頭上を見る。そして、ぷっと笑いをこらえた。
「ダメ。良いからそれちゃんと被れ」
そういう俺の頭上には、青地に黒い点々がまばらにちりばめられている。
件の帽子は、俺の頭上にもすでに装着済みというわけだ。鏡で見れば、坊主頭を模したカツラを被ったうだつの上がらないオッサンに見えることであろう。
無論この格好は、俺の趣味では断じてない。
こいつは『石くれ帽子』というアイテムで、能動的な行動(ゆっくり移動するだけなら構わないが、走ったり装備を変えたりはおろか、小声をあげる程度でもその範疇に含まれる)を取らない限りはボスモンスターからターゲッティングされない特殊アイテムなのだ。範囲魔法には無力なものの、ギルド戦の見学や敵地の潜入偵察などにはうってつけの代物である。
「言っておくが、お前がそれ被らないと俺まで巻き込まれて死ぬんだからな。行くなら絶対につけてもらうぞ」
「Oh……」
そういって無理やり付けさせる。お返しに、付けた奴に向けてぷっと吹き出すことは忘れないでおいた。
そんなこんなで下準備を終えた俺たちはゆっくりチェックしながら前進する。
「イナイネ…」
雑魚は、ボスの気配に圧されてかほとんどいない。いたとしても、巻き添えを避けてかそそくさと逃げていく。
その様子に、俺は否応も無く緊張感を高めていく。ボスは――近い。
そして、俺たちのところまでそれが聞こえてきた。
「蹂躙せよ! この空間を我らが眷属のものとするのだ!」
取り巻きを呼ぶ怒号が、十分に離れているはずのここまで空気をびりびり奮わせる。
「やっぱりこの辺りのボスは尋常じゃねぇな…」
冷や汗を拭い、俺は一人言ちた。久しい感情――恐怖が胃の腑を駆け上がる。
このとき感じた威圧感、危機感を、俺はもっと真剣に受け止めるべきだったのだ。
「アッ」
最初に発見したのは、ゲフィだった。
周囲の雑魚を確認していた俺より先に、ゲフィはこちらに向け駆けてくる一団とその背後に迫る大巨人を見て声をあげる。釣られて見た俺も、思わず表情を変えた。
「アノ人タチ!」
「ちっ…」
だが、理由は違う。
ゲフィは、先頭を走ってくる二人に見覚えがあったから。
そして俺は、そいつらの掲げる紋章が、よく見知ったものだったから。
ドラゴンを内包した円をぶっ違いにした二本の聖剣…ナイツ・オブ・ラウンドの旗印。
俺にぶちのめされてから、はもチン君たちは追いはぎから有名ギルド員へ運よく転職できたらしい。
「あっ、お、お前ら!」
そして、尚悪いことにボスを連れてきた二人もこちらに気付いた。
二人は顔を見合わせ…
なんと、一言も無しに転送しやがった!
「くそっ、あの糞野郎どもが!」
思わず毒ついた。
まずい、こいつはまずい!
ターゲットを見失ったボスは、本来なら徘徊するのだが、直前にゲフィがあのバカ二人に気付いて反応してしまったことで帽子の効果は切れてしまった。
そして、周囲に他の人はいない。
なら、次にボスの取る行動は決まっている。
当然、タイシャクは標的を見失う。所在無げに辺りを見渡していたが、すぐにこちらを向き、吼えた!
「おい逃げるぞゲフィ…ゲフィ? しまった!」
言いながら転送しようとする…が、ゲフィの方を見た俺はその手を止めた。
ゲフィの奴、今の咆哮の影響を受けて固まっちまってる!
一部ボスの中には、低レベル冒険屋の動きを金縛りや威圧などで完全に制限するスキルを持つ奴がいる。タイシャクも持っていたことは知っていた…が、直接攻撃の印象が強すぎたこと、そして戦わなくなって久しいことですっかり失念していたのだ。
これは完全に俺の采配ミスだ…
どうする?!
俺の冷静な部分は、『ここでゲフィを見捨てて転送すれば俺だけは助かる』と囁く。
そして更に、『ゲフィだって馬鹿じゃない、危なくなったら俺と同じく転送するはずだ』、『俺と違いゲフィは基礎レベルが低いからあっさり死ねる分安全だ』…
「…ちっ」
そこまで考えた俺は頭を振ってその考えを打ち払う。
何を考えてやがる俺は!
ゲフィはズブの素人だぞ!!
今の奴は動けない。
いや、仮に動けたとしても突然のことで頭が真っ白になっていて、まず間違いなく転送するという選択肢が思いつかないはず。つまりは、見捨てるイコール見殺しは確定だ。
そして、基礎レベルが低いからあっさり死ねる?
だがもし、万が一死ねなかったら?
こんな助けに来るのもダンジョンの奥深くで、状態異常に苛まされて死ぬに死ねずに過ごす?
…停滞と変わらない生き地獄が待つわけだ。
「しゃあねぇ…か」
これは、前もって万が一の事態に備えておかなかった俺のミスだ。ここで雇い主を見捨てるようじゃ今後の仕事に差しさわりが出ちまう。
尻拭いもプロの立派な仕事だ。




