第21話 Development - H
そうと決まれば善は急げ、一旦俺たちは町へ戻ると荷物を改めて整えると、首都正門前でたむろっていた流れの転送屋を見つけてヨモツまで向かった。
一足先にポータルゲートへ飛び込んだ俺は軽いめまいをこらえ、降り立った先で周囲をざっと確認する。眼前には、不気味な赤い鳥居とその奥にぽっかり口を開いている洞窟の入り口が見えた。
「うん、ばっちり注文どおりだな。あいつの名前、聞いとけばよかったな」
今は人口が減って転送陣を出してくれる奴も減ったが、昔は身包み剥ぐため自分たちのギルドのアジトへ送り込んだりする性質の悪い奴もいたもんである。
末端のギルド員がそれに引っかかったので、上位メンバー総出で乗り込んでケチョンケチョンにしてやったこともあったっけ。
最後は首都のど真ん中で「私たちはポータル強盗です」と書いた札を貼り付けて晒し者にしてやったが、いやああれは楽しかったなぁ。
「ワォ」
昔を懐かしがっていると、遅れてゲフィもやってきた。
「ヘイ、ベガー!」
「だから俺はベガーじゃなくベイカーだって…」
「凄イ、凄イネ! ウメ、凄イネ!」
「お、おぉ…?」
「甘イ香リ! 色モ綺麗!」
めっちゃテンション高いなおい。
「お、ぉう…」
ちょうど花真っ盛りで、周囲を埋め尽くすウメの花に感動したようだ。というかその喜び様、お前子供かよ…。
ま、これで機嫌が直ってくれりゃ安いもんだ。ウメの花様様である。
「ほれさっさと行くぞ。時間が勿体無い」
未だ興奮冷めやらぬゲフィを半ば引きずるようにしてダンジョン内を潜っていく。
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………………
…………
階を下へ深めるうち、ゲフィも段々落ち着きを取り戻してきた。というか、周囲の洸量が目に見えて落ち暗くなってきたことでテンションががた落ちしている。
「オゥフ…暗クテジメジメシテ、不気味ネ…」
「まあなぁ。ここもエデンとかと同じあの世という話だが、こっちゃ悪人の行く先という違いがあるからな」
俺の後をついてくるゲフィの足音が心持ち早くなった。
「よし、この辺にするか」
俺が拠点に決めたのは、最下層の階段から見てもっとも南西の小さな三叉路だ。
「ドウシテココ? 狭いヨ? 入リ口の方、モト敵いるヨ?」
ここに至るまで、狩る予定のモンスターを何度か相手したがいずれも問題なく倒せているのは確認済みである。
その方が釣り出す手間が省けて効率が良くなると言いたいのだろう。
「その通りだが、わざわざこんな狭いところを選んだのはボスが現れてもすぐに逃げられるためだ」
ここのボスはアホほど強いから逃げるのが最善手だからな。
「階段付近は広くて雑魚の数も多いけどよ、代わりにボスが現れた場合下手に逃げると周りに大きな被害が出ちまうからな。今は他の奴らを見かけないが、それでも万が一に備えて配慮はしておかないとまずいのさ」
「ナルホド!」
「まあ、そうは言っても自己満足でしかねーけどな。気にしねーで逃げる奴も幾らでもいるし」
ゲフィはぶんぶんと首を振った。
「ウウン、イイ思ウ! ベガー、ナイスガイ!」
「お、おぅ…」
こういうときストレートに尊敬をぶつけてくるのはこいつの美点だな。照れくさくはあるが、悪い気はしない。
「あんがとさん。ま、褒めたところで厳しくいくことは変わりねーけどな」
ゲフィの顔があからさまにがっかりした。現金な奴め。
「さ、そんじゃ時間も惜しいし狩りはじめるぞ」
しかし、狩りはすぐに中断する羽目になった。
「…ン?」
最初に異変に気付いたのはゲフィだった。
「ヘイ、ベガー」
「おい、集中しろよ。こいつ結構しぶといんだから…」
「ノン! ベガー、何カ…聞コエルネ?」
「ちっ、集中しろってのに…」
齧り付いて来る最後の餓鬼を盾で受け止め、突き飛ばして体勢を崩したところで胸に槍を突き込む。消えたのを確認したところで嗜めようとした俺も、ようやくゲフィの指摘した喧騒に気付いた。
魂消る悲鳴。風を切り裂く音。そして、幾重にも重なる独特の剣戟音。
「こりゃ…ボスだな。しかも剣戟の音が複数重なってるのからして、恐らく『タイシャク』だ」
「ジャア逃げる…?」
俺は黙って首を縦に振る。
ここにいるボス【十天闘神】の一柱であるタイシャクは直接攻撃専門のボスで、実は討伐メンバーの数が揃ってさえいれば比較的狩り易い部類のボスだ。
だが、反面人数が少ない場合はほぼ詰む。
特に俺たちのような少人数にとっては非常に危険な相手だ。
何せ高精度カウンターをはじめとして連続攻撃からの高確率の首切り・武器&防具破壊・麻痺・盲目・混乱・ドレイン・石化・弱体化・樹木化・毒・恐怖などなど……とにかく一つかすり傷でも負おうものなら、あっという間に状態異常の雨あられで押し切られてしまう。
特に厄介なのが、死ねなかったときのことだ。
さっさと首を切られるなんてのは実はかなりの幸運で、腐敗や石化、樹木化などの重度な状態異常を貰った場合は死に戻りが出来ないにも関わらず治療にべらぼうな金が掛かってしまう。到底割が合わない。
よしんばそれらを喰らわなくてもレベルドレインされた日にはこれまでの苦労がごっそり無駄になるし、装備も一撃もらった時点でほぼ確実にぼろぼろにされる…と、とにかく刃を合わせること自体が危険な相手なのだ。
ちなみに倒す場合の対処法としては、あらゆる対策を施した前衛が攻撃を受け止め、それを後衛が支援しながら魔法で叩き潰すのがセオリーなのだが…無論、俺たちには無理。
「…どうやら魔法の音は聞こえねぇな。いないか、或いはもうやられたか…いずれにせよ、今戦っているのはとんだヘボだな。この調子なら、全滅するのも時間の問題だろうよ」
「Oh…」
あっさりそう言い捨てたのに対し、ゲフィは釈然としないようだ。
助けようとか寝ぼけたことを言い出す前にあらかじめ釘を刺しておくことにする。
「言っとくけど、助けようとか決して思うんじゃねぇぞ。見ず知らずの赤の他人を助けるなんてやってられん」
そう言ったのは失言だった。
「ンムム…ケド、ベガー、前にゲフィ助ケテクレタネ」
「状況が違うだろうが」
期待するような目で俺を見るんじゃねぇよ。
その視線から逃れるように、俺は顔を背けた。
「俺たちゃたった二人、しかもお前はお荷物ときてる。支援掛けて貰える状況ならともかく、助けるどころか時間稼ぎすら無理。突っ込んだところで死体が二つ、増えるだけだ」
俺は神様じゃねぇ、できねぇことは幾らでもあるんだ。
「ケド…!」
しかし、こうまではっきり言ってやってもゲフィはどうやら踏ん切りがつかないらしい。これはあれだ、最近順調にレベルが上がったことで何とかなると天狗になってるんだろう。
「…ちっ」
この調子だと、遅かれ早かれ俺の言うことを聞かなくなって無茶をするのが目に見えている。
なら、早いうちに伸び始めた鼻っ柱をへし折っておくのが良いかも知れん…そう考え直した。
「…なら、こうしよう」
まずはボスに見つからない位置まで移動し、実際に見てみる。その上で、救援できるような策が思いつくかどうか試す。
「今後も力押しだけでは倒せない相手なんざごまんと出てくる。それに対処する手段を思いつけないようなら、ここのボスだろうと他だろうと同じことだ。無論、俺は口出ししない。これがお前さんを俺の雇用主と考慮した上での最大の譲歩となるわけだが…どうするね?」
もちろん、そんな妙案なぞ出てくる訳が無いと分かった上での提案だ。
助けに行けないまでも、ボスの圧倒的存在感を認知させる。それを早いうちに理解させることができるのはメリットになる――というのが俺の目論見だ。
「…OK」
ゲフィはしばらく迷った後、同意した。




