第12話 Description - F
どうにか誤解を解き、更にしばらく同じ作業を繰り返したところで。
「ここまで良いペースだな。ステータスはちゃんと割り振ってるか?」
今後の指針を固めるためにも、一休みがてら確認することにした。
「ソレガ…」
「どう育てるか迷ってる?」
俺の対面に座り込んだゲフィが頷く。
分からんでもない。
この世界、何せ色んな職業があるからなぁ…俺の重剣士や賢者といったガチ目のから、商人や踊り子といったサブ的なもの、ひいては板前や執事、【配管工】といった何の冗談かと思うようなものまで多岐にわたる。
そのためいずれ就く予定の職業を今のうちから見据えておかないと、最悪どっちつかずの無能という評価で終わることもままあるのだ。
「具体的にどんな職業になりたいとかあるか?」
しばらく考えこんだゲフィは、
「…医者ハ、アリマス?」
と尋ねてきた。
「うぅーん…医者、かぁ。そういう肩書きは聞いたことねぇなぁ。てか、それ何する職業? どんな武器を使うんだ?」
ゲフィのたどたどしい説明によると、どうやら戦闘職ではなく、人の治療を専門とする職業らしい。
「つか、それって僧侶じゃなくて?」
ゲフィは首を横に振る。
「うーん、違うのか。けどよ、怪我や病気の治療は基本、ヒールやキュアーの呪文で治すもんだからなぁ。僧侶、或いは賢者…ああ、あとポーションなどを作る薬師がいたか」
ゲフィの表情がぱぁっと明るくなった。
「ソレ! ソレシタイ!!」
おおっと、ここまで食いついてくるとは予想外。
「お、おぅ…分かったから落ち着け。と言っても、まず最初に言っておくが薬師はそんなに人気のある職じゃないぞ」
というのも、薬師はそんなにツブシが利くジョブではないからだ。
魔法は攻撃・防御・回復いずれも覚えないし、純戦闘能力も戦闘職に譲る。同じ派生職でも鍛冶屋はまだ需要があるが、ポーションは王立の道具屋でも売っているし、そもそも治療の大半が魔法で賄える以上需要はどうしたって落ちる。
メリットとしては、所持していればいつでも使える、割高なポーションを道具屋で買うより安く抑えられる、ポーションの薬効を僅かに上げる…くらいしか思いつかないかな。そもそも所持しておくにしても山ほど持って歩くもんじゃ無いし。
一応そこまでは教えたものの、ゲフィはやはり薬師にするつもりのようだ。
俺はあえて止めることはしなかった。
エデンやヒュペルボレイオスに行くのがきついが、元々雇い主の意向に沿うのが俺の仕事なのだし、何より当人が望んでるなら余計な口出しするのは野暮ってもんだろう。
自分で進む道を選んだなら、俺のすべきはその道をまい進するための技術を伝授することだけだ。
「薬師ってことなら…ポーションを自作したい、ってことでいいのか?」
ゲフィが頷く。
「なら、知識を鍛える前提になるな。その結果、色んな種類のポーションの習得が早まるし、何より魔法剣を使って魔法攻撃をすることもできる。後、運にも少し振っておけ。魔法も気持ち強化されるが、即死攻撃を防いだりポーション作成時の失敗率が心持ち減ることもあるから無駄にはならん。それとある程度安定して戦うなら敏捷。戦闘中にポーションを使うときにも直結する。この三つを、前から五対一対一で割り振ればいいと俺は思う」
「オーケー」
さっそく言われたように振ったようだ。
これで俺の方も方針がはっきりしたわけだ。
「じゃあもう少し鍛えてから、魔法剣を貸してやる。その魔法を使って俺にタゲが向いている敵を撃て。そうすれば安全に、かつ確実に狩れる」
他の二職より重剣士の方がレベルが上なので、そういう戦い方ができると俺としてもありがたい。
そう言って簡単な立ち回り法を教えてやっていると。
「おやぁ? そこにいるのは“乞食”じゃあないか」
俺たちが背を預けている高台の上から掛けてきた、不快な声の主は振り向かないでも分かる。
ルークだ。
「…ちっ」
無視していると更につづけられた。
「挨拶を掛けられても無視するとは、さすが下賎な者は違うな」
うぜぇ。
たった二言のやり取りですでにげんなりした俺は、大きくため息を吐くと顔を上げた。予想通り、とりまき三人を連れてニヤニヤ見下ろしている。
何とかと馬鹿は高いところが好きとはよく言ったもんだ。
「挨拶を交わすような親しい間じゃねぇし俺はお前に用は無い。こちとら仕事中なんでな、あっちいってろ」
しっしっと手を振ると、ルークは頬をひくつかせる。
虚栄心が服を着て歩いているようなこいつは、邪険にされるのが一番嫌いなのだ。とはいえこちらも別に好かれる必要も義理も無い。何をしにこんなとこに着たのかは謎だが、興味ないし知りたいとも思わないのでどうでもいい。
「仕事中、ね。またお得意の死肉漁りか。俺は国からの依頼で、レアモンスターのマンジュルヌクイーンをテイムするためにここに来たんだ。クイーンをテイムする際、俺含め十三人しか世界に所持者がいない『支配の王杓』があれば50%にまで成功確率が跳ね上がる。つまり、これは俺にしかできない仕事なんだよ。同じマンジュルヌ島に来ていながら、方や王からの勅命、方や小銭稼ぎの日雇い労働。かつて世界に知れ渡った大手ギルドの長も、今じゃずいぶん落ちぶれたもんだなぁ!」
頼んでもいないのにべらべらと良く喋る。つーか要するにお前も王様からの使いっ走りじゃねーか、自慢することかよ。
本当に面倒くさい奴。
「仕事に貴賎は無い。それに」
そういうと俺は取り巻きに視線をめぐらせる。全員見覚えのある顔で、力量は鑑定するまでも無い。
「大手ギルドの運営は“質”を維持するのが大変だからな。出来の悪い連中に闇雲に振り回された昔より、気楽な今の方が性にあってるさ」
俺の返事はこれまた気に入らなかったらしい。
「…ふん。負け惜しみを」
憎々しげに俺を睨みつけている。その反応から察するに、自分たちのギルドの構成員の質の低さはルーク自身も判ってるのだろう。
「あ! ルークさん、ちょっとちょっと…」
「何だ…む?」
と、何かに気付いた取り巻きの一人がルークに耳打ちをする。
視線を見るに、俺の後ろ、少し離れて様子を見ていたゲフィに気付いたようだ。
「おお、君は! 何だ、仕事とは彼の養殖のことか」
途端、さっきまでの不機嫌が嘘のように満面の笑顔を浮かべてやがる。
初心者向けのマンジュルヌ島にいる、という点からそう導き出したのだろう。ちっ、面倒な…
「おい君、それならそうといえばよかったのに。そんなうらびれた男に教わってもろくなことは無いぞ! 華々しく活躍したいなら、うちに来ると良い! 歓迎するぞ!!」
ルークが猫なで声を発すると、それを契機に大人しくしていた外野までもがぴいちくぱあちく騒ぎ出した。
「うちのギルドでは有望な若手のために手伝いもしているからな」
「こんなおっさん一人とやるよりも、はるかに速く一流の戦士まで引き上げられるぞ!」
一人がゲフィの下へ駆け寄り手を伸ばそうとしたので、俺は剣を鼻先へ突き出した。
「おい、うちの客に余計なちょっかい出すのは止めろ。言っとくがこれは冒険屋組合を介した正式な依頼だ。それを妨害したと報告したら、貴様らが幾ら国に覚えが良くても今後仕事は融通ざれなくなるぞ」
言いながら鋭い視線で睨みつけると取り巻きどもは口をつぐんだ。
幾ら俺がロートルとはいえ、はもチンに産毛がはえた程度のこいつらなら幾らでも蹴散らせる。せめてごわごわの剛毛になってからだ。
問題はルークだ。
こいつもまたレベルは俺より下ではあるが、俺は長年の怠慢が、そしてルークは装備の能力が勝負の行方を判らなくさせている。
ルークもルークで、今いる取り巻きだけでは俺を倒すことはできないと判断したのだろう。
「くっ、彼のような人材なら喜んでうちのギルドで引き取ったのに…さてはベガー、貴様またくだらない夢を見てギルドを立ち上げる気か? そのための懐柔か、汚い奴め」
しばらく値踏みしていたルークは諦めたように首を振ると、手をさっと振る。それを合図に、取り巻きどもが奴の背後に下がった。
「だからギルドは関係ねぇ、仕事だっつってんだろ」
俺も剣を収めながら答えてやる。
連中が実力行使に出るなら、大義名分が得られるからその方が良かったんだがな。そこまで短慮じゃなかったか。
「アノ・・・ソノ…」
他方、ゲフィはというとこの間、おろおろしながら俺とルークを互いに見比べている。確かにお前が話の中心だから気を揉むだろうが、別に取って食われる訳じゃないんだからもう少しどっしり構えてなさいよ。
「仕事、ね。それなら…」
と、ルークが懐から大き目の袋を取り出し、俺の眼前に放り投げた。
どじゃり、という重い音から察するに、中には大量の金貨が詰まってるのだろう。
「それを受け取れ。報酬が幾らかは知らんが、それだけあればカグツチやアウラーエが3つは買えるだろう」
その言葉に俺は内心驚いた。破格なんてもんじゃない、一財産だ。
ルークの見栄っ張りの性格からして、中身が銅貨や銀貨であるということも考えにくい。
「なるほど、割のいい話だな」
「だろう? その格好を見るに、昔と変わってないようだからさぞや新しい武器防具が欲しいだろうよ」
俺の返事を聞き、ルークがにやりと口角を吊り上げる。
それを見て、俺の答えは決まった。
「よし、それではお前ら。あの新人をこっちへ連れてきてやれ!」
そう決め付けたルークの取り巻きたちがやや引いているゲフィの元へ駆け寄ろうとするのへ、
「何寝言言ってんだお前ら」
“賢者”へ変身し、取り巻きたちと俺たちとを隔てるように炎の壁を配置する。そしてすぐ、中程度の威力で俺の少し前面へ氷雪大魔法を詠唱した。
ここまでで数秒。
慌てて駆け寄ろうとしたルークの手下たちは、俺たちとの間を阻む氷雪と炎の壁に拒まれて近寄れない。奴らの実力では力押しは無理だし、とっさのことに対抗呪文で無効化することもできまい。
その間に第三の呪文を詠む。
「こいつは俺の依頼人だ。雇われた側が金に釣られて依頼を一方的に破棄したら冒険屋失格なんだよ」
「な…お前、金がいらないのか?! 契約の譲渡は合法のはずだ!」
ルークの手下が叫んだ。そう、金で穏便に解決すること自体は違法でもなんでもない。
「そりゃあ欲しいさ。だがよ」
呪文の詠唱を終えた俺はそいつを眼光鋭く睨み、怒鳴った。
「俺は乞食じゃねぇ、冒険屋だ。誇りまでは売らねぇよ!」
そういうと、ゲフィの腕を引っつかんで背後へ開かれたワープポータルへと飛び込んだのだった。




