第15話 Development - B
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「ふわ、あぁ~~~ああ…っと」
大あくびしながら右手の大盾で天使型マンジュルヌこと『マンジュエル』三匹の体当たりをいなしてやる。
飛び跳ねて転んだところに、俺の頭ほどもある音符のエフェクトが突き刺さり、一匹のマンジュエルが爆散した。
この特徴的なエフェクトは、音叉剣ゲイド・メギデイオンの物だ。
剣として使うこともできるが、道具として使うと音符攻撃ができる。火力こそ控えめなものの音属性には抵抗持ちが少ないので、雑魚散らしとしてはなかなかに有用なのだ。
「ベガー、油断…ヨクない」
俺のやや左背後からむすっとしたようにゲフィが声を上げる。
「ベイカーだ。いい加減覚えろ。というかマンジュエル程度、今のカッコなら寝ててもダメージ受けねぇよ」
今の俺は珍しくかっちりした甲冑に身を包んでいる。エデンを徘徊するモンスターたちは聖属性しか持たないので、ある程度以上育てば聖属性無効装備をつけることで文字通り無敵となるのだ。
ちなみにゲフィの場合はさすがにまだ被弾したら一撃死してしまうが、そうならないためにも俺の掲げる盾の重心から俺へと結んだ延長線上の背後に立つよう、立ち回りをきっちり教え込んである。
他にも無駄遣いしないよう敵の挙動に応じて注ぎ込む魔力量の調節方法や、囲まれた場合の対処法などを多岐に渡って細々と指示してきたが、根が素直なようでゲフィは着実に力量を上げていった。
ゲフィはどういうわけか二日に一度程度しか来れないとのことで最短コースは無理なものの、この調子なら予定より一週間ほどはやく繰上げてビフレストに移れそうだ。
「コレで…ラスト! OK!」
そんなことをぼんやりと考えているうち、残ったマンジュエルの掃討も終わったようだ。
「よし、それじゃ少し休憩だ」
俺の言葉に、ゲフィは嬉しそうに破顔するとふらふらと傍の岩へ背を預けるようにして地面にへたり込む。その正面に俺も腰掛けた。
こうすることでお互いの背後を注視する訓練も兼ねている。
「どうだ、結構大変だろ」
声を出す余裕も無いゲフィはこくりと頷いた。魔力をガンガン使っているはずだから無理も無い。
俺も魔法を使いはじめた頃は同じだったなぁ…つい昔を懐かしんでしまった。
「けどま、お前は筋がいいよ。ほれ、これでも飲め。魔力が少し回復するぞ」
そういって俺は倉庫から取り出した二つのりんごジュースのうち一つを放り投げてやる。
数ヶ月…いや、数年前だったかな?に作ったものだが、この世界では食い物が腐ることはない。瓶に詰められて密閉されているから埃も入らないし、わざわざそうと言わなきゃ問題ないだろう。
「アリガトゴザマス。ア、ソレなら丁度いいデスネ」
りんごジュースを受け取ったゲフィがそれを脇に置くと、今度はいそいそと自分の荷物を漁り出した。
「コレ、ドーゾ」
そう言って渡されたのは、小さな弁当箱だった。
「これって、わざわざお前が作ってきたのか?」
「ハイ」
こくり、ゲフィが頷く。
「ありがたいけど、何でまたこんな手間掛けて?」
そう尋ねると、ゲフィが苦々しげな顔になった。
「…モウ、その辺デ潰シタマンジュルヌソノママ食ベルの嫌ヨ」
「お、おぅ…」
苦虫を口いっぱいに突っ込まれたようなその表情に、俺もさすがに茶々を入れるのをためらった。
貧乏性の俺は、ゲフィが倒すまでの間にそれまで犠牲になったマンジュルヌたちの身体を集めていた。
それを一緒くたにして、時間があるときに貪り食う!のが、昔からの俺たち冒険屋の流儀だったものだ。
もちろん、この伝統はペットが流通してから瞬く間に廃れた。
「やっぱ味か」
色んな種の混合率で味が変わるので、慣れない奴は慣れないかもしれない。
人間、贅沢に慣れるといざというときが怖いね。
かく言う俺も久しぶりに食べたらドブのような味だと思ったがこれは内緒だ。当時は仲間同士で作りあって食ったもんだが、ちょっとした運試し扱いだったっけ。
食べ飽きていた普段のマンジュルヌがご馳走に思える日がくるとは思わなかったなぁ。
「違うネ。見た目キツイヨ。何でベガー、イツモ顔の部分バカリ食べサセる?」
なるほど、そっちか。
俺がわざわざ苦しみぬいたマンジュルヌのデスマスク部分だけを寄り繕ったのが御気に召さないわけだ。
「バッカお前、そりゃ奴らの断末魔の顔に慣れておけば後々他のモンスター相手にするときにも慣れるだろうという俺の親心よ」
「慣レタクないネ」
ジト目で睨まれる。
おおいやだいやだ、弟子にそのような目で見られようとは。
レベルを上げた代わりにどうやらこいつは遠慮というものをどこかに置いてきてしまったようだ。まったく、誰に似たんだか。
「トイウカベガー、他の何故食ベナイ? 他の人、モット色々ペット連レテルヨ。ベガーなら、捕マエルのも飼ウのも楽ダヨネ? お金、ナイ?」
…ホント遠慮しなくなったなコイツ。
ここしばらく一緒に行動してきた結果、ゲフィもそれなりに見識を広げているようだ。そんな中でも、俺の生活様式は赤貧洗うが如しに見えるらしい。
ここはコーチの威厳を守るためにもその過ちを糾してやろう。




