第19話 Development - F
「ま、確かに以前ギルマスしてたってのはあってるがな…そこは別に俺が集めたわけじゃねぇ。自然発生したギルドで、たまたま俺がリーダーに担ぎ上げられたってだけの話だ」
そう、俺たちのギルド“ハーヴァマール”は、偶然知り合った奴らと意気投合して生まれたギルドだった。
冒険者の数自体が少なく、首都から離れた周りすべてが未踏の地だった時代の話だ。
開拓がはじまった当初、この世界では各地との接続が途切れることがままあった。
当時の俺は風来坊で、見識を広めるためあちこちへぶらり赴き、自分の力がどの程度通用するかを確かめる毎日を過ごしていた。この広い世界の果てを自分の目で見よう、そして、自分の力がどこまで通用するか確かめたい…そんな気概に溢れていた。
そんなある日、俺は発見されたばかりのダンジョンである石喰い鬼の巣穴へ見物に出かけた。
石喰い鬼は当時結構な強さを誇り、それが次から次へと沸いてくる。腕試しにはちょうどいい――そう考えたのだ。
それどころではなくなった。
『おい、どうなってる! さっさと出ろよ!』
『で、出れない…出れないんだよ!』
『はぁ? 遊んでんじゃねえよ! こんなの…えっ?!』
『な、言ったろ。戻ってきちまうんだ…』
周りには十数人、他の冒険者もいたが、彼らも含めて俺たちは折悪しく突如起こった【空間の断絶】に巻き込まれたのだ。
『おいおい、マジかよ…また新手が来てるんだぞ?! 転移もできないし…どうなってんだ?! まさか、この世の終わりか?!』
延々と地面から石喰い鬼たちが湧き出る中、狭く日の差さない洞窟内で閉じ込められた俺たちは外への脱出どころか転移すらできない。
『くそっ、こうなりゃ壁を俺の魔法で爆破して…』
『ダメだ! こういう洞窟では可燃性のガスや鉱石が埋まっている場合がある! 引火したら俺たちまで吹っ飛ぶぞ!』
『それに、ここは国が新しい資源採掘のために調査してるのよ! フッ飛ばした後ですンごい額の賠償を請求されるわよ!』
『くそっ、じゃあどうしたらいいってんだよ! あばらnチも助平も大怪我してる! 手が足りない!』
『わめくな! 手が足りないのなんざどこも一緒だ! 無いなら無いなりに回すしかねーんだ、甘ったれんな!!』
運悪く守護者の加護を失い、無力化した奴らも大勢出た。
『そこ、そこのお前だ女騎士! 一人で突出するな、その平たく硬い胸でこの甘ったれウィザードを守れ! お前がここの防衛の要だ! …ああそうだ、俺たちは何だ? 冒険屋だ。この程度の危難くらい、自分と仲間の腕で切り抜けられなくてどうする! さあ、分かったらさっさと杖を取れ!』
『誰が平たいだ、覚えとけよ!』
『くっくっく…そうだな、泣き言言ってる暇があるならまだ戦える…』
『くっ…そ、がぁっ! 言いやがったな、俺だって、俺だってぇっ!』
『へっ、やりゃできるじゃねえか…よっと!』
今なら、あるいは他のダンジョンなら全滅は免れなかったろう。未知のダンジョンで、情報も、道具も、実力も。俺たちは何もかも不足していた。
『おい、ボケっとしてんじゃないよっ…ぐぁっ!』
『うっ?! す、すまん、俺を庇ったせいで…』
『何謝ってんだい、あたしがここの防衛の要なんだろ。そんなことよりさっさと指示を出しな! 今のあんたが一番冷静なんだ、自分で言ったとおりあたしら仲間の腕を使って切り抜けて見せろ!』
『…言うじゃねえか。よし、さっきのお前、右手の前進してくる角欠けの足だけを焼け! あいつのでかい図体を利用して道を塞げ!』
『へえ、あいつらを利用するのかよ! 面白い…やってやるぜ!』
最初ばらばらに戦っていた俺たちは、しかしやがて誰からともなく率先して協力し合い、負傷者を守りつづけ……ついには誰一人欠けることなく、空間の断絶が収まるまで耐え切ったのだ!
『…おいベイカーっつったけか、まだ生きてるかい?』
『何とかね。あんたらも無事か?』
『ああ。あんたのおかげだ、みんな問題ない』
『石喰い鬼の猛攻も落ち着いたみたいだね…今のうちに賭けの清算しちまおう。あたしはさっきの三本角で52匹』
『くっくっく…38』
『俺は46匹』
『あぁくそっ、俺は23だ。…剣を質に入れたら金足りっかなぁ…』
『あっはっは、乞食に集るほど落ちぶれちゃいないよ。それに、今回あたしら全員生きてるのはあんたのおかげだ。あたしらの撃破数も加算しときな』
『おいおい、いいのかよ?』
『構わんさ。お前が殊勲賞だ、働いた分はきちんと受け取れ。約束の酒もな…』
『助平も約束してたのかよ…なあ、せっかくだ、町に戻ったらみんなで飲もうぜ!』
『そりゃいい考えだ。たらふく飲もうぜ! クソったれ石喰い鬼と俺たちの出会いに乾杯ってなァ!!』
後になってみれば、たった半日のことだった。
だがそれまで見ず知らずの他人だった俺たちは、そのたった半日の間でレベルも、職業も、出身も何もかも超えて、共に認め背中を預けあった友として硬く結びついていた。
『おい、聞いたかあの話』
『ギルドの話だろ? 面白そうだが、一人で活動してる俺には関係ねーな』
『何言ってんのさベイカー。あんた一人、うちらのギルドに参加しないつもりかい?』
『…えっ?』
『いやなに、せっかくだから俺たちでギルド立ち上げてみるのも悪く無いと思ってよ。昨日こいつに相談したら、そういうことで決まったらしい。もうみんなにも話は通してある』
『マジかよ…』
『くっくっく、マジだよ』
『あ、ちなみにお前ギルドマスターとしてすでに申請しておいたから』
『マジかよ! 何で勝手なことするかなぁオイ!』
当時はまだ存在しなかったギルドシステムが程なくして制定されたとき、それまでちょくちょく集まっていた俺たちがその結びつきをすんなりと受け入れたのは当然のことと言えよう。
『つーか俺がリーダーとかどうなんだよ。他の連中でいいじゃねえか、文句でねーのか』
『いんや? 満場一致だぞ』
『くっくっく…俺たちをもっとも上手く使えるのはお前だからな…お前で異存は無い』
『まあ、この間の賭けで負けが大分込んでるだろ? そのツケをこれで返すと思え』
『こいつらはこういうときだけ団結するからちくしょう! せめてギルド名くらいは教えろよ!』
『くっくっく…ハーヴァマールだ。“栄光”を意味する古き呼び名』
『あんたが前に寝物語で教えてくれた、古き歌の名前だよ』
『…フン。まあ…悪くねーな』
そして、その中で洞窟内でもっとも駆けずり回った俺が半ば押し付けられた形でリーダーとして推挙されたのだ。
「俺にはどうも、前線に飛び込んで目立つよりも、全体的に戦い易いように気を配るのが性にあってたようでな」
そして、他のギルドとの違いもそこにあった。
後になって知ったのだが、ギルドシステムを導入した目的は、元々急速な領土開拓に併せたものの軍備拡張が間に合わない我が国が若手の冒険屋たち自身の手で束ねる、いわば独自裁量で動く軍を作成させることにあったらしい。
そのため、ギルド単位での模擬戦が推奨された。
当時同時期に乱立した他のギルドは、いわばパーティーの規模を大きくした程度の認識でしかなかった。
それに対し、俺たちは先の石喰い鬼の巣穴で立場などを超えた統率した動きを経験している。
『左翼が薄い! そちらへあばらnチは回ってくれ!』
『あいよ。倒してしまっても構わんのだろう?』
『くっくっく…フラグ建築乙』
『あたしは?』
『右手の魔法使いが相手だ。助平を騎馬に乗せて中央、二本杉のところまで運んだら、一度突撃して混乱させてくれ。そのまま全力で離脱。そうすることで相手を動揺させることが出来るはずだ』
『へえ…戦わなくていいのかい?』
『ああ、むしろ下手に倒すと復活して他の戦場へ回りこまれるから面倒になる。だから生かさず殺さず適当な位置で釘付けにしておきたい。殺さず殺されず、難しい仕事だぞ?』
『へっ、誰に言ってんの。まあ黙ってみてなって』
『くっくっく、よろしくな』
個々が独自に動くため、所詮は個人の集まりにしか過ぎないパーティーの延長と。
リーダーを抱いて各人がその指示に従い一つの目標に向けて動く俺たちのギルド、その差がスタートダッシュ時点では特に大きかったのである。
やがて、神の武器がぽつぽつ世に出回り出す。
『なあ、聞いたか? 神の武器って凄い装備が出回ってるらしいぜ』
『おう、聞いた聞いた。何でも万年ドベだったギルドSAPがこの間中堅ギルドに勝ったって話だ』
『くっくっ、酒場で宴会してたのを見たから多分本当だぞ…』
『マジかよ…そんなにすげえのか』
『ハッ、幾ら凄いったって所詮ただの武器だろ。一対一ならともかく、団体で戦うのに個人だけ図抜けて強くても意味が無え。むしろ邪魔になるくらいさ』
『…だよな、そうだよな。俺たちの絆がありゃ、神の武器があっても負けないよな!』
その圧倒的力が世に受け入れられていく一方で、俺たちには何者にも負けない結束力、そして確かな技術があるという自負があった。
未だ力を振るうことしか知らぬ手合いを「神の武器何するものぞ」「我ら結束こそ力なり」とあしらうのが楽しく、やがて俺たちハーヴァマールは宝珠に頼らないギルドでありながらも数あるギルドの頂点に立った。
そう、まさに頂点だ。後は転がり落ちるだけ。
まさに若気の至りという奴だが、事実俺たちは若かった。
その時間が永遠につづくと思っていたのだから…
『なあ…どうしちまったんだよベイカー。先日の、勝てるはずじゃなかったんかよ…』
『…………すまん。俺の計算ミスだ』
『すまんじゃねえよ! おかげでまた負け戦じゃねえか!』
『だが、あそこであばらnチが敵の傭兵を抑えられていれば…』
『おいおい、俺のせいかよ! 大体、今まではお前の指示通り動いていることで勝てたんだぞ! 今さら俺のせいにするなよ!!』
『…やめなよ。確かに作戦はベイカーが立ててるけど、あたしらだって戦ってるんだ。責任を誰か一人のせいにするべきじゃあない』
『…………くそぉっ!』
ハーヴァマールの瓦解は、ギルド戦が勝てなくなってきたことからはじまった。
世に新しい神の武器がどんどん顕現していくのに比例するように、それを手にした新しいギルドがどんどん力を付けていく。その勢いには、もはやありきたりな努力ではまったく届かない。
そして、空気が悪くなるギルドに追い討ち――『停滞』の蔓延が襲い掛かる。
『悪い、ベイカー。俺はもう、抜けるわ』
『な、何でだよあばらnチ!』
『…助平が動かなくなっちまった。医者に見せるには金がいる。ここじゃ、その金が稼げねぇ…』
『そんな…だが、お前に抜けられたらハーヴァマールは…』
『悪いな。お前たちを見捨てるのは心苦しいが…昔から組んできた助平とは天秤に掛けられないんだ。…じゃあな』
それまで活躍していた古参メンバーは勝てない戦に飽きて脱退するか、或いは停滞に掛かりどんどんいなくなっていく。
残された俺たちは――いや俺は、昔日の名誉を守ろうと必死になり、戦力になりそうな奴を誘いまくった。
しかし、当然ながらそれでほいほい都合のいい人材が集まるようならギルド運営は苦労はしない。
神の武器に頼らないで有名だった俺たちは、宝珠を得られない、或いは使いたくない者たちにとってみれば依存先としてうってつけだったのだ。
そこには矜持も何も無い。
所詮同じ有象無象の戦いなら、優れた武器や防具で固めたほうが勝つのが世の道理である。
大量に新人が押し寄せた結果、能力の吟味もできないまま急速に人員が膨らんだせいでギルドは大幅に弱体化。
数十人の雑兵を纏めるのにわずかに残っていた創立メンバーも消耗したせいか、やがて更に一人二人と消えていく。そうしてついには創立メンバーは俺だけとなった。
こうして新参だった者が中核に上がり、更に寄生することしか脳に無い雑輩を修正したり放逐する手間が届かなくなったことで治安も悪化。
…ついには中堅・上層が共謀してクーデターを起こし俺を放逐し、リーダーを失ったハーヴァマールは、ナイツ・オブ・ラウンドとして生まれ変わる。
一時期名を馳せたギルドの最後にしては、余りにもあっけないものだった。
「ま、そんな訳で俺はもうギルドには関わらねぇことにしたって訳さ」
言葉にならないほどの喪失感。
あのときのことを思い出すと、今でも苦い物が胃の腑からこみ上げてくる。
今の世の中、神の武器を持って一人前扱いなのだ。俺のような考え方はもはや時代遅れなのである。
或いは宗旨替えすれば俺を受け入れてくれるギルドもあるかもしれない。
だが、そんなことは無理なのだ。理屈じゃない、今さら自分の生き方を変えるなど出来ようはずも無い。万が一変えたならば、それはこれまでの俺の死生観すべてを否定することになってしまう。
それを枉げてまで、今さらギルドの運営などできるものか。
だが、そんな俺の気持ちをとんと知らないゲフィは能天気に言い放つ。
「ダッタラ、新シイギルドをマタ作レバイイヨ! ソシテ今度こそ最高のギルドにシヨウ!」
「…ぁ?」
自分でも思っていたより低い声が出た。怒りでかっと頭が熱くなる。
「ベガーとイルの楽シイカラ、ゲフィは一緒に…」
何かつづけてゲフィが言っていたが、どこか遠くでのことのようにしか聞こえない。
先刻の気安い物言いは、まるでハーヴァマールのことを不要になったんだからさっさと捨てろと言ったように感じられて。
――これまでの、俺の抱えてきた想いをあっさり否定されたように思えて。
「俺にとって最高のギルドはハーヴァマールだけだ!」
つい、怒鳴ってしまった。
「ベガー…?」
それまでずっと回っていた口がようやく止まった。
「……つか、お前なんでそこまで俺にギルドを運営させようとするわけ?」
口からは疑問系が出ていたが、熱くなっていた頭の中では答えがとっくに出ていた。
「ああ、そうか。依頼が終わってからも壁役やってもらいたいってところか? お断りだ」
こいつも、
――俺 を 利 用 し よ う と い う わ け か――
そう思った途端、すぅっと感情が冷え込むのが自分でも判った。
「お生憎様、俺はもうギルドは立ち上げねぇ。どうせ他の連中にとってはギルドなんざ、手っ取り早くのし上がるための手段としか思われねぇんだ。そんな奴らに…いいや、お前にだって利用されるなんざ、真っ平ごめんだね!」
「?! チ、違ウヨ! ゲフィハタダ、ベガートイツマデモ…!」
そこまで言いかけたゲフィは、はっとしたように息を呑んだ。
その態度を、俺は図星と受け取った。
「あ…ち、違ウ…そうイウつもりジャ…」
「それ以上言うな。何聞いても手が出ちまうからよ。…今日はもう止めだ」
釘を刺したことで、ゲフィは言葉を失い顔を俯けてしまう。
その反応が、何故か俺の心を掻き乱す。到底、冷静ではない。
俺は、自分の悪意に自分で勝手に打ちひしがれていた。
それが、さらに余計な一言となって口をついて出た。
「それと言い忘れてたが、お前とは元から依頼が終わったらもう二度とあわねえつもりだ。もう無駄なことは考えるな。じゃあな」
言われて小さく息を呑んだゲフィの顔を、そのままきびすを返した俺は見ていなかった。




